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幸多かりし賛美の世界で  作者: L→R
炎の記憶
11/12

炎の記憶 4

 V.D.4922。

 年に一度の花祭りの日。

 未だ古傷が疼く左腕を擦りながら、ウォルフは祭りの準備に賑わうモンルールの街を周っていた。

 傭兵の仕事を控え、簡単な護衛任務で生計を立て、細々と暮らしていたウォルフだったが、傷とともに傭兵魂も疼いていたのだった。じっとしていると落ち着かない。

 ぶらぶらと街へ出歩いては、傭兵斡旋所に立ち寄り、手頃な依頼を探し、顔馴染みになった行商が遠出をする機会を伺ったりして過ごしていた。

 だが、思いの外、と言うよりも至極当然に、手頃な依頼などある訳もなく、ウォルフのフラストレーションは貯まり始めていたのだった。

 そんな時だった。

 タリヲワ砂漠の集落の、”御子”の噂を聞いたのは。

 酒場で独りで呑んでいた時に見知らぬ傭兵の二人組みがしていた話なので、あまり良く覚えていなかったが、”御子”という言葉は知っていた。

 そして、”御子”の辿る運命も。

 ウォルフは早々に酒場から引き上げ、旅支度もそこそこにランクル厩舎に駆け込み、ランクルを一頭レンタルして、タリヲワ砂漠へ出た。

 ランクルの足なら集落まで半日もかからない。ウォルフは可能な限り休息の回数と時間を減らし、集落へと向かった。

 延々と続く駄々拾い砂漠をひた走り、集落の影が見えたのは日の変わる数分前だった。

 花祭りは日が変わってから、その日が終わるまで。

 ”御子”の慣わしは、花祭りの零時を向かえた瞬間に行われる。

 急がねばまた悲劇が起こる。どうあっても、”御子”を助けねばならなかった。

 ウォルフは全力疾走するランクルの脇腹を思いっきり蹴り上げ、さらに速度を上げて集落へ突っ込んだ。集落は入り口付近の守衛を残し、一箇所に集まっているらしくしんと静まり返っていた。が、ランクルで集落へ駆け込んだウォルフに驚いて静止しようとした守衛の叫び声で、集落の中央付近がざわついた。

「あっちか。」

 ウォルフは直ちに中央付近へランクルを走らせた。集落の若い男たちが何の騒ぎかと駆け付け、ウォルフを制止しようと襲い掛かったが、元は腕の立つ傭兵であるウォルフには敵いもせず、道の端々にその身を投げ出す事となった。

 やっと目視出来た集落の中央には、円形の大きな広場があり、そこには空高く舞い上がる護摩の炎と、その炎に赤赤と照らされ、映し出される大小の影があった。

 大きな影は小さな影へ、ゆっくりと覆い被さる様に近付いていた。

「逃げろおおおおおおおおおお!」

 叫び声とともにウォルフとランクルが広場へ走り寄る。と、そのとき、小さな影を、別の小さな影が突き飛ばした。突き飛ばされた小さな影は、寸でのところで大きな影が伸ばした手を避け、よろよろとよろめきながら後ろへ尻餅を搗き、突き飛ばした小さな影は、大きな影の手に捕まれた。

 ウォルフが剣を抜き、大きな影を真正面に見据えた。影がランクルの振動とともに大きくなって行く。

「リリア!!!」

 尻餅から立ち上がった影が叫んだ。その声は金属が軋む様に甲高く、悲痛に震えていた。女性の声だ。

「…間に合わない…ッ!」

 影とウォルフの声の中、大きな影に捕まれた小さな影は、大きな影に飲み込まれた。

「いやああああああああああッ!」

 女性の声が、一層の悲痛を含んで夜空を裂く様に響き上がった。

 ウォルフは即座に剣を仕舞い、髪を振り乱して頭を抱え悶える女性を、すれ違い様に左腕で抱きかかえ、そのまま集落を横切って砂漠へ抜けた。


◆ ◆


 気が付いた時にはランクルは「バテて走るのを止め、ゆったりと砂漠を歩いていた。

 ランクルの小さな揺れに身を預けながら、ウォルフは女性を抱いたまま、女性はウォルフの胸元に凭れたまま、虚脱していた。

 ウォルフは小さく深呼吸をし、女性を見下ろした。

 まだ呆然としたまま、虚ろな目をした女性は、ミーヤ種で、顔は涙でべたべたではあったが、整った綺麗な顔立ちをしていた。華奢で折れそうな手足は長く、明らかに大切に育てられたという印象の女性は、やや間あって、ウォルフを見上げた。

