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幸多かりし賛美の世界で  作者: L→R
炎の記憶
10/12

炎の記憶 3

 夜の砂漠は不気味に静まり返り、時折吹く風が砂の山で唸る時、思わず背中が震える。

 サラサラと砂が滑り、その上をランクルの大きな足がドコドコと音を立てながら走り抜ける。

 どこまでも続く砂漠の上には、几帳面に並んだ星星が瞬き、ウォルフはこまめに星を見上げながら、その方向を確認した。

 一行は無言のまま、最初のオアシスに辿り着いた。月は空の真上付近に登り、日変わりが近い事を表していた。

 ランクルに水を飲ませ、すぐに次のオアシスを目指す。足の速いランクルと言えど、残り四時間ほどで集落に着くには休憩は安易に挟めない。

 ひたすらランクルに揺られ、出発前の戦闘が祟ったのか、砂漠のむわりとした生暖かい風のせいか、疲れに目がしょぼつく。

 何とか眠気を抑え進むメンバーを、先頭のウォルフが振り返っては確認した。

 だが、それもやがてなくなり、ウォルフもただ無言で前だけを見て走っていた。

 うとうとしかけたリチュは気分転換にアルバインを見るなり、その様子に眠気が飛んだ。

 一同が眠気と戦う中、アルバインだけは一人はっきりとした意識の中で走っていた。

 目がギラギラとし、憂いを存分に帯びた表情をして、ひたすら前を見ている。

「…アルバイン?」

 リチュが声をかけると、アルバインが横目でちらりとリチュをみて「ん?」と言った。

「大丈夫?」

 トゥールズでの事を、心配した。

 そんなリチュに、アルバインが淡く笑う。

「んああ。大丈夫だ…。」

 会話を聞いたウォルフが振り返った。

「無理しなくていいぞ。」

「んだ。無理じゃねぇべ…。

 でも…。」

 ウォルフにも笑いかけ、そして俯いた。

「なんだか、全部話しちまいたいだな…。」

 アルバインが言うと、今度は全員がアルバインを見た。

 様子がおかしいのには気付いていた。だが、深くは誰も事情を知らない。

 興味本位に近しい気持ちを全員が持ったが、故に全員が「話してしまいなよ」と言う事を躊躇った。

 暫し沈黙の後、リチュがふと笑った。

「楽になるなら、話してしまいなよ。

 きっと、誰も後悔しないと思うから…。」

 リチュの言葉に、全員が頷いた。

「んだな…。」

 アルバインはそう言いながら溜め息を付いたあと、少しだけ空を見上げて息を整え、話し始めた。

「オラぁ、この手で家族を焼き殺しただ…。」


◆ ◆


 パルバ・ア・ダルの北端れにある小さな村。その辺りは古来の遺跡が立ち並ぶ場所で、土も枯れかけ、ケモノすら生息しない不毛の地と呼ばれていた。

 農作物がギリギリ何とか育つその土地では、最低限の暮らししか出来なかった。それでも、住民は代々、必死ながらも穏やかに、暮らしていた。

 だが、若者からの不満も徐々に出始めていた。村には子供も少なくなっており、このままでは存続自体が危うい状況であったし、外との交流も少ないので、血が濃くなる事が懸念事項になっていたのだった。

 ついに限界を感じた長は、かねてより持ちかけられていた隣村との合併の話を受ける決意をする。

 正確には、隣村への集団移住の話だ。

 一つ谷と森を隔てた隣村の土は、アルバインの村の土より良い土で、作物の育ちもよかった。

 村の中では合併に反対する者と賛成する者の間で派閥が生じ、家族崩壊の危機を迎えつつあった一家もあったが、内心では全員が、致し方なしという結論を秘めていた。アルバインも合併反対派ではあったが、他と同様、最終的には致し方なしと考えていた。ただ、村を棄てるなら、熟考したかったのだ。

 長引く村内での話し合いの末、合併の話を進める事となり、長は村の若者の中から、道中ケモノと遭遇しても戦える力のある者を多く連れ、隣村へ向かった。その中に、アルバインも加わっていた。

 村にはケモノ避けの封もしてあるから、と油断したのだった。

 隣村での話し合いは円滑に進み、日取りを決める段階になって、村の幼い子供が走り込んで来た。

「大変だ!! か、『顔のない者』が、村に…!!」

「なに…!?」

 急ぎ村へ戻るよう言われ、長と何名かの若者を残し、アルバインと十人ほどの若者が村へと戻った時には、力ない村民たちの抵抗の跡である炎が、村の家々を糧に燃え盛っていた。

