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大好きな第一王子様、私の正体を知りたいですか? 本当に知りたいんですか?

第1話


「偽聖女アレクサンドラ! 貴様みたいな女との婚約は破棄する!」


 王宮での舞踏会の宵、第一王子クライドが言い放った。

 それを言われたアレクサンドラは顔を真っ青にしてお腹を押さえた。

 彼女のお腹には赤ん坊が宿っている――しかしクライドはそれを嘘とみなした。


「ふん、最低な女だな、アレクサンドラ」

「なぜそんなことを申します……? お腹にはあなたの子が……!」

「馬鹿な! そういうところが最低だというのだ! 俺はお前と寝ておらん!」


 そう告げると、アレクサンドラはその場に崩れ落ちた。

 クライドはそんな彼女を一瞥すると、貴族達に向かって叫んだ。


「諸君、聞き給え! この偽聖女は寝所を共にしてもいないのに、俺の子を孕んだと言っている! そんな理由で俺を引き留めるとは何と卑怯な女だろう! よってここでアレクサンドラとの婚約は破棄し、俺はカサンドラと婚約する!」


 カサンドラ――それはアレクサンドラの妹である。漆黒の髪と瞳をした生真面目なアレクサンドラとは対照的に、紅色の髪と瞳をした無邪気な性格の少女である。クライドは自分がいなければ生きていけないカサンドラに夢中だった。病弱なあまり外へ出られないところもいい。きっと浮気もすることもないだろう。


「そ、そんな……それで、カサンドラはどこなんです……!?」

「俺のカサンドラに危害を加える気じゃないだろうな!? あの子は別室で休んでいるが、お前はそこへ行くことは許されん! さらに聖堂へ戻ることも許さない!」

「なぜです……!? 私は聖女ですよ……!?」

「さっき俺が偽聖女といっただろう!? お前は妹のカサンドラから力を貰い、奇跡を起こしていたのだろう!? 全て妹から聞いたぞ!」

「あ、ああ……! そんな……!」


 アレクサンドラは頭を振り、訳の分からないことを叫んで広間から去った。クライドはあえて追い駆けなかった。力のない女のことだ、何もできまい。このまま舞踏会が終わるまで放っておいてもいいだろう。


 そんな様子を国王と王妃が悲しそうな目で見詰めていたことを、彼は知らない。

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第2話


 クライドはすぐに兵士を見張りに立たせた別室へ向かった。

 扉をノックすると、愛らしい声が響いてきた。


「はぁい、王子様ぁ?」

「ああ、そうだ! お前のクライドだ!」


 そして扉を開けると、二人は抱き合って頬をすり寄せた。

 アレクサンドラに婚約破棄を告げたことを言うと、カサンドラは笑った。


「やったぁ! ざまぁみろだわ! お姉様ったら凄く怖かったんだから!」

「怖い目に遭わせて済まなかったな、カサンドラ」

「ううん、いいの! 王子様はとても親切で、有能だわ!」

「ありがとう、そう言ってくれるのはお前だけだよ」


 それは事実だった。どんな時も第二王子の方が優秀で、第一王子である彼は期待されていなかった。もしかしたら第二王子が王位を継ぐかもしれないが、カサンドラさえ傍にいればそれでいい。クライドは幸せの絶頂にいた。


「私は病弱で、聖女として半人前だってずっとお姉様に罵られていたの。だけど本当は私の方が優秀だったのよ。だからお姉様は私を脅して、力を奪っていたの」

「何度聞いても酷い姉だ……! 俺の可愛いカサンドラを利用するなんて……!」

「それでね、私の聖女の力が言っているの。お姉様は死んでしまったって」

「何だって……!?」


 その後、アレクサンドラは失踪してしまった。兵を出して、国中を探させたが見付からない。まさか、婚約破棄した所為で自害したのでは――クライドは不安に駆られる。しかしアレクサンドラが消えたまま一ヶ月が過ぎた。


 クライドは自分本位なカサンドラに辟易していた。

 最初は可愛いと思ったが、姉がいない彼女はただの我が儘娘である。

 アレクサンドラがいた頃のカサンドラは大人しかった。

 姉がいてくれれば――彼は婚約破棄を悔やんだ。


「ねぇ! ねえぇ! 新しいドレス作ってよぉ!」

「駄目だ、カサンドラ! 昨日だってドレスを注文したろう!」

「だって私は王妃様になるのよ! 贅沢したっていいじゃない!」

「お前は王妃になれない……! 俺は王位継承権を……――」

「何でよ!? なんで王様になってくれないの!?」

「やめてくれ、カサンドラ!」


 こんな女とはやっていけない。

 クライドは焦燥していた。

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第3話


 そんな時、ある少女が二人目の聖女に選ばれたという知らせが入った。聖女の世話役をしている第一王子クライドはすぐにその少女レイラと会った。彼女は真っ青な髪と瞳をした冷たい印象の女性だ。ああ、彼女のように男を頼らなさそうな女はいいな……こんな女と恋愛がしたい……と疲れ切ったクライドは思った。