 暫し、見つめ合う。

 お互い、かける言葉を見出せなかった。

 礼を言ったり、謝ったり…。どれもそぐわない。

 交わったままの視線を解く事など考えなかった。見詰め合ったまま、何かを確認しているようだった。

 やがて、女性が口を利いた。

「何故…?」

 その問いは、初めて交わす言葉としても、この状況から見ても、至極自然なものに思えた。だから、ウォルフの口からも、自然に答えが出た。

「…連鎖を断ち切りたいと思っている…。」

「連鎖…?」

「”御子”など要らないと思っている。」

「…なぜ…?」

 女性の問いに、ウォルフはやっと視線を解いた。前方を虚ろ気に見つめ、口を噤む。

 言いたくないのか、と女性は思った。

「…ごめんなさい…。」

 一言謝ると、ウォルフも謝った。

「いや…、済まなかった…。」

 そして、続ける。

「助けられなかった…。」

 今になって、他に方法はなかったのかと思う。

 闇雲に勢いに任せて突っ込んだ事が、自分でも信じられなかった。同時に、”御子”にどれだけ拘っているのかと再確認をする。

「犠牲が出た…。リリア…。」

 リリア。あの炎の光の中、この女性が口にした名前。

「…妹…でした…。」

 女性がぼそりと呟いた。

 それを聞いてやっと、ウォルフの頭にかかった靄が晴れた。

「済まない…。他に方法はあったはずなのに…。」

 ぎゅっと手綱を握り、唇を噛むウォルフの手に、女性が手を添えた。

「いいえ…。きっと方法はなかったんです…。」

 女性はそう言うと、ウォルフを見上げて頷いた。

「ミーヤ・アムリスと言います。」

 『アムリス』。

 その名は、エル・アムルの加護を受け生れ落ちた者だけに与える事が許された特別なものだ。

 だがその存在は、これだけこの世界で愛されているエル・アムルに関する事だと言うのに、知る者は少ない。

「ウォルフガング。傭兵をしている。」

「偽名…ですか?」

 アムリスの問いに、ウォルフは首を振って苦笑した。


◆ ◆ ◆


「待った…。待った待った。」

 アルバインが慌てふためいてウォルフの話を遮った。

「”御子”って…なんだっぺ?」

 顔いっぱいに困惑の表情を浮かべたアルバインは、ウォルフを覗き込んだ。そして周りを見回すが、きょとんとしているのは自分だけで、他は全員、それほど驚いてもいない様子だった。

