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Satellite(4)

 冷房の風が、奏の背中を撫でていった。コーヒーだけを乗せたトレイを机の上に置き、2階席の窓から駅前の様子を見渡した。人の波が横断歩道を流れていく。まだ9時なのに、街を歩く人は多かった。駅前にあるハンバーガーショップの店内、そこは街を歩くのが日課である奏の数少ない休憩ポイントだった。

 じっと座って外の様子を眺めていると、奏の隣に大きな音をたててトレイが置かれた。乱暴に置かれたトレイの上には、ハンバーガーが5つほど転がっている。仙太郎はだるそうに椅子に座り、そのうちの一つの包み紙を破いた。

「しかし久しぶりだな、ハンバーガーなんて食うのは」

 仙太郎はそう言って次々にハンバーガーを平らげていった。まるで野良犬のようにがっついて食べるその様子は、見ていて胸焼けがするほどだった。つい数分前に朝食を食べたばかりだというのに、その旺盛な食欲には奏は呆れてしまった。

「よくそんなに食えるな。さっき家で飯を食べたくせに……」

「タイムトラベルは腹が減るんだよ。覚えとけ」

 仙太郎と違って食欲の無い奏は、コーヒーに砂糖を溶かし、ゆっくりと口を付けた。

「それで、こんなところに呼び出して何の用なんだよ、おじさん」

 奏が言うと、仙太郎は奏の耳をつまんだ。

「痛たたた、何するんだよ!」

「おじさんじゃねえクソガキ。俺はまだ29だ」

 仙太郎は奏の耳を掴んで、力一杯引っ張った。奏は耳を掴む仙太郎の手を振り払った。

「あと1年したら30じゃないか、十分おじさんだろ!」

「お前がガキすぎるだけだ」

「僕はもう15だ、ガキじゃない」

「3年戻れば12だろ、小学生のガキと変わらんな。ほらほら、飴でもやろうか? お坊ちゃん」

 仙太郎はスーツのポケットから飴を取り出し、奏の目の前で揺らして見せた。まわりの客が白い目でこちらを見ている。奏は恥ずかしくなって仙太郎を睨んだ。

「ふん、体はおじさんでも、精神は子どもじゃないか」

 こういう輩には一歩引いた、大人な対応をしたほうがいい。奏は仙太郎から顔を背けて、コーヒーカップをあおる。コーヒーの熱さで舌がしびれたが、仙太郎に悟られないようにごまかした。

 

 仙太郎が奏の家で朝食を済ませたのは、ほんの30分ほど前だった。奏と琴音を含めた三人で食卓を囲んだのだ。そしてその場で、仙太郎が家までやってきた経緯が語られた。奏はもう一度その話を思い返した。そもそもの発端は、琴音の父親が親戚に二人の世話をお願いしたことだった。

 どうも今のマンションで暮らすことが決まった時から、その話はあったらしい。しかし、その頼みを引き受ける親戚がおらず、ずっと保留になっていたのだと、琴音は言った。

 そして話は決まらないまま時間が経ち、ある日突然、その役目を引き受けてくれる人物が現れた。それがこの天貝仙太郎という男だった。

 仙太郎が信頼に足る人物かどうかはさておいて、琴音が言った話を奏は疑わなかった。

 会った事もない親戚を子どもの家に寄越すという無神経な発想も、あの人、琴音の父親なら平気するだろうと思っていたし、何でも受け入れる琴音がそれを歓迎することもわかってはいた。しかし、その人物が天貝仙太郎という、怪しさ満点の人物であることは、やっぱり納得出来なかった。

 自分を「タイムトラベラー」だと名乗る電波おじさんなのだ。それを知っている奏は仙太郎を警戒したが、仙太郎はその点したたかだった。琴音を前にした時の仙太郎は、嫌気が差すほどの爽やかな応対をした。終始、和やか様子で接し、乱暴な素振りは少しも見せなかった。

 3人での朝食の後、仙太郎は街へ散歩に出かけると言った。その道案内に使命された奏は、仕方なく仙太郎をここまで連れてきた。

 

