3、不死鳥は苦言を呈し、その主は嗾ける
女性が不当な扱いを受ける描写があります。ご注意ください。
「ロイド教授から伺いましたよ。タレイア殿について知りたがっているそうですね」
リューがいつものカフェで紅茶を飲んでいると、シェーンと、その主であるベッキーが現れて、彼と同じテーブルに着いた。
ベッキーは外見は十二歳ほどの美少女で、何故かいつもぶかぶかの服を着ている。肩のところで切り揃えられた艶やかな黒髪が印象的な彼女こそ、聖騎士団を創設した「黒き森の大聖女」だ。
彼女に付き添う、どこか儚げな長身の美青年がシェーンで、その正体はベッキーの使い魔の不死鳥。実際にはベッキーの方が千歳以上年上なのだが、世間的にはシェーンが兄、ベッキーが妹ということで通している。
リューとシェーンは、聖騎士団長ハワード卿やアーセンと共に「騒動屋」と呼ばれる邪悪な妖精を討伐し、翌日ハワード卿の結婚式で花婿介添人を務めた仲である。
ハワード卿が新婚旅行に出掛けている今、リューにとっては最も親しい友人でもあった。……彼とシェーンの年齢は、百数十歳ほど離れているけれども。
シェーンが、席に着くなりリューに苦言を呈した。
「以前、我が主が忠告したはずですよ。『タレイアについて詮索するのは、オシアン公からヒルダ夫人を奪おうとするのと同じくらい危険なことだ』と」
リューが答える前に、ベッキーが笑顔で彼の鼻先に指を突き付けた。
「君は、解っているつもりで全く解っていないね。まぁ、そもそも君はオシアン公の恐ろしさも知らないだろうから、そこから教えようか」
オシアンは妖精の王としては温厚で友好的だが、彼からヒルダを奪おうとする者、悪意を持ってヒルダを攻撃する者には一切容赦をしない。
幼少期のアーセンがヒルダに慕情を抱いた時は、可愛い甥であり、幼児なのだから、とオシアンとしては大目に見たつもりらしい。それでも彼は、アーセンがヒルダを得るにはどれほど力不足かということを思い知らせはした。だからアーセンは今でも伯父のことを「控えめに言って魔王」と評しているのだ。
日頃は大層可愛がっている実の甥に対してさえそうなのだから、若い頃のヒルダに結婚を申し込んだ者たちの多くが悲惨な末路を辿ったとしても、何ら驚くにはあたらない。彼らは誇りとしていた地位も財産も名誉も失い、今は鬼籍に入っている。
オシアンはヒルダと出会ってから思いが通じ合うまでの三十年間、ヒルダを狙う多くの者たちを社会的に抹殺してきたのだ。
ベッキーに言わせれば、夫や父親という後ろ楯のないヒルダを安く見積もり、合法的にその若さと美しさを搾取しようとした者たちばかりなので、相応しい末路だと思ってはいるが。
ベッキーは、明らかに面白がっている様子で、こう尋ねた。
「さて、それでトーマス筆頭顧問の方だが、彼は生粋の人間ではある。けれどタレイアに何かあれば、オシアン公と同じように相手を社会的に殺す力だけの力は持っているし、実際にタレイアにちょっかいを出す者に容赦はしない。私でさえ、前にタレイアに軽い悪戯をしようとして、怖い思いをしたくらいだ。それでも君は、彼らの秘密を知りたいの?」
リューは、すぐには返事が出来なかった。本音を言えば、怖くないわけがない。彼よりも遥かに実力のある大人たち、しかも人ならぬ者の中でも相当な実力者までもが、タレイアに関わることを避けている。まして最近成人したばかりのリューには、地位も権力も、経験もないというのに。
それでも、知らなければ彼は前に進めないと解っていた。進めなければ、彼にとってそれ以降の人生など、ないに等しい。
リューは、メグの優しい笑顔と、姫御子の悪戯っぽい笑顔を思い浮かべた。
彼は震えながらも、ベッキーの目をしっかりと見据え、無言で頷いた。
「よろしい。それなら、私が持っている情報を教えてあげよう」
ベッキーの言葉にシェーンが声を上げかけたが、彼女は首を振って見せた。
