5、聖騎士団の筆頭顧問は語る
かぐつち・マナぱ様より、タレイアのファンアートを頂きましたので、魔物形態のイラストはこちらの本文の一番最後に貼り付けさせて頂きます。(2026年4月6日)
ここに至って年長者たちは理解した。
「リュー、ノ、シル、ヒツヨウ、ダイショウ、チガウ」
タレイアが言った。
「リュー、ハ、アイ、ヲ、シル、ガ、ヒツヨウ」
「つまりリュー君は問題を抱えた家庭に育ったので、恋人や夫婦の正しい在り方が分からずに悩んでいたというのか」
ドミニクがそう言って唸り、オシアンは犬ほどの大きさの猫の姿に変わった。頭から尾までは漆黒、胸と腹部は純白の、長い毛並みを持つ麗しい猫に。
「……これはまた、随分と難しい問題だ」
「しかも何故、僕とタレイアの関係を参考にしようなどと?」
リューが答えあぐねていると、オシアンが言った。
「君が、コガ嬢の正体を知りながら、それでもなお彼女を恋い慕っているからだね?」
ドミニクの顔が、僅かに強張った。
「コガ嬢の正体は、聖騎士団でも一握りしか知らないはずだ」
しかし、オシアンはゆっくりと首を振った。
「彼の君は年若く、周囲は年齢の離れた人間ばかりだ。自分と同じ年頃の人間に興味を持ち、近付きたいと考えたとしても無理はあるまい。そのために相手に自分の秘密を明かすというのも、充分考えられることだ。そして、この子が彼の君に惹かれるのもまた、自然の摂理というものだろう」
リューが感心してオシアンを見つめると、オシアンは穏やかに顔を逸らした。
「単なる年の功だよ。全てを見通せるわけではない」
「いいえ、オシアン公の仰る通りです。娘娘はご自分から、秘密を明かしてくださいました」
ドミニクが溜め息をついた。
「あの方も、随分と危ういことをなさる……」
「ヒメサマ、リュー、ト、ナカヨシ、ナリタイ」
タレイアの言葉に、オシアンがふっさりとした尾を振った。
「その仲良くなりたい、というのが恋心なのか、純粋に同年代の友人を欲してのことなのかは、我にも分かりかねるがね。……何しろ、ご婦人方は愛らしいものを好みがちだから」
言葉の後半に何やら実感が込もっていたので、リューは何となくオシアンの事情を察した。確かに猫の姿のオシアンは、その逆三角形の輪郭に、アーモンド型の目、すっと鼻筋の通った顔立ちが、気高くも愛らしい。
ドミニクの方はこう呟いた。
「人間の男と、女神の組み合わせか」
オシアンが澄まし顔で言った。
「恋の参考にするならば、我よりドミニクの方が適役だろう」
ドミニクが表情に乏しい顔で言い返した。
「ええ、僕は閣下とは違い、一目惚れした相手をその日の内に攫おうとは考えませんからね。もしリュー君が閣下に倣ってコガ嬢を攫って逃亡するようなことがあれば、聖騎士団にとっては大打撃ですよ」
オシアンはドミニクから顔を逸らした。
「我はヒルダを攫いはしなかっただろう?」
「それは当時のヒルダ夫人が、閣下が名乗られた後に自分も名乗り返すほど迂闊ではなかったからでしょう」
愛らしい猫の姿に惑わされて使い魔契約を結びはしたが、とドミニクは小声で呟き、それからリューを見た。
「話をしよう。君の参考になるかどうかはともかく」
* *
四十年前の春。聖騎士団員になったばかりのドミニクは、皇国の西南部に派遣されていた。その三年前にこの地で内戦が起こり、多くの死者が出て、その亡霊たちが浄化されることなく、一つの巨大な怨霊に纏まりつつあったからだ。
「随分と、魔力に満ちた土地ね」
当時の守護者がそう呟いた。こういう地は、使い魔たちの力が増すが、逆もまた然り。
その上、亡霊たちの主体が自分たちと変わらない世代の人間たちの霊だったことで、聖騎士団員たちの心も削られていった。更に不利だったのは、同じ皇国の若者たちが、殺し合わねばならなかった理由を理解することが出来なかったことだろう。
理解出来ない相手を浄化するのは難しい。
皇国に派遣された聖騎士団員たちは、焼け落ちた要塞の近くの山林、或いは遥か北東の皇都へと続く街道で、暴れ回る亡霊たちに手こずった。
若き日のドミニクも連夜、亡霊を浄化するための魔道具、浄光灯を手に要塞の裏手の山中を駆け回った。彼はいつしか仲間とはぐれ、山を越えたところにある海岸に一人、迷い出た。
