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始まり―ビルとガラクタ―



 ガゼル区域。

 この都市(マチ)にしては異常なほど普通なビルがぽつんと建ち、ビルを中点とした半径30メートルの円の中には一切何もなく、灰色の地面が広がっている。逆にその円の区域を少しでも外れると瓦礫やガラクタが山積みになっているという、割と普通な区画。

 ガゼル区域のガゼルとは、区画唯一の建造物である普通ビルを拠点とする組織【ガゼル運送(株)】の社名から取られている――。



 ☠



「それで――――ああ、ここにもガラクタが」

 左右にうずたかくガラクタと瓦礫が積まれた人一人がやっと通れる細い道(道なのかどうか怪しいが、サーシャは道だと言い張った)の真ん中に、行く手を阻むようにブリキのロボットがぽつんと立っていた。

 サーシャはシンに向けていた言葉を止めて、文句を言いながらブリキロボット(ガラクタ)を踏み潰す。

「それで、幾つか訊ねていいか?」

『どーゾ』

 カンテラ(要修理)を持つサーシャに案内されてシンが連れてこられたのは、遠目から見ても近間から見てもガラクタと瓦礫の壁にしか見えない事で有名な【ガゼル地区】だった。

 道すがらのサーシャの話では、彼女はガゼル地区を拠点にする企業【ガゼル運送(株)】の社員なのだという。

 ガゼル運送――シンも、噂くらいは耳にしたことがある。

 曰く、頼まれた荷物はどこにでも誰にでも、暗殺目的の爆弾でも、誕生日のケーキでも、確実に届ける。

 曰く、社員は全員がこの都市(マチ)でも屈指の実力者ぞろいで、敵に回すと命の保証は無い。相手が大企業だろうがヤクザ組織だろうが三日で潰す。

 曰く、社長が超ヤヴァイ。

 尾ヒレがどれだけ付いているのかは知らないが、兎に角「半端じゃない」ということだけは確かなのが、【ガゼル運送(株)】らしい。

 そのガゼル運送の社員ということは、このサーシャという少女も、相当の手練ということだ。

 ――実力行使じゃない当たり、性根は結構普通なんだナ。

 なぜガゼル社員の少女のおメガネに自分が適ったのかは知らないが、というか興味はないが、言葉での説得をまっさきに試みた辺り、割と常識人であるのだろう。

 ――この都市(マチ)じゃ従わぬなら殺せが常識だから、ある意味非常識人カ。

「……い、おい。どうぞと言ったくせに人の話を聴かないとはどういう了見だ」

『イヤ、聴いてた聴いてタ』

「動揺も躊躇も一拍の間もなく嘘を吐くんじゃない」

『証拠ハ?』

「年齢を訪ねて10秒近くも沈黙されたら誰でも気付く」

『おいおイ、女性に年齢を訊くナヨ』

「……質問を変えよう、君は生物学的に判断してオスか? メスか?」

『触れば分かるだロ?』

「なるほど、では失礼して……ってアホか!」

『――? 胸を触るのが恥ずかしいのカ?』

「っ! こ、このっ……!」

 完全に“下”の話だと思い込んでいたサーシャは羞恥と怒り(逆切れ風味)で顔を真っ赤にしてシンの気怠気な顔を睨むが、睨まれている本人はどこ吹く風でサーシャの斜め上を指差した。

『ソコ、危ないゾ』

「そんなんで誤魔化されるとでも――――」

 シンの忠告を素直に受け取らなかったサーシャの頭の上に、拳サイズの瓦礫が落下する。「あたッ!?」

『…………』

「…………」

 頭を押さえてしゃがむサーシャとシンの間に微妙な沈黙が流れ。

『……まさに神の鉄槌、カ』

 厳かなシンのセリフが、静かな空間にやけに響いて聞こえた。

「~~っ! うるさいッ!!」

 限界突破(オーバーリミット)した羞恥心の命ずるままに、サーシャは半泣きで叫んだ。



『泣くナヨ』

「慰めなんていらない……」

 散々喚き散らした末に、サーシャが「疲れた。休憩」と子供のようなことを言い出したので、二人は仲良く瓦礫とガラクタに囲まれながら座っていた。

 サーシャの容姿で、体育座りで膝に顔を埋めていると、どことなく儚さが漂っているが、こうなった経緯が彼女から色々と尊厳を消滅させている上に一緒にいるのがシンなので、空気はただただ微妙になる一方だった。