「さてと、腹もおさまったことだし」

 目の前のハンバーガー5つを驚くほどの早さで平らげた仙太郎は、奏の方へ向き直った。

「未来の話をしようか」

 仙太郎のトレイには丸めた紙くずで埋まっている。奏はあからさまにため息をついた。

「おいおい、何だそのため息は」

「呆れたから、ため息をついたんだよ。またそのホラ話?」

「まったく、お前には人を理解しようとする姿勢が欠片もないのな! 本当に憎ったらしいガキだよ」

「じゃあ未来から来た証拠、見せてみろよ」

「証拠があったとしても見せねえし、言わねえよ。俺にメリットがない。だいたいお前が信じようが信じまいが俺はどっちでもいい」

「じゃあ嘘ってことでいい? 電波おじさん」

「じゃあ、この間の未来予報はどう説明つけるんだ。ひねくれクソガキ」

「ガキガキうるさいな! どうせデマなんだろ」

「ふんっ、じゃあ聞くぞクソ坊主。この間の未来予報はどう説明つける?」

「この間のって……」

「蔵前橋通りの交差点で起きた追突事故だよ。お前、その時に変わった未来予報を受信していたろ」

 仙太郎が言っているのは、昨日起きた自動車事故の前に届いた不思議な未来予報メールのことだ。その未来予報は明らかに普通の予報とはちがっていた。いくら奏が変えようとしても覆らず、最終的にあの自動車事故へ繋がっていった。一歩間違えば、奏がその被害者になっていたのだ。

「それにお前、昨日から携帯に未来予報が届かなくなったろ」

 仙太郎は机の上に置かれた奏の携帯電話を指さした。奏は仙太郎から隠すように、携帯電話をポケットに戻した。何か言い返そうかと思ったが、奏は返す言葉が出てこなかった。それは仙太郎の言うとおりだったからだ。


 奏は未来予報サービス「SecondSight」に登録している。しかし、昨日の昼から、サイトから配信されるはずの予報がぴたりと止まってしまったのだ。

 それどころか、未来予報とは関係の無い、ジャンクメールが届くようになった。それは見たこともないアドレスから受信するイタズラメールだった。


――夢〒貝※、2040レレロワ・サ


 このような、よくわからない記号の混じったものや、


――Hello、こんに、Waわは、なすsignificance


 などの、日本語の体をなしていないようなメールが届いていた。こういうイタズラや機械的に送信されたメールアドレスはブロックされるのが普通だ。

 しかし、そのブロックがまるで効いていない。どちらにしても奏の未来予報に異変が起きているのは間違いが無いようだった。


「仕方ねえ、教えてやらあ」

 仙太郎はそう言って、奏のコーヒーを奪った。

「ちょっ、人のコーヒー! 勝手に飲むな」

「うるせえ! コーヒーのひと口やふた口でガタガタ言うな」

 仙太郎は奏のコーヒーの蓋をあけて、中身を喉に流し込んでしまった。

「ああっ、一口じゃないし!」

 仙太郎は空になった紙コップを机の上に勢いよく置いた。奏はほとんど飲んでいない。恨めしそうに仙太郎を見る奏だが、仙太郎は相変わらずうすら笑いを浮かべて話はじめた。

「未来予報にはな、『確定未来』と呼ばれるもんが存在するんだ」

「はあ? 確定未来?」

「衛星型の演算システムによる超高精度な未来予測。それがお前らが受信している未来予報。これは知ってるな」

「わかってるよ、そのくらい」

「じゃあ、未来予報データには制限がかけられていることも知ってるな」

 しつこく尋ねる仙太郎に、奏はため息交じりに返した。

「そんなの常識。未来予報データは個人に関する無害な予報しか公開されない。それ以外の結果は厳重に管理され、連盟の協議の元、公正に運用される。学校でも習ったし、今更偉そうに言われることじゃない」