「おいたわしや、クライド様」


 レイラは治癒魔法を使い、クライドの精神疲労を癒す。

 そして彼女の妖艶な唇が美しい弧を描いた。


「私があなたを癒して差し上げます。だって私はあなた様が気になりますわ」

「ほ、本当か……? レイラ……?」

「ええ、本当です」


 そのまま二人は抱き合って甘く情熱的なキスをした。

 疲れが吹っ飛んだクライドは決意した――カサンドラと別れようと。







「どうして!? どうして私と別れるの!? 婚約者でしょう!?」

「我が儘なお前とはもうやっていけない! そもそも婚約もまだしていないし、俺達は別れさえすれば、もう他人同然だ!」

「嘘よ、嘘! 絶対に別れたりしない……だって私は……」

「何だ!? 何が言いたい!?」


 するとカサンドラはスカートを捲り、お腹を見せた。


「服の上からは分からないけど、ほら! お腹が膨らんでいる! 私はあなたの子供を身籠ったのよぉ!」

「な、何だって……!?」


 たしかにカサンドラのお腹は膨らんでいる気がする。

 しかし太っただけだと言われればそんな気もする程度の膨らみだ。

 クライドは悩んだ挙句、また妊娠を否定した。


「お前も卑怯だな……! アレクサンドラみたいなことを言いやがって……!」

「お姉様なんかと一緒にしないで! 私達は寝ていたでしょう!?」

「でも避妊はしていた……! お前の言葉は嘘っぱちだ……!」

「酷い! 酷いわ!」


 そして泣き出したカサンドラを置いて、クライドは部屋を出ようとした。

 その時、背中に彼女が寄り添い、こんなことを言い出したのだ。


「私……あなたに隠していたことがあるの……! 実は私の正体は……――」


 クライドはカサンドラを突き飛ばすと、部屋から出た。

 扉の奥から呪詛のような啜り泣きが聞こえてきた。

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第4話


「え? カサンドラ様と別れてきた?」

「ああ、今は君だけだ。君だけを愛している」


 クライドがそう言うと、レイラは困ったように微笑んだ。


「それはとても嬉しいのですが……このままだとカサンドラ様との関係が上手くいかなくなりますね……。もしかしたらいじめられるかも……」

「大丈夫だ、君は王宮へ来てくれ。聖堂はカサンドラに任せよう」

「そうですか……。私のことを考えてくれたのですね……」

「ああ、愛しいレイラのためなら、何だってする」


 そして二人は甘ったるいキスを重ねる。

 レイラは身持ちが固い女で、なかなか体を許してくれない。

 だからこそクライドは激しくキスをして、その情熱をぶつけていた。


「あなたって聖女なら誰でもいいのですか? 私が聖女だから好きなの?」


 愛するレイラにそう言われると、クライドは悲しくなる。

 自分はいつだって心からの恋愛をしている。


「いいや、レイラ。君だから好きなんだよ」

「悪い人……。でもそんなところが……――」


 そのまま二人は飽きもせずにキスを続けていた。






 