『………………』

 元々、それほど慰める気がなかったシンは、慰めを拒否されたことで話すことがなくなり、無言で正面のガラクタを観察していた。

 適当に視線をさ迷わせていると、首だけの日本人形と目があった。

『………………』

 ――眼、怖ェ。

「……なぁ、普通、ここは黙るところじゃ無いぞ……?」

『退屈だかラ、さっさと案内シろヨ』

「……君はほんっっとーに可愛気がないな……」

 先程までの落ち込んだ雰囲気はもはやなく、サーシャはいっそ責めているようなジトッとした横目でシンを睨む。

『可愛くナくてゴメーンネ』

 冷視線攻撃(粘性)をさらりと受け流し、シンは立ち上がってサーシャを跨ぐと、スタスタと歩きだしてしまう。

 迷いなく進んでいくシンの背中を、慌てて立ち上がりながらサーシャが呼び止める。

「お、おい! 道は分かってるのか!?」

 面倒臭そうに振り返ったシンは一度フシューと息を吐くと、親指で自分の後ろを指差して、

『一本道ダ。迷うかヨ』

 至極、もっともな事を言った。

「……ごもっとも」

 反論の余地がない、否、反論する意味すらないシンの言葉に表情をやや引き攣らせながら、サーシャも後を追う。

『オレは18才ダ。ちなみに男』

「い、今更かっ!?」

『あァ、年齢は確実じゃナいヨ』

 ――もはや、何も言うまい。

 その一心で口を閉ざして、サーシャは目の前を歩く少年の姿をじっくりと観察する。

 外見的には、華奢でひ弱な少年にしか見えない。

 伸ばしっぱなしの黒髪は目元を隠していて鬱陶しそうだが、彼が気にしている様子はない。

 瞳は濁った紅眼。生気の感じられないその目は、まるで死人だ。

 首も腕も細く、簡単にへし折れそう。着ている服がややダボっとして見えるのは、サイズが合っていないからか、彼が小柄な上に痩せているからか。

 ――――しかし。

 彼、シンが気絶していた間、サーシャは体を触って触診をしてみた。無論、高所から落下してきたシンの傷の具合を調べるためである。

 結果は、無傷。

 左側頭部に軽い打撲はあったが、それ以外は異常ナシだった。いや、ある意味異常しか(,,,,)なかった(,,,,)

 サーシャは、シンが少なくとも10メートル以上の高さから、壁から生えたオブジェクトに衝突しながら落ちてくる場面を目撃し、慌てて落下予想地点に走ったのだった。

 だからこそ、サーシャは半ば絶望を確信していた。生きているはずがない、と。

 しかし、結果は、生きているどころか無傷。

 これが筋肉質な巨漢だったなら、サーシャもさして疑問には思わなかった。この都市(マチ)に蔓延する能力、その中でも肉体が強化される能力は、見た目に反映される。つまり、マッチョだったりビッグだったりする奴は普通じゃない頑丈さを持ち合わせていても可笑しくない。

 そう考えると、シンのような華奢も華奢、貧弱な体の少年が人外のフィジカルを持っているとは思えない。

 ならば、超回復の類かと思ったのだが、それならば頭部の打撲が治っていないのは理屈に合わない。

 そこまで思考したサーシャは、瞬時に思った。面白い人材を見つけたな――と。

 その後も幾つかの可能性、例えば着ている服が特殊だったりしないか、なども検討してみたが、グレーのズボンに黒いシャツと黒いパーカは、どれも見た目、材質共に普通のものだった。という風に、仮説は立てた直後から否定されていった。