 もう夕暮れで、闇に染まりかけた世界の中で、村を焼く炎の色は余りに赤く、余りに美しかった。

 戻った若者は、生き残った者たちの救助と保護のため、散り散りになった。

 アルバインは、逃げ惑うヒトビトの中、自分の家へと走った。

 アルバインの家は村のほぼ中心にあったが、避難したのかその辺りに既に人気はなかった。

 ほっと胸を撫で下ろし、他の地区の救援に向かおうと踵を返したその時、ザザと焼ける家の木材が崩れ、炎の向こうに複数の人陰が揺れた。

「ジル…!?」

 妹の名を呼ぶが、返事はない。

 その代わりに「ブブ」という、何かの雑音のような音が聞こえた。

 あれはなんだ…?

 そう思った瞬間、影が炎の中から飛び出して来た。驚き、寸でのところで後ろへ飛び退くと、目の前に『顔のない者』がいた。

 否…。

 そう認識した瞬間、違うと判った。

 目の前のモノは『顔のない者』になった妹だった。

 まだ『顔のない者』になり切れていない妹は、体にその面影を残しながら、頭部前方がボコボコと波打ちながら内側に凹み、徐々に『顔のない者』へと変化を進めていた。

「ジ…ル…?」

 もう一度名を呼ぶと、まだ意識があるのかふと頭部を上げ、首をくいと横に傾げた。そして即座にアルバインに襲い掛かる。

「!!」

 アルバインはもう一度後ろへ飛び退き、家の中の影に目をやった。炎の中、残っていた影も徐々にこちらへ向かって歩いている。

 そして炎を跨ぎ、体に燃え移る炎に全身を焼かれながら出て来た『顔のない者』たちに、アルバインは首を振る。

「…なんて…ことを…。」

 目の前で蠢く『顔のない者』たち。

 妹に、母、父、そして、弟だ。

 いずれもまだ意識はあるのか、アルバインを見てしきりに首を傾げる。

 黄土の筋の入った黒い体には、若干家族の面影が見え、頭部は妹と同じように、ボコボコと波打ち凹んでいく。

「かあちゃ…ん。

 とおちゃんも…、ウルも…。

 ああ…。」

 なんという事だ…。

 目の前の四体の『顔のない者』を愕然と見つめ、アルバインは今にも崩れ落ちそうだった。

 どうする、どうしたらいいのだ…。

 そう思いつつ、冷静に次に採るべき行動を把握している自分がいた。

 嫌だ。それだけは否だ…。

「できねぇ…。」

 出来るはずもない…。

 放置すれば、村人に危害を加える事だろう。

 誰にも遭遇していない今、自分だからこそ、この事態を収拾出来る。自分にしか、この役割は負えない。

 そう考えていた。

 頭では。

 自我が残っているのか知れない元・家族たちは、アルバインに向かって歩み寄りながら、ひたすら首を傾げていた。

 そして「ブブ」という声を発し、変化を進める。

 このままでは…。

 アルバインの頭の中で、思考と思い出が入り混じる。

 手は振るえ、涙が止め処なく溢れた。

 ”致し方ない”。

 この時ほど、この言葉を恨んだ事はない。

「…ごめんな…。」

 もう少し早く、移住の話が決まっていたら、家族は助かっただろうか。反対派だった自分に責任はあるのか…?

 村に残っていたら、家族は助かっただろうか。この手にある力に全てを擦り付けて赦されるのか…?

「赦してけれ…。」

 アルバインはそう言いながら自我を外し、無意識に炎を呼び出した。

「…『オルダ:ハンム(叩き潰せ):ファイダ』…。」

 巨大な炎の弾が、『顔のない者』否、家族目掛けて降り注ぐ。

 次へ次へ…。

 何十、何百と言う弾を降らせ、家族を…、家族だったモノを潰していく。

 見えなくなるように。吐き払い、潰していく。

 涙で世界が滲み、ゆらゆらと揺れた。

 炎が砕け散る音に混じり、家族だったモノの声が聞こえる気がする。

 その声すら磨り潰すように、アルバインは延々、炎の弾を降らせ続けた。


◆ ◆


 その後の事は、ほとんど記憶にない。

 気付いたら、船に乗りマルレインの中規模集落にいた。

 記憶を辿るが、村での出来事はほとんど記憶から消えてしまっていた。遺っていたのは、村を襲った『顔のない者』に苦手な紅蓮系の魔術で応戦し、結果村が焼けてしまったという、置き換わった記憶だけだった。

