0、妖精と魔物が身近にいる世界で
この世界では、妖精や魔物の棲み処が人間たちの生活圏内、若しくはその近くにある。
猫型妖精だけは人間たちの世界とは異なる箱庭のような小世界に自分たちの王国を築いているが、大抵の妖精や魔物たちは、丘の上、森の中、水辺、廃墟ばかりではなく、都市の路地裏や公園、人間が生活している家の中などにも普通に棲んでいるものだ。
だから雑貨店に行けば、害虫を駆除する殺虫剤の棚の横にゴブリン駆除の薬剤を置いた棚が並んでいるのが普通だし、物事をよく知る老人のいる家庭では、彼らが孫たちに「魔除けの花束」の作り方を教える様子が見られる。
母親が子どもたちに、見知らぬ妖精に自分の名前を教えてはいけないと言い聞かせる声も聞こえる。
台所では、ブラウニーが一家の主婦のために、こっそりと、家事が上手くいく魔法をかけている。
それに、人ならざる者たちの中には人間の姿に変身出来る者もいて、そういう者たちは平然と人間の社会に入り込んでいることがある。
例えば、旧大陸のレグザゴーヌ共和国の、行き交う馬車に自動車の姿も混じり始めた大都市。この都市にある老舗のショコラトリーで「愛する妻の喜ぶ顔が見たくてね」とボンボンショコラを買っていく、上品なスーツを着こなした長身の紳士の正体は猫型妖精の王で、おとぎ話の『長靴をはいた猫』本人かもしれない。
旧大陸に帝都を置く連合帝国を宗主国とする、新大陸の新興国家、北部連邦。その北部連邦の大きな町のどこかで開かれた針仕事の会で、蓄音機の音楽に耳を傾けながら他の婦人たちとパッチワークキルトを作っている十二歳ほどの美しい少女が、実は『いばら姫』に登場する十三番目の賢女だということも大いにあり得る。そして、その少女を迎えに来た美青年は少女の兄ではなく、十三番目の賢女の使い魔の不死鳥が人間に姿を変えているのだ、ということも。
そういう世界だから、人と人ならぬ者が恋に落ちて結ばれることも、頻繁ではないにしろ珍しいことではない。魔力持ちの人間の百人に一人は、人ならぬ者の血を引いているという説もある。
しかしこの世界そのものは決して夢にあふれたおとぎ話の国などではない。恨みを呑んで命を落とした人間が悪霊に変わって人々に仇なすこともあれば、邪悪な魔物が人間を餌食にしようと襲って来ることもある。不心得を起こした妖精が度を越した悪戯をすることさえある。
そういった悪霊や邪悪な魔物から人々を護り、妖精とのトラブルを解決するために活動しているのが、北部連邦に本部を置く、聖騎士団だ。
戦闘に赴く聖騎士団員は、武器を手に魔物や悪霊と戦う「騎士」と、「騎士」を援護する「守護者」の、二つの職種に分けることが出来る。
守護者の職務は多岐に渡る。
戦闘前に、戦闘に参加する団員たちが悪霊に取り憑かれることのないよう、悪霊除けの効果のある食事を全員分用意すること。一見普通のライフルに見える「魔弾銃」の弾や、魔物の呪詛や魅了から身を守る「護り指輪」といった魔道具に祈りと魔力を込めること。
戦闘中の拠点を守る魔法障壁を展開すること。呪詛や魅了を受けて戦闘続行に支障をきたした者への処置。負傷者の治療。
戦闘後も残る悪霊の怨念や魔物の呪詛を浄化し、犠牲者の霊を行くべき所へと送ること。
聖騎士団の騎士になるには高い身体能力があれば良いが、守護者になるには破魔と浄化の力がなければならず、しかも先程述べたように、戦闘前から戦闘後まで、多くの職務をこなさねばならない。
故に、聖騎士団では守護者は大切にされている。守護者は武器を手に戦うことはほとんどないが、戦闘の要なのだ。八十年前、魔女討伐のために旧大陸西端の連合帝国に派遣された隊が、守護者を殺害された結果、全滅したこともあるのだから。
守護者たちの多くは女性なので、かつては「聖女」という呼称も用いられていた。だが、現在では男性も何人かいるので、「守護者」と呼ぶよう、聖騎士団の規約で正式に取り決められている。
女性の守護者は三十歳で引退することが推奨されているが、男性の守護者には明確な引退時期はない。
* *
現在、男性の守護者は聖騎士団全体で三名。そのうち、聖騎士団本部に所属するイー・リューこと柳儀は華夏共和国の出身で、聖騎士団員の中でも最年少の十八歳だ。
美少女と見紛う、繊細に整った顔立ちと、華奢で小柄な体格。しかし、性格は努力家で負けず嫌い。
彼の破魔の力は、つい先月まで最年長守護者として在籍していたヴィーナス・モリー・キャンベル夫人には全く及ばないが、生まれ付き持っている火の魔力を織り交ぜて、独自の魔法障壁を作り出したり、箏の演奏によって破魔の力の効果を高めることで、騎士が受けた呪詛や魅了を打ち消したりと、工夫を凝らしている。
その浄化スタイルは、真剣を手に舞いながら歌う「竜殺しの舞い」。剣の扱いに慣れている上に、使い魔が火焔狐という攻撃に特化した魔物ということもあり、守護者としては珍しく、戦闘も出来る。
当然、女性たちから好意を寄せられることも多い。だが、彼の恋は決して思い通りにいかない上、前途多難なのだ。
彼の想い人は、同い年ながら既に一級守護者として活動している、メグこと久我愛子。極東の皇国から北部連邦に亡命してきた侯爵令嬢だ。
彼女は優しく可憐で、気品があって美しい。
ついこの前まで、リューはただ、メグに自分の想いを知ってほしい、好かれたいと無邪気に思っていた。
しかし先週末に、とある人物から「恋を叶えたいのならば、まずは自分を冷静に見つめ直すように」と助言され、それに素直に従った結果、愕然とした。
メグが彼のことを全く恋愛対象として意識していないらしいことにも気付いたが、彼女に手を伸ばすには、彼自身、色々なものが欠けていることが問題だ、と気付いてしまったから。
そういうわけで、この話は、主人公が途方に暮れている状態から始まる。
ちなみに、この世界の『長靴をはいた猫』は、主人を連合帝国の初代皇帝に押し上げた功績で連合帝国の公爵位を持っています。
『いばら姫』の城の周りの凶暴なイバラは、「あまりに腹が立ったから百年の眠りの魔法をかけてしまったけれど、流石に城の皆が眠っている間に悪い奴が入って来たら可哀想だよね」という、十三番目の賢女の優しさです。