『あァ、そうダ』

 不意に、シンが立ち止まって顔だけ振り返った。物思いと回想に耽っていたサーシャは一瞬、反応が遅れた。

「どうした?」

『本名はナんて言うんダ?』

 予想外の言葉に、サーシャは最初以上に反応が遅れた。

「何を言ってるんだ?」

『サーシャっていうのハ、偽名だロ』

 疑っているというより、確信している口調で断定してくるシンに、サーシャは冷や汗をかく。

「なぜ、そう思う?」

『アリシア、カルナ、アスカ』

 端から聞いていれば意味も無く名前を羅列しているだけのようなシンのセリフに、サーシャ(偽名?)は、冷や汗の量を増やす。

『オレが知る限リ、ガゼルの女性社員はこれだけだヨ。サーシャ、ナんて名前は聞いたことナいネ』

「記憶違いという可能性もあるだろう?」

『ナイ。昔、この都市(マチ)の“女性で危険度が高い奴”は全員覚えさせられたからナ。男は多すぎて止めたケド』

 戦闘力ではなく危険度で計られていることも気になったが、それ以上に覚え“させられた”という受動の表現が、サーシャ(仮)には引っかかった。

「その言い方では、誰かに強要された様に聞こえるが?」

『あア、実際そうだヨ。サボると撃たれるんダ』

「……スパルタだな」

『デ、どれナんダ? 本名』

 興味なさそうに頷いて、シンはさっさと軌道修正に入る。

「……バイト、という可能性もあるだろう」

 しかしなおもサーシャ(仮)は誤魔化しに掛かる。

 それを、シンはバッサリと切り捨てる。

『バイトが偉そうに勧誘ナんテ、笑い話だネ』

「うっ」

『……バイトの酔狂に付き合うのも面倒だシ、帰るかナ』

 そう言って、本当に立ち去ろうとするシンを、サーシャ(仮)が腕を広げて阻止する。実際、狭すぎる通路ではそれで十分な効果があった。

「待ってくれ! 分かった、言うよ」

 何がそんなに嫌なのか、サーシャは宣言したあともやや迷っていたが、シンが無言で近くのガラクタを引っこ抜いて弄り出した辺りで漸く口を開いた。

「私は、アリシアだ」

『そうカ』

 シンが引っこ抜いたのは黒塗りの特殊警棒で、全く傷も付いていない新品同然の品だった。ためつすがめつ眺めて、気に入ったのでシンはその特殊警棒を適当にズボンの後ろ、腰との間に斜めに突っ込んで固定した。

「…………」

『…………』

 サーシャ改めアリシアが無言で見つめてくるので、シンも無言で見つめ返す。

「…………え、反応それだけか?」

『名前以外知らナいからナ。反応のシようがナいんダ』

「そ、そうか」

 ――本当に、この少年は。

 完全に肩透かしを食らって、アリシアは微妙な表情になるが、シンは気にせず体を反転させて、

『サ、行こうカ。アリシア』

 正面に向かって歩き出す。

「呼び捨てか!?」

『見た目的に同い年ダロ?』

「悪いが、私の方が年上だ」

『じゃ、幾ツ?』

「女性に年齢を訊くんじゃない」

『エー』

 緩い会話を続けていると、うねっていたガラクタ道が終わり、一気に視界が拓ける。

 見渡す限り、何もない。灰色の地面が広がる土地に、ぽつんと一つだけビルが立っているのが見えた。

 グレーの外装の、至って普通のビル。推定階数6階建て。

「あそこに見えるのが、ガゼルの本社だ」

『支社がナいのに本社、カ』

「煩いぞ。間違ってはいないだろう」

『確かニ』

 アリシアの反駁に素直に頷くと、さっさと“本社”に向かって歩き出す。行動が唐突なシンの動きに微妙に対応できていないアリシアは、一拍遅れて斜め後ろを歩く。

 不意に、強風が二人を正面から叩く。地形ゆえに、ガゼル地帯の円形部では時折、強風が吹くことがあった。

 伸ばしっぱなしの髪がバタバタと(なび)くのも気にせずに歩くシンの後ろ姿をぼんやりと眺めていたアリシアは、その姿に少しだけ違和感の様な感覚を覚える。

 ――何だ? 今、首に…………

 しかし、その感覚はあまりに小さすぎる魚の骨のようで、違和感は疑問に昇華される寸前に飲み込まれてしまった。

 ――まあ、いいか。

 だから、深く思考せずにアリシアはその違和感を気にしない事にした。

 距離にして50メートル。

 ガラクタの壁からガゼル本社までの距離を、二人は無言で歩く。

 話題がないだけ、だった。

 ガゼル本社は、足元から見ると意外に大きかった。所々、小さな亀裂は入っているが比較的丈夫そうなビルだ。

 窓はほとんどが割れていたが、逆に幾つかの窓はガラスが新品同様に綺麗で、初めて見るシンはちょっとだけ気持ち悪さを感じたが、さして気にせず、昔は自動ドアだったのであろうひしゃげた枠を横目に堂々とビルの中に入る。