 レイラが城に来てしばらく経った頃――

 巡回の兵士によってカサンドラの失踪が知らされた。

 彼女は金目のものを持って逃げたらしく、聖堂は荒されていた。


「ふざけるなよッ! あいつはやはりアレクサンドラと同じだ! しかも価値あるものを持って逃げるとは……聖女の風上にも置けない!」

「落ち着いて、クライド様。兎に角、捜索隊を出しましょう」


 すぐにカサンドラの捜索が行われたが、彼女は見付からない。

 懸賞金をかけると、王都の住人がアレクサンドラとカサンドラが国境沿いにいるところを見たと申し出たが、その場所を探しても二人の姿はなかった。


「そう言えばあいつ、最後に自分の正体がどうとか言っていたな」


 突然思い出したようにクライドが言った。


「正体ですって?」

「ああ、俺にずっと隠していたと言っていた。聞いておけば良かった」

「ふうん、私はカサンドラ様の秘密を知っていますよ?」

「何だって!? それは何だ!?」


 クライドがレイラに詰め寄ると、彼女は真剣な顔をした。

 それはかなり思い詰めた表情だったので、彼は狼狽える。


「ねえ? 知りたいんですか? カサンドラ様の正体を……本当に?」


 その念を入れた問いに、クライドは頷いた。


「あ、ああ……知りたい……。教えてくれ……」

「分かりました。それなら今晩、私の部屋に来て下さい。そこであなたが私と寝てくれたら、全て教えてあげます」


 そう言ってレイラは自分の部屋に帰っていった。

 ようやくだ――ようやく、あのレイラと枕を共にできる。

 クライドは予想外の展開に喜びを隠すことができなかった。


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第5話


 クライドは深夜、レイラの部屋へ出向いていった。

 薄暗い部屋の中、彼女は着飾った姿で出迎えた。

 それはあまりに美しく――クライドはごくりと喉を鳴らした。


「レイラ……今日こそ思いを遂げさせてくれるのか……」

「ええ、クライド様……。お待ちしておりました……」


 そして二人はベッドへ倒れ込んだ。

 貪るようにキスをして、体を重ね合わせる。

 お互いの体をまさぐり合い、吐息を漏らした時、彼女が言った。


「クライド様……。カサンドラ様の正体を知りたいでしょう……?」

「いいんだ、レイラ……。あんなやつのこと、忘れたいんだ……」

「でもカサンドラ様とは深い仲だったのでしょう……?」

「もういい……過ぎたことだ……」

「それに、アレクサンドラ様とも恋仲だったと聞きましたが……」


 前の女の話しをされたクライドは微かな怒りを覚えた。


「ああ! 俺はアレクサンドラも、カサンドラも、かつては愛していた! しかし今は君だけだ! それのどこがいけない!」

「きっと私のことも嫌いになりますわ……」

「なる訳ないだろう! もっと自信を持て!」

「――ジシン? ジシンヲモテ?」


 その途端、クライドの目の前がぐにゃりと歪み、眩暈がした。

 ぐるぐると回る世界で、彼はレイラを探して彷徨う。

 すると甘えたような女の声が聞こえてきた。


「ねぇ……大好きな第一王子様ぁ……? 本当に自信を持っていいのぉ……?」

「レ、レイラ……! どこにいるんだ……! どこ……――」


 やがてクライドはひとりの女を見付けた。

 彼はそれをレイラだと思い、服を脱がしにかかる。

 現れた裸体の腹部はわずかに膨らんだ妊婦のものだった――


「私はクライド様の子供を孕んでいます」


 レイラの声がして、クライドが我に返った。気が付くと彼はさっきと同じようにレイラと共にベッドの上に座っている。しかし彼女は膨らんだ下腹部をゆっくりと撫でていた。愛おしそうに腹を撫でる仕草に彼は反吐が出る思いだった。


「ふざけるな! お前はどの男と……――」


 その瞬間、レイラがアレクサンドラになった。


「これはあなたの子です。私は嘘なんて吐いていません」


 次の瞬間、アレクサンドラがカサンドラになった。


「これはあなたの子よぉ! 私としたでしょう?」


 点滅するかのようにアレクサンドラ、カサンドラ、レイラが次々入れ替わる。やがてその光景に耐えられなくなったクライドは汚物を吐きながら失神する。しかし目の前の女達はそれを許さない――聖魔法で彼を回復させる。


 そしてすぐさま妖しい世界に引き込み、彼の精神をいつまでもいたぶっていた。

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第6話


 城の一室で、国王は王妃と共に震えていた。


「すまない……すまない、クライド……」

「ああ……! 許して……私の可愛い息子……!」


 泣き出した王妃を国王は抱き締める。

 そんな二人の前には第二王子の姿があった。

 彼は厳しい表情のまま国王に聖女の正体を尋ねた。


「あれは……あの女は一体何なのですか……?」

「あの聖女は最早化物だ……。我が国の聖女は何度も生まれ変わるうちにいつしか壊れてしまった……。聖女は第一王子と結婚するという運命を背負っているが、それは聖女にとってかなりの負担なのだ……。聖女としての務めを果たし、さらに王妃としても完璧に生きる……。それは精神を引き裂かれるほどの重圧だったのだ……」


 その言葉に王妃は虚ろな目をした。

 きっと聖女の苦痛を想像しているのだろう。

 そんな王妃の背を撫でつつ、国王はゆっくりと語った。


「しかも歴代の第一王子は誰しも浮気者の人でなしであった……。聖女を精神的に追い詰めながら聖女として、王妃として、妻として、女として完璧であれと無理を強いる……。そんな中で聖女は徐々に狂っていったとされる……」


 国王は震えながら、言葉を紡いでいく。


「聖女は同じ魂で転生するというが、そんな彼女はいつしか心を病んだ状態で見つかるようになった……。魂に狂気が刻まれるほど、聖女と言う役割は厳しかったのだ……。やがて狂った聖女は第一王子という生贄を欲した……。聖女は第一王子の目の前に複数の女として現れ、相手を弄ぶのだ……」

「複数の女……? 聖女は姿を自由に変えられるのですか……?」

「ああ、聖魔法を使えば容易いことだ……。あいつはアレクサンドラであり、カサンドラであり、レイラなのだ……」

「何と……本来の聖女は誰なんです……?」

「それは分からん……。誰も聖女の真の姿は知らないのだ……」


 そして国王は震えながら、第二王子を見た。


「兄と比べ、お前は幸せだ……。もし一番目に生まれていたら、あの狂った聖女の餌食になっていたのだぞ……? 生涯死ぬことも許されぬ苦痛を受けるのだ……」

「そんなのは……そんなのは絶対に御免です……」


 国王、王妃、第二王子は沈黙した。

 その時、クライドの部屋から凄まじい悲鳴が聞こえた。

 しかしその三人が肉親を助けに行くことはなかったのだった――


―END―

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