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始まり―逃走劇―



「待てッ! 止まれ!」

 灰色の広い通路、体格のいい男が5人は並走できそうな程広い通路を、一人の少年と多数の男が追いかけっこをしていた。

 少年は年の頃は17~8才、ゆったりとした黒のパーカの下の体は華奢で、身長もあまり高くない。大声で怒鳴る男たちを面倒臭そうに見やる瞳は、深紅の紅。その目元は、深くかぶったフードと伸ばしっぱなしの前髪で半分以上隠れている。

 男の集団は、全員がお揃いの黒いスーツにサングラスを着用している。年齢や容姿は様々だが、年は30代が多く、髪を金髪にしている男が圧倒的に多い。人数は約20人。

 一人の少年を追いかける黒スーツ集団は、【黒服部隊】と呼ばれる、このビルの警備部隊だった。

 ――めんどいナァ。

 気だるげに少年が息をフシューと吐く。後ろの黒服部隊の人間は既に大多数が息を荒くしているのに対し、少年は呼吸を一切乱していなかった。

 そもそも、走るにしても全力で走ってなどいなかった。

 状況は、20人の男たちから逃走している場面だというのに。

 ただ、このままでは埒が明かないのも事実であることを、少年はよく理解していた。

 灰色の廊下を、右に左に曲がり曲がって逃走を続けて、既に20分。最初は3人だった追っ手が、ぐだぐだと逃げ続けている間に20人にも膨れ上がってしまっていた。

 もっとも逆に言えば、例え3人だろうが20人だろうが、彼らが少年を捕まえられない事は自明の理だった。

「ガァッ!」

『おっト』

 突然、右の曲がり角から灰色の体毛の、鼻が尖って耳が頭頂部付近から生えている黒服に襲いかかられて、跳び箱を飛び越える要領で躱した。

 ――うーわー、人狼(ウルフ)まで出て来ちゃったカ。

 もはや、迷う余地はなくなった。

 少年は、出来れば使いたくなかった脱出路に向かって走り出す。何も考えていないのか、内部構造に詳しいはずの黒服たちもそれを律儀に追いかける。あるいは、酸欠気味で思考能力が低下しているのかもしれない。

 どちらにしろ、少年が取る行動に差異は生じない。

 頭に叩き込んだ地図を思い浮かべながら、右に二度、左に一度曲がって、後は人狼(ウルフ)の黒服に追いつかれないように少し走る速度を速める。

「ま……ちやがれッ……!!」

 切れ切れの呼吸で叫ぶ黒服に向かって、少し後ろを向いて、ややくぐもってディストーションの掛かった声で忠告する。

『追って来ナい方がいいゾー』

「黙れ……! これぐらい……!」

 しかし、叫んだ黒服は今の少年の言葉を、挑発と受け取った。

 火事場の馬鹿力か土壇場の根性か、息を切らしながらも黒服がスピードを上げて追いかけてくる。少年は速度を変えず、後は前方だけを見て走り続けた。

 少年と黒服部隊の正面に、大きな両開きの、鉄製の扉が迫る。その扉を見て、数人の黒服は勘づいたように慌てて立ち止まり、叫ぼうとした。「止まれッ!」……と。

 しかし、一歩遅かった。

 追い上げた一人の黒服の手が少年に迫り、フードを掴もうとして――それより早く、少年が鉄扉を蹴破って外に飛び出した。後を追うように、黒服も一緒に飛び出す。

 地上100メートルの宙空に。

「…………んなっ……」

 絶句する黒服に向かって、

『ナ? だカら言ったダロ?』

 少年がフードを除けて、恐らく笑った。

 少年の口元は、無骨なガスマスクで覆われていた。

「うっ――――わあああああぁぁぁぁぁぁ!?」

 無様な悲鳴を上げながら落下していく黒服を、壁から生えていたよく分からない捻じれた極彩色のレリーフにぶら下がりながら、少年は無感情な眼で見つめていた。

 どうやら肉体的には普通の人間だったようだし、この高さではまず間違いなく生きてはいないだろう。

『さて……ト』

 少年はキョロキョロと視線をさ迷わせ、適当な足場になりそうな突起を見つけると、そこに向かって飛び降りるために、ぶら下がっているレリーフを両手で掴んだ。

「止まれ」

 そして、真上から鋭い言葉を掛けられた。

 動きを止めて上を見上げると、数人の黒服が、少年と哀れな黒服が飛び出してきた【非常口】から身を乗り出し、こちらに銃口を向けていた。

『両手を上げロ、とは言わナいのカ?』

 少年の茶化したセリフを、黒服は黙殺する。

 ――さテ、どうしようカナ。

 少年が追いかけっこのフィールドに使っていたこのビルは、この都市でも有数の大企業【ガストロ商会】本社である。もちろん、本当に黒服との追いかけっこが目的だった訳ではない。

 ガストロ商会とは、元は武器商人だったガストロ・モーネが、武器を売った金でドンドンと新たな商業に手を出していった結果その全てが上手く回って大成功した企業である。今や【ガストロ商会】が扱う商品は、武器に生活用品に傭兵まで何でもござれだ。

