6、猫型妖精の王は忠告する
2026年4月4日にかぐつち・マナぱ様より頂きましたファンアートのうち、人間形態のタレイアのイラストをこちらの本文の最後に貼り付けさせて頂きました(2026年4月6日)。かぐつち・マナぱ様、本当にありがとうございました。
リューは考えた。ケルピー、ローレライ、人魚、水妖。全て水棲の魔物だが、そのような当たり前のことを、まさかこの場面でドミニクが問うはずもない。だとすれば。
「……それは、こちらにおいでのオシアン公にも共通することではありませんか?」
リューはそう尋ねてみた。ドミニクが肯定すると期待してではない。相手の表情や瞳孔の変化を参考にしたかったのだ。しかし相手は歴戦の猛者で、そもそも表情に乏しかった。
「君の考えを聞こう」
ドミニクはそう言い、脚を組み直した。
リューは背に冷や汗が伝うのを感じつつ、答えを述べた。
「共通点は、魅了能力です。ケルピーは人間の美男子や見事な馬の姿に変身することで、ローレライ、人魚、水妖は声を発することで人間を魅了します。オシアン公は声と眼差し、それから甘噛みによっても魅了が可能ですよね。……タレイア殿も魅了持ちで、しかもご本人には制御が難しいのではありませんか?」
「及第点だ」
渋面で頷くドミニクに、オシアンは耳を寝かせた。
「素直に『正解だ』と言えば良いものを」
「僕は閣下とは違い、若者に甘くはないのですよ」
ドミニクが鼻を鳴らした時、部屋の奥を仕切っていたカーテンが開いた。
「ドミニク。ワタシ、フタリ、ニ、アウ、ノゾム」
現れたのは、薄紅色の髪、二重瞼で目尻が少し下がり気味の眼に、琅玕の瞳が印象的な、柳腰の女性だった。
「タレイア。大丈夫なのか、その姿で出て来て」
狼狽するドミニクに、タレイアはふわりと花が綻ぶように微笑んだ。
「ヘイキ。コノ、フタリ、ニ、ミリョウ、コウカ、ナイ」
話し方はたどたどしいが、声は落ち着いた優しい印象の成人女性のそれに変化していた。
「いや、そうかもしれないが……」
ドミニクは歯切れの悪い返事をした。
けれどもオシアンが彼に構うことなく猫の姿のまま上品にタレイアに挨拶をしたので、リューもそれに倣って作法通りに挨拶をした。
二人の様子を凝視していたドミニクが、安心したように身体から力を抜いた。
「……そのようだな」
彼は柔らかい眼差しでリューを見た。
「僕が妻の種族名と姿を伏せている理由は二つある。まずは一つ目だが、ロイド教授から特別講義を受けている君なら知っているだろう。魅了能力の高い魔物は魔女から『媚薬の原料』として狙われやすい。ケルピーや人魚、ローレライや水妖のような、護り指輪で防げるほどの魅了能力しか持たない魔物は奴らにとっては無価値だが、猫型妖精やアマビエのように神性を帯びていて、なおかつ強力な魅了能力の持ち主は、『最高級の原料』だ」
魔女とは、悪霊と生きた人間の女性が融合した邪悪な存在で、人々に加護や助言を与える賢女、つまり各種の妖精族の女性たちとは似て非なる存在。その魔女が作る媚薬は、千数百年前に、ある金の髪の王妃と高潔な騎士を破滅させたことで知られる危険な薬だ。
リューはエズメから先日借りた本の内容を思い出した。
「猫型妖精が他の妖精族とは違い、この世界に隣接する小世界に王国を築いているのは、魔女に狩られることを防ぐためですよね。一方、元々魔女が存在しなかった極東のアマビエが、万全の対策をとっていたとは思えません。タレイア殿が最後のお一人ということは、いつの間にか皇国に入り込んだ魔女によって、他のアマビエは全て狩られたのではありませんか?」
「リュー、ノ、イウ、タダシイ」
タレイアが肯き、ドミニクが補足した。
「アマビエは未来を予知出来るが、戦闘能力はなく、素早く逃げることも出来ないのだ」
それはドミニクがタレイアを隠してきたもう一つの理由にも繋がっていた。