「公正ねえ……、まあ、どちらにしてもお前らは、未来予報のほとんどを知らされていないわけだ」

「そうだけど、それがどうしたんだよ。時々いるんだよ、そういう陰謀論を振り回す奴。と現実を見てみれば? 2041年の連盟による合意から、どれだけ世界が平和になったと思ってるの? それが公正に運用されている証拠だろ」

「じゃあ聞くぞ。えーと、今からだと2年前か? 中央線で起きた列車爆破事故。これはどうだ。予報出来てたのか? 止められたのか?」

「あれは過激派が起こしたテロ行為。自分自身の情報を徹底的に隠蔽して予測をくらますのは、彼らの常套手段だって、ニュースは言ってた」

「じゃあ、半年前に起きた落盤事故はどうだ。あれは自然災害だ、予想出来たんじゃないか?」

「突発的な変化で、予報精度が落ちたのが予報されなかった原因だって、連盟は発表してる!」

「じゃあ予報されていたら変えられてたか? その未来は」

「もちろん。未来を変えるのなんて簡単だよ。今はそういう世の中なんだよ、おじさん」

 おじさんという言葉に精一杯の皮肉を込めて、奏は言った。それを聞いて、仙太郎は眉間にぎゅっと皺を寄せた。

「未来は簡単に変えられる、か……」

「おじさんも、SecondSightにでも登録すれば?」

「お前はあくまで、それらの2つの事件に対して、何も予報がされていなかったと主張するわけだ」

「そうだよ、それが連盟の正式な発表だ」

 奏が言うと、仙太郎はあっさりとした口調でこう言った。

「そりゃ嘘だ」

 仙太郎は嫌みったらしい微笑みを浮かべている。奏はため息をつきたくなるのを必死でこらえた。

「もう話が飛躍しすぐてる。そんなはずないだろ、予報がされてたら、何らかの手が打たれるに決まってる。現にそうやっていくつものトラブルを回避してきたんだ」

「俺が言ってるのは本当のことさ。それらの事故は未来予報衛星がその未来を算出していた。しかし、それにも関わらず連盟は何も手を打たなかった。いや、打てなかった」

 話を聞いていて、奏は頭が混乱してきた。仙太郎の話には信頼性も、信憑性も皆無だった。仙太郎はそんな奏の反応にも構わず、話を続けた。

「どんな手を打っても絶対に変えられない予報がある。俺が上げた二つの事象はまさに確定未来だった。それを連盟は隠蔽している。未来予報されなかったってのは、嘘っぱちだ。確定未来に関する予報は外部に一切公開されない。だからSecondSightでも配信されない。スペシャルランクの未来予報データだ」

 奏はそこまで聞いて立ち上がった。

「付き合ってらんない! 妄想はノートにでも書き綴ってろよ、おじさん」

 奏はトレイを持ってその場を立ち去ろうとした。しかしそんな奏に対して、仙太郎は言った。

「この間の自動車事故、あれも確定未来だった」

 仙太郎に言われて、奏はトレイを持ったまま動きを止めた。

「そう言えば実感出来るだろ。俺と会うという未来は決して変えられなかった。何をしても、だ。そして、今のお前の携帯は、確定未来だけを受信出来るようになっている」

「そんなの、嘘に決まってる!」

 奏は声を荒げた。

 その時、奏の携帯電話が鳴った。慌てて確認してみると、そこに一通の未来予報が届いていた。メッセージを確認しようとした奏の手から、仙太郎は素早く携帯を奪い取った。

「おい、何するんだ、返せよ!」

 奏は取られた携帯を取り返そうとした。しかし、仙太郎の大きな手遮られた。

「落ち着けよガキ。ほら、これがお前の確定未来だ」


10:11 ランニング中の男性があなたの前で倒れます。

10:22 倒れた男を介抱しようとしたあなたは、数人の警官に囲まれます。

10:27 あなたは昭和通りの橋から、神田川へ落下します。


 仙太郎が差し出した画面には、そんな予報が記載されていた。

「未来を変えるなんて簡単なんだろ? ホラ、それなら変えてみろよ、この予報を」

 仙太郎は、まるで人ごとのように笑いながらそう言った。



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