 その大企業をターゲットに、少年は、侵入を試みた。目的は、金庫から金を盗むこと。

 ――途中までは上手く行ってたんだけどナァ。

 その時のことを思い出して、少年は浅く息をフシューと吐き出した。

 ――ったク、人狼(ウルフ)は希少種族だってのに、ナんであんナに居るんだヨ。

 金庫まで侵入した少年は、あと一歩のところで、鼻の利く人狼(ウルフ)族の警備兵に見つかり、逃走をやむなくされたのだった。

 少年は無意味な回想をせき止め、遥か下方を見やる。

 このビルの形は、天辺に向かうごとに先細りになっていく円錐状で、下に行くほど末広がりの形状になっている。色彩は絵の具を適当にぶちまけたような極彩色で、いたるところから不気味なオブジェやらレリーフが突き出ている。また、全体的に捻じれ気味なので、遠目から見ると相当にマヌケで奇妙な外装のビルなのである。ちなみに、1階の広さは半径50メートルほどで、超絶広い。

 何が言いたいかというと。

 ――このまま垂直に落ちても平気そう、ダナ。

 そう考えるが早いか。

「おい? 何を――――」

 訝しむ黒服の顔をしっかりと見上げながら、少年は両手を開いた。

「なっ!?」

『サヨーナラ』

 普通じゃない少年の行動に驚いた声を上げる黒服たちに向かって、少年は手を振りながら垂直に落下していった。



  ☠



 地上約50メートル。

 ガスマスクの少年は、なぜか横に“生えて”いた金網の柵を片足で突き破った状態で停止していた。

『……っしょ、ト』

 少年は何事もなかったかのように金網から右足を引き抜くと、一応の確認として上を見上げる。

 見上げた先には、ボコボコと生えた気味の悪いデザインのオブジェと、空を覆う曇天しか映らない。

 完全に撒いた、と考えて良さそうだった。

 一安心して視線を正面に戻すと、空中に立つ黒服と目があった。

『………………』

 驚きの声は、無い。

「……驚かないのだな」

 その事に、黒服が驚いていた。

『そりゃ、この都市(マチ)で暮らシてれば飛行能力者くらいじゃ驚かナいヨ』

「俺が言っているのは、突然現れたことの方だ」

『あア。驚いた驚いタ。吃驚』

 全く感情のこもっていないセリフに、宙に浮く黒服がぴくりと眉を動かした。だが、それだけだった。

 両手をズボンのポケットに入れて少年を(身長の関係で)見下ろすこの黒服は、今までの黒服とは明らかに醸し出す雰囲気が違っていた。

 ――あーもウ。

 ――次カら次へト。

『鬱陶シいネ。ゴキブリみたいダ』

 黒服だけに。という言葉は辛うじて飲み込んだ。我ながら下らないと判断したからだ。

 明らかな挑発ゼリフにも、空飛ぶ黒服は全く表情を変えず、

「ふん。ちょこまかと小煩いネズミには言われたくないな」

 むしろ挑発返しで応戦してきた。

『ハハ、ごもっとモ』

 舌戦なんて面倒なことをするつもりのない少年は、乾いた笑いでそれを受け流す。

『でも――――』

 そして、その目に剣呑な光が宿る。

『ネズミはネズミでも、オレは溝鼠(クソラット)だヨ?』

 下水道に住み着き、時に迷い込んだ人間を喰い殺すこともある溝鼠と自分を評したのは、自虐なのかただの意趣返しなのか。

 少なくとも、少年は大人しく駆逐されるネズミになるつもりはなかった。

「ふふっ、それは確実に駆除せねばいかんな。……しかし、窮鼠猫を噛む、という言葉もある」

 黒服が、右手をポケットから出して、ゆっくりと少年に向ける。

「私の名前はヤマネコ。【黒服部隊】の隊長だ。偶然か必然か、君は侵入者(ネズミ)で私は駆逐者(ネコ)だ。万が一にも噛まれないためにも――」

 少年は、黒服部隊隊長ヤマネコの一挙手一投足に意識を集中する。隙だらけだが、如何せん相手は宙に浮いている。こちらから攻め込むのは飛んで火にいる夏の虫。死にに行くようなものだ。

 最優先は、ヤマネコの初撃を躱すこと。

 そう考えた少年の思惑は、

「――ここは、全力で叩き潰させてもらおう」

 突如襲ってきた暴風の塊に、体もろとも吹き飛ばされた。

『グッ……!?』

 踏ん張れたのは一瞬で、少年の華奢な体は荒れ狂う無色の暴力に蹂躙され、後方に吹き飛ばされる。足場にしていた金網も、跡形もなく消し飛んだ。

 そして、少年の後ろには、壁。


 ドガァアッ! と凄まじい轟音を響かせて、少年の体が極彩色の壁にめり込み、コヒュゥと少年の口から大量の空気が洩れた。


「まだだ」

 宣言通り、今度は強烈な風に吸い込まれそうになる。まるで、目の前に巨大掃除機でもあるかのようだ。必死に抵抗するが、それも長くは続かない。

『う、クっ……!』

 物凄い勢いで引っ張られ、なす術なく空中に引っ張り込まれた少年の側頭部に、

「……()ッ!」

 少年を吹き飛ばした暴風の縮小版を纏った黒服の蹴りが痛烈に叩き込まれ、再び壁に激突。

 そして今度は、めり込まなかった。

 衝撃で大きくバウンドした少年は、朦朧とした意識の中で自分が落下していることを意識した。

「残念だが、私の能力は浮遊ではなく空気操作なんだ」

 半ば意識の埒外で、ヤマネコのそんなセリフを聞いた。

 ――知らネェヨ。

 消えかけた思考で精一杯の反抗をしながら、少年は地上50メートルを壁やオブジェに衝突しながら落ちていった。



.

第一話、どうでしたでしょうか。

感想などもらえるとありがたいです。

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