「確かにタレイアが意図せずに発揮する魅了は、破魔の力を持つ君や、この世界で屈指とされる魅了の力をお持ちのオシアン公には効かないらしい。だが、それでも護り指輪では防げないほどに強力なことは間違いない。現に過去には人間形態のタレイアに魅了されて邪心を抱き、連れ去ろうとした聖騎士団員も現れた。幸いその時は僕がすぐに救出したから無事に済んだが、本当に危ないところだったんだ」
タレイアは、その正体を現せば魔女に狙われ、人間形態となって魔女の目をごまかそうとすれば、今度は魅了に惑わされた人間に狙われる。
それが、四十年もの間、ドミニクがタレイアの姿を隠してきた理由だった。
「だから、君の恋の参考にはならないだろう?」
そう尋ねられ、リューは首を振った。
「……いいえ。今のお話から学ばせて頂きました。大切な相手は安全な場所で厳重に保護すべきで、そのためには相応の地位と力が必要なのですね」
「リュー。君は聡明なはずだが、今の答えは不合格だ」
オシアンが、きっぱりとそう言った。
リューはオシアンを見た。
「いけませんか?」
「ドミニクが取っている方法は、我から見れば非常に危ういと言わざるを得ないからね」
オシアンはこう説明した。ドミニクは秘密をほぼ一人で抱え込んでいるに等しい。しかも、先程の資料室での一件でも分かる通り、自分たちに近付く人間を警戒するあまり、無闇に排除しようとする傾向がある。
その結果、聖騎士団本部内に、二人に触れてはならないという雰囲気が出来上がってしまい、二人は孤立に近い状況に陥っているのだ。
特に問題なのは、タレイアにとって社会と繋がる窓口がドミニクしかないことだ。もし、ドミニクが聖騎士団内で立場を失うことがあれば、或いはドミニクが不慮の事故や病気、何者かの襲撃によって斃れるようなことがあればどうなるか、と。
リューは息を飲んだ。もしそうなれば、どう考えてもタレイアを待つのは最悪の状況ではないか。
オシアンの言葉は続いた。
「ドミニクが人並み外れて有能だったので、これまではそれでも構わなかった。だが、ドミニク。君ももう若くはない」
容赦ないようで同情の込もったオシアンの言葉に、ドミニクが喘いだ。
「……どうすれば良かったと仰るのですか?」
「かつて、君の部下には、君が味方にするのに相応しい人間がいただろう。それこそ、この世で屈指の強さの魅了さえも効かない、飛び切り腕の立つ婦人がね」
それを聞いたドミニクがほろ苦い微笑を見せた。
「……そういえば、二十五年ほど前でしたね。貴方が青い顔をなさって『使い魔の身でありながら誤ってヒルダを噛んでしまった』とお知らせくださった直後、噛まれた当の本人が平然と出勤して、『寝ていた使い魔を構い過ぎて噛まれました』と、けろりと申告したのは。……仰せの通り、閣下の奥方ならば、タレイアにとって最も安全な味方になったことでしょう」
オシアンが椅子から下り、向かいに座ったドミニクの膝に右手を置いた。
「あの頃、我とヒルダは、困った事態が起きた時にはすぐ君に報告や連絡や相談をしていたのだから、これからは君とタレイアも、我々に対してそうすれば良いのだよ。それに、これからは少しずつ味方を増やしていくことだ。勿論ここにいるリューも、信頼出来る人間だよ」
ドミニクとタレイアが、オシアンとリューに頭を下げた。
* *
「オシアン公、ロビン殿、先程は、ありがとうございました」
ドミニクの部屋を出た後、リューはオシアンと、姿を現したコマドリ姿の魔物、ロビンに礼を述べた。
ロビンはハワード卿の使い魔だ。多くの分身がいて、リューにもその一羽が付いている。オシアンはリュー付きのロビンの知らせを受けて、資料室に来てくれたのだ。
オシアンは優雅に一礼した。
「君は、聖騎士団を支えるべき人材だからね。無事で良かった」
ロビンの方はこう言った。
「貸しだからな、今度、何か奢ってくれよ?」
異世界恋愛といえば、「ピンク髪の魅了持ち女子」だと思っておりましたので、出せて嬉しいです。
次回、姫御子がタレイアの話を心待ちにしているようです。
「まだかのう、早う話を聞きたいのじゃ」




