4、使い魔の正体は
家庭内暴力などの記述があります。ご注意ください。
「答えろ。どういうつもりだ、イー・リュー!」
興奮したドミニク・トーマス筆頭顧問に胸倉を掴まれながらも、リューの心は凪いでいた。
ドミニク・トーマス筆頭顧問は年齢は五十代後半、長身で、左脚は義足ながら、筋骨隆々たる体格をしている。その彼から胸倉を掴まれて怒鳴られれば、大抵の人間は恐怖を覚えるだろう。
しかし、リューはそうではなかった。豪胆というわけではない。ただ幼少期から自分より身体的に優位な相手から乱暴に扱われることに慣れていただけだ。
日光を遮るために閉ざされた分厚いカーテンの隙間から漏れ入る西陽が、目に入って酷く眩しかった。
それでもリューはドミニク・トーマス筆頭顧問から目を逸らすことも、目を閉じることもしなかった。
彼は胸倉を掴まれたまま、淡々と告げた。
「私は、どうしても知りたいのです。貴方がたが共に在るために、どのような『代償』を支払ったのかを。そして、私は今後如何なる代償を払う必要があるのかを」
* *
その日、リューは日課通り、早朝から剣の稽古をし、朝食後は護り指輪や魔弾銃に使用する魔炎弾に魔力を込める作業に専念し、午後は器楽練習室で箏の練習をし、それが済むと聖騎士団本部資料室で各種の魔物や妖精についての記録を、アルファベット順に当たり始めた。
「やはり、使い魔になった妖精や魔物の資料は、格段に記述が多くなる……」
猫型妖精についての記述の報告者は主にオシアンだった。
最も記述が多いのは使い魔にしやすい小妖精や火蜥蜴の記述だが、風精霊や、水妖の記述も多いのは、……もしかすると、歴代の聖騎士団員の誰かの伴侶だったのかもしれない。
「……これは自分の先祖のことだと書いてある。報告者はモリーさんだ」
モリーこと、先日ハワード卿の妻となったヴィーナス・モリー・キャンベル夫人は、水妖の血を引いている。旧姓はターナーで、聖騎士団の歴代守護者の中で最も強い破魔の力の持ち主だった。
モリーはメグと特に仲が良く、姉のように、或いは護衛の女性騎士のように、いつもメグの側にいた。
――メグは可愛らしい上に高貴な血を引いているから、魔物以外からも狙われやすいの。これからは、私の代わりに、リュー君がメグを守ってね。
モリーから真剣な顔でそう頼まれたことを思い出し、リューの気持ちが引き締まった。
それから「A」で始まる名前の魔物の資料にもう一度手を伸ばした時、リューの背後に大きな影が迫った。
大きな厳つい手が片手でリューの襟髪を掴み、彼を強引に資料棚から引き剥がした。そしてそのままリューを自分の方に向けて立たせた。
予期通り、相手はドミニク・トーマス筆頭顧問だった。
「近頃、君が何やら嗅ぎ回っていることは知っている。タレイアは放っておけと言うが、君が何を企んでいるのかだけでも把握しておかねば。理由次第によっては、守護者相手でも容赦はしない」
リューが答える前に、ドミニクはリューの胸倉を掴み、更に問い詰めた。
彼は怯えている、とリューは諒解した。……父もそうだった。暴力的に振る舞うのは何かに怯えているからだ。
だから、自分の考えを正直に伝えたつもりだった。だが、その答えは相手を納得させるには至らなかったようだ。
これから殴られるのだろうか、それとも床に叩き付けられるのだろうか。リューが静かに予想していると、ドミニクの太い腕を横から制止する手があった。
その形の良い大きな手に、リューは見覚えがあった。
「……ドミニク。彼には切実な事情こそあれ、悪意はない。我に免じて、放してやってほしい。どうか、頼む」
聞き覚えのある、艶のある低い声。オシアンだった。
「……閣下の頼みとあらば」
ドミニクは険しい顔でリューを睨んだまま、リューを床に下ろした。
オシアンは、少しほっとした顔で、リューを見た。