そろそろ夜も明けようかという時刻。しかし山のすぐ西側に広がる海は暗かった。
ドミニクは浄光灯を抱え、海岸の岩の一つに座り込んだ。
すると、聞いたこともない歌が頭の中に流れた。
ゆたのたにたに 月の船
きみのまにまに 夢の舟
しのぶる恋の 行く末は
波のまにまに 夢の舟
繰り返す波の音と相まって、その歌は子守唄のように優しく感じられた。ただ、その歌声の主は人間ではなかった。
「人魚か、水妖か?」
――私は、天つ神の使い、アマビエの最後の一人。
そう告げながら姿を現した魔物は、浄光灯と同じ清らかな光を帯びていた。
姿は人魚に似ていたが、大きさは鯖ほど。魚の尾びれに似た下半身は左右に分かれ、両足としての機能を果たしていた。魔物は波打ち際で立ち上がり、ゆっくりとドミニクに歩み寄って来たのだ。
魔物は四フィートと少しのところまでドミニクに近付き、そこで立ち止まった。
ドミニクは当初、その魔物を見て人魚に似ていると思ったのだが、近くで見れば容貌も人魚とは随分異なっていた。瞼のない丸い目は魚のようで、口と鼻のあるべき場所には、代わりに嘴があった。
――貴方に、お伝えしたいことがあって参りました。
鼓膜を介さず頭の中に直接届くその声には、何とも甘い響きがあった。
* *
「彼女は教えてくれた。僅か十年前まで封建国家だった皇国が急速に近代国家に変貌したことで、取り残された者たちがいたことを。歴史的に行政と軍事を担っていた階級の者たちが従来の地位を奪われ、矜持を踏み躙られたことを。富国強兵を優先する国策に異を唱えた者たちがいたことを。皇国政府は彼らの思いを汲み取ることなく、武力で捻じ伏せた。だが皇国政府も必ずしも悪とは言えない。彼らは列強から侮られるほど弱った皇国が新たな強国に生まれ変わることを目指していた。多くの犠牲を払っても、未来にはそれだけの価値があるはずだと信じて」
話を聞き終わる頃には、ドミニクはすっかり、魔物の知識と優しい「声」に心惹かれていた。
伝えるべきことを伝え終わった魔物が海の中に戻るのを、ドミニクは名残惜しく見送った。怨霊の浄化が完了したら再会しようと約束して。
「夜が明けた後、仲間と合流を果たした僕は、彼女から教えられた知識を守護者と仲間に伝えた。その結果、亡霊たちが完全に一つの怨霊に纏まる前に浄化を完了させることが出来た。そこで僕は大急ぎで例の海岸に戻り、彼女に使い魔になってくれないかと申し出た」
魔物は、最初からそうなる運命だから、とドミニクの申し出を受け入れたが、一つ問題があった。魔物には、個を区別する名前がなかったのだ。
「それで僕が彼女に名前を付けた。『花の盛り』と。ちょうど皇国は桜の盛りで、彼女の髪も桜色だったからね」
先程、資料室で見せた修羅の如き形相が嘘だったかのように、ドミニクの厳つい顔に何とも言えない優しさが滲んだ。
「ところで、タレイア殿の能力を公表されていながら、姿と正体を隠していらっしゃったのは何故ですか?」
リューにはそれが腑に落ちなかった。ドミニクから聞かされたタレイアの外見は、確かに風変わりかもしれないが、人目を憚らねばならないほど奇異なものとも思われない。
するとドミニクは、アーケイディア単科大学の教授が試験を行う時のような口調で、リューに問うた。
「リュー君。ケルピー、ローレライ、人魚、そして水妖の共通点が何か、知っているかね?」
古代日本と同じく、この世界の妖精は求婚のために名を問うことがあり、それに対して人間が本名を答えてしまうと、「同意を得られた」と解釈します。
オシアンの場合は、人間形態の時に初めてヒルダに出会って一目惚れしたのですが、強引に名を問うのではなく、さり気なく自分から名乗ることで、ヒルダにも名乗り返すようにやんわりと促しました。しかしヒルダは「妖精に名乗ると高確率で攫われる」と知っていたので名乗りませんでしたが。
ちなみに、オシアンの猫の姿はノルウェージャンフォレストキャットです。
ドミニクが皇国に渡る三年前に皇国西南部で起きたという内戦は西南戦争がモデルですが、現実世界の西南戦争とは色々と違いますのでご了承下さい。