「シェーン。新しく出来た友だちを心配する気持ちは分かる。でも、この子がこれから歩む道は、幾つもの困難が待ち受ける道だよ。ドミニク・トーマスの秘密を握る程度のことなど、大したことではないと思い知るほどにね」
ベッキーは教えてくれた。以前、ベッキーが聞いたタレイアの言葉は、非常にたどたどしいものだった、と。
「しかも細くて高い声だったから、まるで幼児のようだと思った。でも、流石にドミニク・トーマスが幼い者を『妻』と呼ぶとは思えない。それから、ドミニクが旧大陸にタレイアを連れて行くために技術開発部長のミッキーに製作させた容器からは、いつも水音がする。だからタレイアは水中で生きる魔物だと思う。それも、左脚が義足のドミニクが片手で抱えられるような、小さな水槽で生きられるものだ」
リューは首を傾げた。水の中で生きる魔物……ケルピーは邪悪過ぎる。ヴォドニークや河童はケルピーほど邪悪ではないので、人間が手懐けることも可能だが、予知能力はない。水妖や人魚、鮫人は個体によっては予知能力を持つ者もいるらしいが、その身体の大きさは人間と変わらず、たどたどしい話し方などしない。
それに――。
「その豊富な知識と予知能力から、白澤かとも考えたのですが、大聖女様はどうお考えですか?」
ベッキーは、なるほどね、と笑った。
「確かに、近縁種の可能性は高いかもしれない。ねぇ、リュー。君は見たところ、子ども時代は病弱だったに違いないと思うのだけれど、実際はどうだったのかな?」
リューは眉を顰めた。子どもの頃のことは思い出したくなかったからだ。
――せっかく高い金を出してお前を妾として買ったというのに、まさかこれほど虚弱な子しか産めぬとは!
熱に浮かされた耳で、父が母を責め立てる声を聞いた。
――旦那様、どうか、お怒りをお鎮めくださいませ。阿儀が高熱を出して臥しているのです。あの子は身体こそ弱い子ですが、利発な子です。きっと旦那様と柳家のお役に立ちますから。……どうか、ご容赦くださいませ。
母の悲鳴と、調度が乱暴に引き倒され、壊れる音。母が声を殺して泣く気配、聞くに堪えない父からの罵声……。
(――嫌だ、嫌だ、誰か助けて。僕はどうなっても良い。でも、母様は!)
幼いリューの心の叫びに呼応するように、炎の塊が現れて、そして――。
「リュー?」
シェーンから気遣わしげに声を掛けられて、リューは自分が固く手を握りしめていたことに気付いた。
「……大丈夫です、シェーン殿」
それでもシェーンは心配だったようで、リューの隣に来て、優しく背中を擦ってくれた。
「仰る通り、私は病弱な子どもでしたが、それが何か?」
ベッキーが微笑んだ。
「今でも、さほど丈夫ではないはずだよ。私の経験から言わせてもらえば、君のように頭の回転が速くて、透き通るように色白な男子は、大抵身体が弱いものだ。一方、世の中には危険な病が蔓延しているだろう。腸チフス、流行性感冒、肺結核……。けれど今の君は病とは無縁な生活を送っているよね。君ばかりではない。未婚の聖騎士団員の多くは寮で集団生活を送っているのに、ここ四十年ばかりは何故か流行り病とは無縁だ。不思議なことだと思わないか?」
以前は、ベッキーがどれほど衛生や栄養状態に気を配っていても、集団感染が年に数回は起こっていたというのに。
「……なるほど」
白澤は流行り病を防ぐ神獣だ。だから周囲の感染症の少なさに気付いた姫御子は、タレイアの正体を白澤ではないかと考えたのだろう。
しかし白澤は水中で生きる魔物ではない。
それに、幼児ではないのにたどたどしい話し方をするのは何故か……。
「予知能力と病の流行を抑える能力を持つ水棲の魔物で、本来は異国に棲息する種でしょうか?」
というわけで、そろそろ皆様、タレイアの正体には気付かれたかと思います(最初から解っていらした方も多いかもしれませんが)。
次回は、答え合わせと、リューの抱えている事情についてとなります。




