1、最年少守護者には知りたいことがある
タレイアの正体について、リューと一緒に皆様にも考えて頂ければ嬉しいです。
聖騎士団の筆頭顧問ドミニク・トーマス氏が自身の使い魔を「タレイア」と名付け、「妻」として溺愛していることは、聖騎士団本部の団員ならば、誰でも知っている。
しかし、そのタレイアの正体が何という魔物で、どのような姿をしているのかは、誰も知らない。
ある日の夕方。
聖騎士団本部所属の最年少二級守護者、リューこと柳儀はその日、とても気が滅入っていた。
気分転換しようと寄り道したカフェは混んでいて、リューは一組の夫婦と相席することになった。聖騎士団員養成機関・アーケイディア単科大学の実技教官ヒルダ・マクユーアンと、その夫のオシアンだ。
リューと親しいとは言えない二人だが、同じ聖騎士団関係者なので、全くの他人というわけでもない。
オシアンは、リューの年上の友人アーセンの伯父でもある。歳の頃五十代後半ながら、程よく鍛えられた長身に、王侯の気品と大人の色香の漂う美貌、知性を湛えたペリドットの瞳の持ち主だ。リューは聖騎士団長ハワード・キャンベル卿のバチェラーパーティーで初めてオシアンに会ったのだが、そこでオシアンの見事な挙措を目の当たりにし、恋についての助言をもらって以来、彼に憧れている。
ヒルダは、年齢は五十代前半、現役を退いたとはいえ、その戦闘能力は未だ健在。現役の騎士でさえ誰も敵わないと評判の女傑だ。
何人かの候補生は、何とかヒルダに勝てるまではと挑戦し続けたらしい。しかし、座学担当のエズメ・ロイド教授の次の一言が彼らの心をへし折ったのだという。
「現在の彼女は、女神ヘーベを娶った時点のヘラクレスと同等なのですよ。貴方たちは、ご自身が英雄神ヘラクレスに勝てる人間だとお思いですか?」
現役時代のヒルダは重い槌杖を振り回し、一晩の内に九体ものヴァンパイアを殴り倒したこともあったという。それらの逸話にも関わらず、その容姿は勝利の女神ヴィクトリアを想わせるほど凛々しく美しい。しかも実年齢よりずっと若々しい印象の女性で、幼少期のアーセンの初恋相手だったというのも頷ける。
リューはオシアンとヒルダを前に、理想的な夫婦だと改めて感心した。そして、友だち甲斐のないことながら、こう考えた。幼少期のアーセンの夢が伯父からヒルダを奪うことだったと聞いていたが、子どもの頃とはいえ不相応な夢だったな、と。
店主の娘がピアノの生演奏をする店内で、三人は自然と、先週末に行われた聖騎士団長ハワード卿の結婚式について話し始めた。
リューはハワード卿の花婿介添人の一人、ハワード卿の花嫁はヒルダの姪ということもあって、三人は明るく和やかな雰囲気で会話を楽しんでいた。
話題が列席者のことに移った頃、リューは何気なくこう質問した。
ハワード卿の結婚式に出席したドミニク・トーマス筆頭顧問が、わざわざ中身が透けて見えないように加工された容器に使い魔を入れていたのは何故か。長く聖騎士団に身を置いていたヒルダとオシアンならば、彼の使い魔の正体を知っているのではないかと。
「さあ。私は知らないし、彼らとは長い付き合いだけど、それについては絶対に詮索しないことにしてるんだ」
ヒルダはそう言って肩を竦め、オシアンも穏やかな口調でこう答えた。
「タレイアが邪悪な者ではないことは我が保証する。しかし、その正体について教えることは出来ない。三十年前に、決して他言はせぬとトーマス筆頭顧問と約束したのでね」
オシアンは誓いや約束の類を破ることが出来ない。それなら仕方がないな、とリューは了解した。けれども、すぐに次の疑問が湧いて来た。
「それにしても、そうまでして、隠さなければならない理由があるのでしょうか?」
リューが首を傾げると、ヒルダが答えた。
「知ってると思うけど、異類婚そのものは、一般の人間が思っているほど珍しくはない。でもさ、種族の違う二人が共に在るためには、大抵どちらか、或いは両方が何かを代償にすることになるんだ。昔は、ドミニクの奴がよっぽど嫉妬深いんだろうと思ってた。でも今の私は、彼がタレイアを隠すのは、彼らが結ばれるために何らかの代償を払ったせいじゃないかと考えてるよ」