 だがその時のアルバインには、そんな記憶ですら絶望に思われた。

 傭兵としてではなく旅人として、雑用による収入を得ながら呆然と過ごしていた時、酒場でリチュと出会った。

 少しの雑談でリチュに興味を持ったアルバインは、翌日にリチュが旅立つというので、付いていく事にし、翌朝宿を引き払い、リチュと待ち合わせて街を出た。

 二人で旅をするうち、知らぬ間に傭兵として依頼を受けるようになった。リチュがすでに傭兵だったせいもあったが、生きるために致し方なかった理由の方が大きい。

 いくつか仕事をこなす中で、紅蓮系の魔術が一切使えなくなっていた事を知ったアルバインの無意識はやがては、力の調整が出来なかったために村が焼けたのだと言う虚無を作り上げた。

 だから、飛空挺でミンミに話した事は、アルバインの中では事実であり、現実であったのだ。

「脳は、心の傷を癒すために、記憶に蓋をしてしまうんだ。

 外傷に瘡蓋が出来るように、塞がれた脳による攻撃が止めば、心が癒えて来る…。」

 ガインズが静かに言った。

「なにも知らないヤツはそれを”逃げ”だと言うが、そんな単純な言葉で片付けられるなら、ヒトに心なんて要らないよな。」

 ガインズの言葉に、アルバインが薄く笑った。

「オラぁ、どうしたらいいか解らずに、逃げてただよ…。」

 真実を反芻し、自責する。今なら、死ぬまで覚えていたかったと思える。

 だがあの時は、複雑な感情の絡み合う中、考える事を止めてしまったのではないかと思う。

 それは、”逃げ”でしかないと思うのだ。

「それなら…。」

 吐き棄てるように言ったアルバインに、ウォルフが少し振り向いた。

「今から忘れないようにすればいい。

 人生や運命は、常にバランスを保って流れている。

 何かの罪を犯したなら、その罪滅ぼしの時間は必ず与えられる。」

 そうであればいい。

 家族は自分の炎に焼かれながら、その運命を受け入れ、自分に理解を示していただろう。僅かに残る自我で、アルバインへの攻撃を抑えていた筈だ。

 ならばこれから、この真実を繋げて行かなければならない。

 その先にある事こそ、自身の行いに付随する答えだろう。

 星空の下、真夜中を過ぎてすっかり冷え込んだ砂漠を、アルバインの過去の余韻を引き摺りながら走る。

 一時的に熱風と地面から舞い上がる地熱のようなもわりとした空気の停滞する鍋底もあっという間に超え、ひたすら走った。

 無口なままではあるが、心の中は話の内容にそぐわず、なにやら仄かに温かい。

 何故かは解らない。ただ、暗く重く沈み込む事無く、ふわりと浮き上がり、温もりで満たされている気分なのだ。

 アルバインが曝け出した事に対する、優しさなのかも知れない。

 当のアルバインすら、柔らかな笑みを浮かべながら、空を見上げている。

 二つ目のオアシスを抜け、三つ目のアオシスであるコタル・オアシスの影を闇の砂漠の向こうに認めた頃、ウォルフが口を開いた。

「コタルを一度通り抜ける。

 目的の集落には、コタルから徒歩で四時間くらいだ。ランクルを戻してしまうと都合が悪い。

 所用を済ませてコタルに戻り、ランクルを届けたら、今度は徒歩でマルレイン国境へ向かう。」

 ウォルフの指示に、各人が頷いた。

 離している間に、コタルの街が明確に見えるようになった。オアシスとは言え、街の周りは封術が施されたケモノ避けの高い壁に囲われている。硬い石素材で組み上げられた壁は、塔のように聳え、旅人の立ち寄りさえ拒んでいるかのようだ。

 コタルの手前を西へ向かい直角に曲がる。斜めに走らないのは、方向を見失わないためだ。

 手綱捌きさえ間違えなければ、真っ直ぐ走るランクルの習性を利用し、極力方向を単純化するための道程である。

 西へさらに一時間ほど走り、月が東へ少し傾いた頃、ウォルフが左手を上げた。スピードを緩めろ、という事だった。

 一同がランクルの綱を少し引き、小走り程度の速度に抑える。

 向かう闇の中に、集落を囲う壁と、入り口に灯された松明の灯りが浮かんでいた。

「墓地は、少し南へ下った先にある。」

 そう言って、ウォルフが手綱を左へ引く。ランクルが頚を引っ張られ、南西へと方向を変えた。

「なあ。」

 少し走って、ガインズがウォルフの背中に声をかけた。

「ん?」

「何で、墓地が集落の外にあるんだ?」

 ガインズの問いに、ウォルフが無言になった。

 ウォルフにとっては何ら後ろめたい話ではない。が、この目的の主役であるミンミにとっては、少しばかり話し辛い事情がある。ウォルフが躊躇っていると、出発してから一言も口を利かなかったミンミが、ぼそりと呟いた。