「なんだ? みんなは知ってるだか?」

 アルバインの問いに答えたのはリチュだった。

「”御子”の事は聞いた事があるよ…。」

 リチュの言葉に、隣にいたガインズが返事をする代わりに眉間の皺を深くした。

 アルミラも肘を擦って言い難そうに俯き、当人のウォルフとミンミは妹の墓の前で体勢を崩さずにいた。

「”御子”ってのは、女神たちに捧げる生贄の事さ。

 尤も、こんな風習残ってるのは、よほどの田舎か、気が振れた地域くらいだろうけどね。」

 ミンミがぼそりと言った。

「女神”たち”…?」

「そうだよ。

 『アムリス』、『ジェルシス』、『ファリス』、『ウォルティス』、『エアリズ』、『ストリス』…。

 ”御子”は基本系統一つに一人ずついて、生まれる時はずれても、必ずこの世に六人存在すると言われてる。」

 ミンミに続けて言葉を発したのは、アルミラだった。

「ヒトは、女神たちの力を恩恵として授かって生きている。その代価をヒトが払うのは当然の事。だから、『顔のない者』を介して六女神にヒトの命を捧げるの。

 総てはヒトのため。世界のため…。

 そう教えられるのよ。」

「まさか、アルミラさんも…?」

 微かに震える指先で、アルバインがアルミラを差すと、アルミラは淡く笑って頷いた。

「私は『ジェルシス』として生まれたのよ。

 今の名前は…。」

 アルミラが静かにウォルフを見た。

「今の名前はね、ウォルフから貰ったの。」

「え…?」

 反応したのは、リチュだった。

「私もミンミと同じように、ウォルフに救われた。

 生贄に捧ぐ日の前日に、突然現れて私を攫ってくれたの。

 でもこれから先、生きていくためには、『ジェルシス』という名前は使いたくなかった。”御子”として縛り付けられて、ただ『死ぬ』ためだけに生きていた何もない過去を棄てたかったの。新しい人生が欲しかった。

 そんな私に、ウォルフが名前をくれたの。

 闇を棄て、アルミラ(希望)と、シエル()に彩られた道を生きて行く名前。

 ミンミもそうよね?」

 ミンミが頷いた。

「あたしもウォルフから名前を貰ったんだよ。

 『アムリス』としては、もう生きていけないから。

 あたしが生まれた集落はすごく閉鎖的で、伝承や仕来りにとても強い拘りがあるんで、きっと今でも血眼になってあたしを探しているはずなの。名前を変えただけじゃ、多分捕まってしまう。

 だから、傭兵として生きて行けるように、育てて貰った。

 戦う事は愚か、外に出た事もないあたしをここまで育てるには、骨が折れただろうけどね…。

 でもそうしないと、逃げられない。必死になって、武器の扱いを覚えて…。」

「ちょっと待て。」

 今まで黙って聞いていたガインズがミンミの話を遮った。

「お前さんが『アムリス』って事は、純白系のはずだろ。でも、お前さん黄土系のモンクだよな?」

 そう言って、ガインズがミンミとウォルフを交互に見た。

「…ミンミには、封術を施してある。」

 ウォルフが答える。

「いくら名前を変えて、傭兵として旅をしていても、純白系である事や、『アムリス』として生きていた時の性格を持ったままではいずれ見付かってしまう。

 そこで、ミンミの記憶の一部に、黄土系の封術をかけた。過去の一部、特に性格を作り上げ構築していた記憶に封術を施して、性格そのものが変わるようにした。幸い、ミンミは純白系という事に特に拘りを持って育てられていた。慈悲深く、穏やかに、自己犠牲を躊躇わない…。

 ミンミを特定するのに一番確実な判断材料に思えた。だから、それに封をしてある。

 いくら顔が似ていても、性格が正反対なら、例え疑惑を持ったところで一瞬は躊躇うだろう。最悪、そのくらいの隙が出来ればと思った。

 ただ、封術はいずれ風化する。風化すれば、記憶は元に戻り易くなる。

 だから、常にミンミの傍にいて、かけ続ける必要があった。

 俺が黄土系を一切使わないのは、ミンミに使っているから。」

「アルミラさんも?」

 リチュが問うと、ウォルフの代わりにアルミラが首を振った。

「私は、その必要がないの。逃げる必要がなかったの。」

「?」

「私の生まれた村は、それほど伝承を信じていた訳ではなくて…。

 ただ、”御子”が代替わりする度に、仕来りは守ろうと言う暗黙の了解があったのよ。

 生まれてしまった以上、生かしておいてもいつか生贄として殺されてしまうかも知れない。その時、意図して村が一丸となって生かしておいた事に、罰が下ると恐れていただけだった。

 致し方なく”御子”がいなくなる道があるのなら、どこで生きていようと、言い訳が利くと思っているの。

 ウォルフについて街を旅して周っている時、途中で寄った斡旋所に、ウォルフ宛の手紙があってね。

 追わないからと…。

 エル・ジェルシーは疎まれている女神でもあるから、生贄を捧げない事が、アムルを崇拝するこの世界には、良かれと思っていると。」

 生贄は、女神に力を与えるための食事のようなものだと言う解釈があった。だから、エル・ジェルシーが力を付けすぎる事を怖れたのだ。

 生きるためにと、ウォルフと行動をともにし、ガインズと出会い、そして任務の失敗によってパーティは解散となった。ウォルフは何処かへと姿を消してしまい、その後はガインズとともに旅をした。