「リュー。君も全く言葉が足りない。相手に腹を割って話をしてもらいたいのなら、まずは自分から胸襟を開くものだ」
数分後。リューとオシアンは、聖騎士団本部内の、ドミニクに与えられた部屋に通された。
「タレイアと暮らすには、普通の家やアパートメントでは不都合だった。そこで大聖女様に頼んだんだ。タレイアに悪戯をしようとしたことを許す代わりに、ここに部屋を与えてほしい、と」
ベッキーが怖い思いをした、と言っていたのはそういうことか、とリューは思った。ドミニクは頼んだと言うが、実際は脅したのに違いない。
「それで、リュー君。君はタレイアについて、どこまで掴んでいるのかね?」
ドミニクに尋ねられ、リューはゆっくりと答えた。
「タレイア殿の正体が、極東の皇国の、西南部沖に棲む魔物『アマビエ』で間違いない、ということまでは」
ドミニクがほんの一瞬だけ、眉を動かした。
「……その通りだ」
「ダカラ、イッタ。リュー、カシコイ、ダケ。ワルイコ、ナイ」
幼女のような声がカーテンで仕切られた部屋の奥から聞こえた。
「今のが、妻のタレイアだよ」
ドミニクが表情の読めない顔に戻ってそう言った。
「もう一度訊きたい。君はどういうつもりでタレイアについて調べていたのか。先程、『代償』がどうとか言っていたようだが」
リューが答える前に、オシアンが口を挟んだ。
「済まない。彼の今回の行動には、我が妻の言葉が影響しているのだ。妻が近頃彼に『異類婚には代償が必要だ』などと言ったものだからね」
ドミニクに対し、リューは今度こそ答えた。
「オシアン公とヒルダ夫人が払った代償については判っています。オシアン公は使い魔として制約に縛られる身となられ、ヒルダ夫人は人間から高位の妖精に変異なさったのだ、と。しかし私はトーマス筆頭顧問とタレイア殿が払った代償についても知りたいのです。……この手をある御方に伸ばすには、あまりに情報が足りないので」
ドミニクは目を丸くし、オシアンは溜め息をついた。
「リュー、落ち着いて聞きたまえ。我々は何も代償など払ってはいない。ただ愛する者と在るために、色々なことを変えただけなのだよ。たとえば、重度の愛煙家が煙草嫌いの婦人と結婚するために、きっぱりと煙草を断つようなものだ」
リューは首を振った。
「……それもまたやはり、代償ではありませんか。私はその御方のために何を差し出しても構いませんが、その御方が私のために何かを失うことには耐えられないのです。……私は、あの男……実父のようにはなりたくない」
オシアンが手慣れた様子で、幼児をあやすようにリューの背中をとんとんと叩いた。
「時間をかけても構わない。まずは君の話をして御覧。そうすれば我もドミニクも、君の欲しい情報をあげられるだろうからね」
リューは、訥々と打ち明けた。
リューは元々、華夏でも有数の名族とされ、代々高官を輩出してきた柳家の跡継ぎだった。但し、生母は跡継ぎを産むためだけに金で買われた妾だ。
不運なことに、リューは生まれ付き身体が虚弱だった。父は母が新たに丈夫な子を産むことを望んだが、リュー以外の子は生まれなかった。
そのため父は事あるごとに、二千年続いた家を絶やす気か、と母を責め立て、手を上げた。
そういう家庭で育ったからか、せっかく好きだと思える人と巡り会えたのに、正しい接し方が分からない。大切にしたいのに、傷付けてしまいそうで怖い。しかも相手は非常に複雑な身の上だというのに、このような自分では彼女を守ることも出来ない。だから想いを告げることさえ出来ずにいる。
「何も分からなくて、身動きもままならない現状が、苦しいのです」
リューの特技、「竜殺しの舞」は母から伝授されたものです。母はリューに似た美貌の持ち主だったために、却って不幸な人生を送ることになりました。現在はリューの父から解放され、風光明媚な保養地にある別荘で静養しています。
次回、ドミニクとタレイアの馴れ初めが明かされます。