「『顔のない者』たちの墓だから、だよ…。」

「『顔のない者』たちの墓?」

 アルミラが振り返った。

「ああ。あたしがいた集落では、死んだ者はどう死のうが尊く葬ると言う仕来りがある。

 『顔のない者』になろうがなんだろうが、ヒトが死ねば墓を作る。」

「…襲われて…?」

 リチュが訊ねると、ミンミは少しだけ無言になり、ゆっくりと話し始めた。

 行く先が集落から逸れ、視界はまた、暗闇になる。

「あの集落は、昔から妙な言い伝えを守ってるのさ…。

 フツーに暮らしてちゃ、絶対に耳に入る事はないだろうと思う。何せ、禁忌とされた事だからね。

 あの集落では、二十年に一度、神に捧げ物をするんだ。

 ヒトを贄に、エル・アムルを復活させるためにね。」

「贄に…?」

 口に出したのはガインズだが、ウォルフ以外の全員がミンミを見た。

「そう。

 集落には古い言い伝えがあって。

 その昔、エル・アムルの生まれ変わりがヒトの皮で身を隠しながら、エル・ジェルシーから逃げ回っていたところ、あの集落の住人が匿ったんだって。

 ところが、エル・ジェルシーはしつこくエル・アムルを探し、ついに集落に隠れたアムルを見つけたジェルシーは、住人の目の前でアムルを殺した。

 アムルは死ぬ間際に集落の住人に神託をしたそうだよ。

 『月が愛の星と軸が交差する年の、花咲き乱れる日に、女神エル・アムルが宿るための肉体を、五つの目を持つ者に捧げよ。

 さもなくば、世界はエル・ジェルシーの微笑みに消える。』ってね。」

「肉体たぁ、また…。」

「愛の星って、天体神話でエル・アムルの星と言われている、惑星”アムリス”の事?」

「らしいよ。」

「アムリスの軌道に月が”乗る”年って事よね…。」

「…アムリスの軌道に月が乗るのは、二〇年に一度。

 最近だと、三年前だね。」

 リチュがミンミを上目遣いに見た。

「そう。

 二〇年に一度、集落では生贄を捧げて来た。

 集落の住人はそれを名誉とか栄光と言って、陶酔してたよ。」

「…五つの目を持つ者ってのは、何なんだ?」

 ガインズがそう訊ね、即座に理解をしてはっと息を飲んだ。

「…『顔のない者』か…。」

「…これから行くのは、その生贄になった者たちのための墓だ。

 集落の近くには、何故かヒトに害を加えない『顔のない者』がいて、二〇年に一度、花祭りの日に、十人の中から選ばれた者と使者役の老人と護衛が見守る中、集落へ『顔のない者』を招き入れる。」

「待て。ヒトに害を加えない…?」

 淡々と語るミンミに驚きながら、ガインズが訊ねる。

「ああ。何故かは知らない。

 贄を捧げる日に集落に入れる『顔のない者』は、贄を齧って『顔のない者』にした後、自分は新しい『顔のない者』に食われるんだ。それ以外のヒトには、誰にも手を出さない…。

 だから、集落じゃ、あの『顔のない者』は、エル・アムルが憑依したものなんじゃないかって、信じられてる。」

「…えっ…。」

 アルバインが息を飲み込んだ。

 エル・アムルは”愛”を司る。そして、『顔のない者』はエル・ジェルシーによって生み出されたものとされている。

 ヴェル・ヴィーラのヒトビトは、エル・アムルとエル・ジェルシーは相対する物、決して交わらないと信じている者がほとんどだ。

 驚いて当然の事だった。

「…肉体を、捧げよ、か…。」

「アムルの神託には、復活なんて一言もないんだが、集落の住人は肉体を捧げる事でアムルが復活すると信じてる。

 集落も、その神託があってから、ずっとエル・アムルを盲目的に信仰してる。」

「…そんな墓地に、あんたが墓参りに行かなきゃいけないような人の墓があるって事か。」

 問われて、ミンミは前方を注視した。闇の中に、徐々に距離の縮まる陰が見えた。こんもりとした小さな陰は、よくよく見ると、森だった。

 墓地は、あの森の中にある。

 砂漠にあって、奇跡的に地下水脈が地上に近くまで盛り上がっているために出来た森だった。

「…妹が、いるのさ…。

 三年前の花祭りの日に、『顔のない者』に食われた妹の墓が、あるのさ…。」

「三年前の…花祭りの日…。」

 ガインズが、はっとしてウォルフを見た。ウォルフは前方を見たまま、淡々とランクルの手綱を握っている。

 三年前の、花祭りの日…。

 その日、小さな小さな噂話程度の騒ぎが、この辺りの集落で起こった。

 ウォルフと別れ、アルミラと当時の仲間の幾人かで旅をしていたとき、モンルールに立ち寄った際、マルレインからオアシス経由でモンルールに来たという行商から聞いた話だった。