 薄暗いエントランスホールをくるりと見渡すと、左奥、エレベーターの辺りで蠢く影を二つほど発見した。

 影は侵入者(シン)に気が付くと――

「あァン!? だぁーれだテメェはァ!?」

「誰だ誰だ!」

 ――等と喚きながら、急速接近してきて、

「やめんかアホ共」

 素早く前に出たアリシアに手刀で頭を強打された。

「「ギャン!?」」

 二人揃って犬のような悲鳴を上げて(うずくま)る。

 突然の出来事にも表面上は動じた様子を見せないシンは、頭を抱えて地面に伏す二人を軽く観察した。

 右の人間、最初にガラの悪そうなセリフを吐いていた方は、鈍い銀色の短髪、タンクトップが筋肉質な体をより引き立たせていて、さらに顔つきがヤクザ者の様に鋭い眼、シワの寄った額、何より、右の頬の刀傷が見るものを威嚇する剣呑な雰囲気の男だった。

 ただし、初対面がこれなので既に威圧感は欠片も存在しない。

 次いで左は、ボサボサの赤い髪、小柄でだらしない格好の少年――に見えるが、暗視ゴーグルのようなデザインのゴーグルをしているため、ちゃんとした顔つきが判断できなかった。

 痛みから復活した銀髪の方が、口を尖らせてアリシアに苦言を漏らす。

「ヒドイっスよ社長。いきなしなんスか」

「なんすか、じゃないだろ。お前らこそ、何で初対面の人間に喧嘩腰で迫ってんだ」

「社長が居ると知ってればあんな事しませんよぉ」

 赤毛ゴーグルは、子犬のような笑顔でそんな発言をしてブイ、と人差し指と中指を立てて手を突き出した。無邪気に。

 その無邪気な笑顔に、アリシアもニッコリと微笑む。――その背後には、般若を背負っていたが。

「ほう……? つまり、私の見ていない場所ではいつも“ああ”だというわけか……そうかそうか」

「へ? アッ! いいいやちち違いマスよ?」

 自分の失言に気づいて赤毛ゴーグルが高速首横振りをしながら取り繕うとして、

「そ、それより! コイツ、コイツは誰なんスか!?」

 銀髪タンクトップが話題の転換を図ってシンを指差した。

『ン? オレはシンだヨ』

「テッメェにゃ訊いてねンだよ!!」

『知ってるヨ。誤魔化す為のダシだろうウ?』

「分かってンならダァッてろ!」

「……そろそろいいか? わんころは絞め終わったから、次はお前な」

「…………ハッ!!?」

 アリシアの呆れ顔と、魂が口からサヨウナラしている赤髪ゴーグルを見て、漸く自分の失敗に気づいた銀髪の耳には、シンの『ハハハ』という乾いた笑い声は入ってこなかった。その余裕がなかった。