 手にしたのは、決して心地の好い自由ではなかったが、不満はなかった。

 旅の途中、風の噂でタリヲワのミーヤの集落で人攫いがあったと聞いた。集落の者たちは血眼になって攫われた者を探していると言っていた。その噂の中で聞いた特徴に、アルミラとガインズは顔を見合わせた。

 まさかと思ったが、攫われた者の名を聞いて、独り確信した。そして、シャトール・カスタでウォルフと再会を果たす。横にいるのはミーヤ種。間違いないと思った。

 出会った夜にミンミにかけた言葉は、確信を持って発したものだ。

「んだなら、『顔のない者』が襲ってるのは、全員”御子”だか?」

 眉を顰め、まだ余り話を飲み込めていないという表情で、アルバインが続けた。問われたアルミラは小刻みに首を横に振る。

「違うのよ。”御子”を食う『顔のない者』は、各地に一体ずつしかいないと言われているの。毎度、食いに来る『顔のない者』は同一固体で、別の物とは思われていないの。

 だから、ヒトを襲っている『顔のない者』は、”御子”を食う固体とは別の種類だと思ってるわ。」

「別の種類ぃ?」

「ええ…。仮に…『顔のない者(アレ)』が生物だとして、姿の似た別の生物なんじゃないかって…。」

「一先ず、ここを離れない?」

 言い終わらぬうちにアルミラの声を遮ったのは、リチュだった。

「ミンミは追われているんでしょ? 目的は、果たせたのかな? 『顔のない者』の考察は、どこか宿についてからゆっくりでもいいんじゃないかな。」

 その一言で、みな我に返った。

「そうだな。厩舎にも行かなきゃならない。」

 ウォルフが頷いた。そしてミンミを見ると、ミンミも頷き「ちょっと待って。」と言って墓石の後ろに周った。が、そこで怪訝な顔をする。

「どうした?」

「…ない…。」

「なにがだべ?」

 アルバインが尋ねる。ミンミは姿勢を変え、角度を変え、手で墓石をなぞりながらもう一度「ない。」と言い、ウォルフを見上げた。

 ウォルフも眉を顰め、腑に落ちないという表情を浮かべている。

「どうしたっぺ?」

 辛抱出来ずアルバインが再度尋ねると、漸くミンミが話した。

「ペンダントがない。墓が出来てすぐに、ペンダントを隠したの、ここに…。」

「形見だっぺ?」

 それならば、ふと見付けた家族が持ち帰ったという可能性も。

「違うんだ。あたしの私物なの。」

「…?」

「あたしが捕まっても時間稼ぎが出来るように、石の中に…。」

 言いながら、ミンミが墓石を撫で捲くるが、どうやら本当にないらしく、諦めた様に立ち上がった。

「誰かが持ってった…?」

「多分な。アレ(・・)は”御子”にとっても”御子”を崇める者たちにとっても重要な物だから…。」

「なんだっぺ…!」

 いい加減苛苛としたのか、アルバインが少し声を荒げた。

「済まん、アルバイン。話すと長くなる。取り敢えずコタルへ向かおう。」

 ウォルフの言葉を合図に、一向は墓地を後にした。周辺を警戒したが、特にこちらを伺っている気配は感じられず、そのままランクルに跨り、一時的に元来たルートを戻る。

 流石にランクルのお蔭で三〇分とかからぬうちにコタルに辿り着いた。

 厩舎に事情を話してランクルを引き渡すと、願ってもいない申し出を受けた。

「済みません。実は、ゴルタダに運ばなければならないランクルが数頭いるんです。」

 この先、集落を迂回するように遠回りのルートで西を目指さなければならない。集落まで徒歩で四時間、目的地の付近のゴルタダはその先四時間の場所にある。迂回するから、合計で十時間は優に越えると思われた。何より砂漠越えだ。体力の消耗も半端がない。

「有難いべ。」

 アルバインに限らず、全員がそう思っていた。

「私たちで良ければ。」

「トゥーリスからここまで無事に運んで下さったんです。心配はしませんよ。」

 人が好いのか警戒心がないのか、とにかく話を長引かせて依頼自体が無くなっては元も子もない。

 ウォルフは「お受けします。助かります」と言い、無事にメルガニスタまでの足を確保したのだった。

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