 祭りで賑わう都とは対照的に、闇の砂漠に佇む集落で、”アムルの御子”が連れ去られたという。

 ”アムルの御子”は、生まれながらにしてエル・アムルの特別な加護を受けているとされ、その子が死ぬと別の子として生まれ変わるという輪廻転生をも信じられている存在であるという。

「”アムルの御子”か…。」

 ガインズがぼそりと呟くと、アルバインが「”御子”?」と訊ねた。

 なるほどアルバインは知らないのだと理解したガインズは、無言で頷いて、ミンミを見た。この先の話は、ミンミの妹の名誉にも関わる。口外する許可を得なければならないと思ったのだ。

 一方でミンミは、ガインズの事など見もせずに一つ頷き、口を開いた。

「伝承のエル・アムルの言葉には続きがあってさ。

 『五つの目を持つ者は、我が加護を受け生まれた者なり。

 その者は次なる加護を受け生れ落ちた者の肉体へとその魂を受け継ぎ、”目覚めの時”を待つ。

 我が加護を受け生れ落ちる者は、背に我が聖痕を持つ者。』

 背中に、エル・アムルの印を持って生まれた子は、エル・アムルの加護を受け生まれた子であり、二十年に一度『顔のない者』へ捧げられる”アムルの御子”として育てられ、村のために、世界のために生贄になる。」

「エル・ジェルシーが唆したんじゃねぇべか…?」

「…その真相は、あたしらには確認出来ないけど…、可能性としては、あるんじゃないの?」

 話を受け入れられないらしいアルバインの疑問に、ミンミが一呼吸置いて答えた。

 伝承が本当だとしても、時間でも遡れない限り、現代の自分らにその真実を確認する術はない。

「三年前、お前さんの妹は、”御子”として生贄になり死んだ、と言う事か…。」

 溜息混じりにガインズが言うと、ミンミは短く一言、「違うよ」とだけ言い、背筋を伸ばした。

 前方を見ると、いつの間にか目の前には、背の高い樹木の茂った小さな森があった。

 一足先に辿り着いていたウォルフがランクルから降り、辺りを伺っていた。

「ケモノの気配はしない。急いで済ませてしまおう。」

 やや声を殺し、続いて辿り着いたミンミに言った。

「うん。」

 ミンミも頷き、降りたランクルの手綱をウォルフに渡すと、すたすたと森へと入って行った。

 あとのメンバーもランクルから降り、手綱を牽いてミンミの後へ続き、最後尾にはウォルフが着いた。

 ぞろぞろと森を進む。森は概観よりも大きく、深く、人が通るに十分な小路まであった。ヒトが出入りしている証拠だ。

 道を行くと、すぐに森が拓けた。そこには朽ち果てているものから、比較的新しいものまで、沢山の墓石が並んでいた。

 ミンミは迷わずその中の一番新しい墓石の前に立ち、動かなくなった。

 一行はランクルの手綱を適当な木の幹に括り付け、ミンミに歩み寄る。


『ミーヤ・リリア V.D.4909~V.D.4922』


「十三歳か…。」

 ガインズが堪らず重々しい溜息とともに声を吐き出した。一同も一斉に悲しみの溜息をこぼす。が、アルバインが途中で息を飲み込んだ。

「ん? 十三歳?」

 そう言って、眉を顰める。

「途中、ずれたりしただか?」

 アルバインが首を捻った。

「二十年に一度、生贄として捧げられる”御子”は、死んで始めて次の”御子”が生まれる。つまり、誰かが途中で死んだりしない限り、永遠に”御子”は二十歳で死ぬんだべ…?」

「……。」

 アルバインの問いに、誰も反応しなかった。同じように疑問を持ったのか、それとも事情を知っているのかは、暗闇のせいでアルバインには判別出来なかった。

 やがて、ミンミがぼそりと呟いた。

「妹は、あたしの身代わりになって死んだんだよ。」

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