 ――あ、俺、死ぬかも。

「――――じゃあ、ちょっと永眠し(ねむっ)とけ」

 反射的に下がろうとした銀髪の顎をアリシアが蹴り抜いて、銀髪は地面に倒れる寸前に「絞めじゃないのかよ」と呟いた、気がした。

『ナァ、アリシアって社長ナのカ?』

 今までの流れを全く汲まずに、シンが首を傾げる。

「ん、そうだが……唐突だな」

『チョット驚いたゾ』

 アリシアの呆れ顔を無視して無表情で感嘆する。

 いい加減慣れたのか、アリシアも無理に会話を成立させようとはしなかった。

「というか、普通は“ガゼルのアリシア”と聞いた時点で分かるんだがなぁ……。ちょっと乙女の心が傷ついたぞ」

「乙女っぽくないくせによく言いますねー」

 意外に早く復活した赤毛ゴーグルが、倒れ伏したまま茶化した。

「私のどこが乙女っぽく無いんだ。どこからどう見ても乙女だろう。ほら」

 言って、くるりとその場で一回転してみせるアリシアに、

「いやぁ、男口調で何を宣うか、って感じっスよね」

 更に復活の早かった銀髪が調子に乗ってケラケラと笑う。顎を蹴り抜かれた直後に笑うとは、頑丈な男である。

 その笑顔も直後に凍った。

「犬っころが言うじゃないか?」

 再び、いや先程以上の惨劇が起こる予感を伏せている二人は直感的に感じた。

 ――のだが、

『所デ、この二人は誰ナんダ?』

 まさかの、シンの空気を読まないスキルが銀髪を救った。

 あくまで暫定、ではあるが。

 気勢を削がれる形になったアリシアは、一旦は怒りの矛を収め、シンに顔を向けた。

「ああ、紹介しよう。我が社で飼っている犬だ」

『ナルホド。了解シタ』

「いや、了解すんなよ!?」

 危機を脱してツッコむ余裕の生まれた銀髪が、ガバっと起き上がってシンに食ってかかる。

『黙れヨ、室内犬』

「誰が愛玩動物だゴラァ! 滅茶苦茶野生だわ!」

『んじゃとっとと野山を駆け回って害獣とシて駆逐されて来いヨ。野獣(ワイルド)クン』

「てンめぇ……喧嘩売ってんだろ! 買ったぞゴラァ! 殺っちまうぞあァん!?」

「やっちまうぞコラー!」

 赤毛も参戦し、いい加減アリシアが「喧しい!」と叫ぼうとした瞬間。


「やぁっかましゃーわ狗ッコロ共!! 何騒いでんだ!」


 突然、エレベーターの開く音を掻き消す大音声がビルを揺らした。

 声が聞こえた瞬間、二人の“犬っころ”はビシッ、と音がしそうな素早さで直立になった。

 大音声の主は、エレベーターから出てくると「ん?」と声を上げた。

「おおぅアリシア、帰ってたんか。んで、その小僧は?」

 出てきたのは、年の瀬50を過ぎている初老の男だった。

 くすんだ金髪を天辺だけ残して、左右は短くして黒に初めている。ずんぐりとした体は筋肉で盛り上がっており、筋肉ダルマという印象だった。身長が低いのこともその印象を助長している。

「ただいま、ダルマ。彼は今日からうちで働くことになった新人のシンだ」

『イヤ、チョット待テ』

 自分の紹介に初耳の事実が含まれていて、シンは抗議の声を上げた。

「ふむ、新人のぉ。ちゃんとした条件で雇ったんか? うちゃブラックじゃねぇぞ?」

 しかし、ダルマが半纏の裾に手を入れながらアリシアを睨んだことで、抗議は通らなかった。

 人を殺していそうな眼光で睨まれてもケロリとして、地面に置いてあったカンテラを拾い上げた。

「ああ、その話でダルマを探していたんだ。ほらっ」

 そのまま、無造作に投げて渡す。

「おっと……カンテラ?」

 ふわりと受け取ったダルマが、ハテナを浮かべる。

 何でもないことの様にやったが、掴みづらい形状のカンテラをここまで綺麗にキャッチするのは、簡単ではない。

「それを直すのが、入社の条件らしい」

「ふぅーん。まぁ儂にかかりゃ朝飯前だが……随分と謙虚な少年じゃのぉ」

「ってことで、頼んだぞ」

「おう。――と、言いたいんじゃが」

 カンテラをアリシアに手渡しながら、ダルマは眉尻を下げて後頭部を掻く。

「これから狗っころ共と仕事でなぁ、今は無理なんじゃ」

「そうなのか?」

 ビシッ、と直立している狗っころ共は、微動だにしない。それをシンは冷めた目で見ながら、もうどうにでもなれ……と考えていた。

「ふぅむ。じゃあ、シンの入社は見送りだな」

 案外、適当な社長である。

『……はァ。別に、カンテラはもうどーでもいいヨ』

 倦怠感を丸出しにしながら、シンが口を挟む。

 吹き曝しのエントランスに、砂混じりの風が入ってくる。

『その代わリ、寝床を提供シてくれヨ。彼処(アソコ)で生活シナいナら、ソレは不要だシ』

 それが空気を読んだ妥協案なのか、本心なのか、ガスマスクに半分隠されたシンの顔からは判断が付かない。――表情の読めない少年だ、とアリシアは思った。

 しかし、そうとなれば話は早かった。

「そうか。うん、じゃあそれで行こう。晴れて、君は今日から我が社の社員だ」

『はいドーモー』

「うむ、宜しくなシン。儂はダルマじゃ。謙虚な男は嫌いじゃないぞ」

 岩のようなゴツイ手とシンの華奢な手で握手が交わされる。

「おいそこの社畜二人。お前たちも自己紹介しろ」

 社長に社畜呼ばわりされた二人は、

「ケッ、お前みたいなヒョロ男に名乗る名は――」

「――良いからさっさと名乗れド阿呆」

「……ジャックだ」

 銀髪が、ダルマの眼力にビビりながら名乗り、

「テリアだ! ヨロシクなガスマスク」

『黙レ、ゴーグル』

 赤毛ゴーグルが元気よく手を挙げた。

「よし、取り敢えず社内を案内しよう。まずは二階からだ。――三人とも、気を付けてな」

 仕事に向かうダルマ、ジャック、テリアと別れ、アリシアに先導されながらシンはエスカレーターに乗った。



『……二階ナら、階段で良くナいカ?』

「うちのビルに階段は無い」

『あァ、ソウ……』



.

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