その言葉に、オシアンが沈痛な面持ちを浮かべた。彼の正体は、猫型妖精の王なのだ。
「ここにいるオシアンもそうだ。彼は誇り高い猫型妖精の王なのに、私の側にいるために使い魔になってしまった。人間の食事の用意や身の回りの世話だって、本来なら王たる者のすることじゃないはずなのに」
ヒルダが大真面目にそう言うと、オシアンが苦笑した。
「……それは我が好きでしていることだよ、ヒルダ。君には、いつまでも我の側で健やかにあってほしいのだから」
リューは内心こう思った。目の前の二人が共に在る為に払った代償は、その程度ではないだろうに、と。ヒルダの方も大きな代償を払ったらしいことは、リューの目から見ても分かるのだ。しかし彼は、二人に調子を合わせて微笑むだけに留めた。彼らの払った代償が何であれ、幸福な夫婦であることは間違いなさそうだったから。
とはいえ一方で、「代償」という言葉がリューの心に引っ掛かり続けたのも確かだった。
翌日、借りていた本を返すためにアーケイディア単科大学のエズメ・ロイド教授を訪ねたリューは、率直にドミニク・トーマス筆頭顧問とタレイアについて尋ねてみた。ヒルダと同期の彼女なら、何か知っているのではないかと思って。
しかし、エズメは形の良い眉を顰めただけだった。
「貴方という人は、本当に物好きですね」
彼女は、タレイアが邪悪な存在ではなく、その知識と予知能力が聖騎士団にとって有用でさえあれば、その正体も、姿を見せない理由も詮索する必要はないと考えていた。
「彼らを下手に刺激して取り返しの付かないことになれば、それは聖騎士団にとって大きな損失となります。比類なき力を持つオシアン公でさえ、彼女の代わりを務めることは出来ないのですから。……ところで貴方、夜更かしはほどほどになさいね?」
更に翌日。リューが聖騎士団本部の器楽練習室で箏の練習をしていると、一級守護者のメグこと久我愛子と、聖騎士団本部技術開発部長のミッキーこと三木五助が入って来た。
「……リュー君は、今日もお早いのですね」
メグがリューの顔色を窺うように微笑んだ。
つい先週末までの二人は、守護者の先輩後輩として親しくしていたのだ。それなのに、二人の関係が急にぎこちなくなってしまったのは、数日前のリューの言動のせいだった。
数日前。箏の練習中に、リューの長い髪を纏めていた結い紐が切れてしまった。
リューが鞄の中に入れたはずの予備の紐を探していると、メグが器楽練習室に入ってきた。
「どうなさったのですか、リュー君」
彼女はリューの髪が解けているのに気付き、ポーチからリボンと櫛を取り出した。
「お困りでしょうから、すぐに結い直して差し上げますね」
メグの白く華奢な指が、今にもリューの髪に触れそうになる――。
その刹那、リューは後退り、悲鳴とも懇願とも付かない声をあげた。
「いけません、止めてください!」
彼は酷く混乱していた。
髪結い師でもないのに異性の髪を梳いて結うという行為が何を表すのか、博識なメグが知らないはずはないと思っていたから。
しかし、純粋に育った彼女は、どうやら本当にその意味を知らなかったらしいのだ。
ドミニク・トーマス筆頭顧問は五十代後半くらい、左脚が義足ですが、身長2メートル、がっしりした体格の男性です。ヒルダとエズメの若い頃の上司でした。何故か、柔術と居合の心得があります。
オシアンは、猫型妖精の総数がそれほど多くなくて、国民皆で役割分担をきっちり決めていることもあるのですが、猫型妖精の王としての職務とヒルダの使い魔としての仕事はどちらもきっちりこなします。彼に出来ないことは、火魔法の加減をすること(都市一つ分が火の海になります)と、自分のネクタイを結ぶこと(誰かのネクタイを結んであげることは出来ます)、ヒルダにカリフラワーを食べさせること(ヒルダの目から一切の光が消えたのがトラウマです)の三つです。




