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09 告白をしました


「鈍感はどっちよバカ! たしかに私は鈍感よ、アーサーのことが好きだって気づいたころにはもう遅かったぐらいにはバカで鈍感よ。ここで会って、また近くにいられると思ったら、好きな子がいるとかなによそれ、わざわざそれを私に言うとか、残酷でしょ。女の気持ちをすこしは察しなさいよバカアーサー、鈍感男!」

「待て、いや、ちょ、待てって。え、ちょっと情報が多すぎるんだが」

「多くない。重要なのはひとつだけ。私がアーサーのことが好きっていうことだけ。言われなくてもわかってる、私はバカよ、バカなのよ」


 そこまで言い切って、唐突にフランカは気づいた。爆発したことで澱んだ空気が晴れ、なんだかすっきりしたような心地になったというべきか。

 いろいろ考えたけれど、そうなのだ。


 アーサーが好き。


 昔も今も、フランカの気持ちはひとつきり。

 出戻って未婚となった今、この想いは誰に咎められることもない。

 いまさらと笑われたり、バツイツのくせにと嘲笑されたりするかもしれないけれど、フランカの気持ちはひとつなのだ。


「そっか、そうよね。ごめんねアーサー、怒鳴ったりして。私の気持ちは私のもの。勝手にするから気にしないでいいわ。アーサーの気持ちが実ったときに素直にお祝いはできないかもしれないから、そこだけは謝っておくわね。じゃあ、私は戻るわ。リュクレーヌ様も部屋にお戻りになったと思うし」


 見守りは終了だ。

 邸に向かって踏み出した足はたたらを踏んだ。

 右腕を取られ、うしろへ倒れそうになり、フランカはその犯人であるアーサーを振り返った。


「ちょっと危ないでしょ」

「おまえ本当にいいかげんにしろよ、どんだけ俺を振り回せば気が済むんだ。すこしは落ち着いて俺の話を聞けっつーの」

「嫌よ、聞きたくないわ」


 面と向かって振られるのは勘弁してほしい。

 はっきりと言葉にされるのは怖いから、やんわりと、人伝に振られたいと思う。二回も同じひとに失恋したくない。


「なんつー自分勝手な」

「いいこと? 恋なんて自分勝手で我儘なものなのよ、それでいいのよ」

「その理論だと、俺も自分勝手にしてもいいってことだよな、よしわかった、反論は聞かないからな」

「ずるい!」

「反論は聞かないって言っただろ。俺だって言いたいことたくさんあるぞ、自己完結して勝手に終わらせるな」

「たくさんはいらないから、ひとつにまとめなさいよ」


 フランカがしぶしぶ言うと、アーサーも鷹揚に頷いた。


「そうだな。重要なことはひとつだけだ」


 ひとつ大きく息を吐き、はっきりと明瞭な声で告げた。


「俺はフランカが好きだ。ずっと、昔から、フランカのことだけが好きだ。フランカを護るために騎士を目指した。ジーン男爵家じゃなくて、フランカ個人に仕えるために、王宮付きの騎士という立場が欲しかった。まったくなにが失恋だ。それはこっちの台詞だっつーの。俺なんか相手が結婚して人妻になったんだぞ、この世の終わりだろ」


 アーサーがまくしたてる言葉が耳に届き、フランカは混乱する。

 今、彼はなんと言った?

 誰が、誰を好きだって?


「待って、ちょっと、待って。情報が多すぎるんだけど」

「多くないだろ」


 なんだかついさっき同じようなやり取りをした気がしつつ、フランカは混乱のままアーサーに言う。


「うそだあ」

「嘘じゃねえよ、好きだ」

「だって」

「好きだ」

「でも」

「他にどう言えば信じるんだよ」


 アーサーを信じていないわけではなく、その内容が信じがたいだけであって、言い方の問題ではないのだ。

 たぶん、どうあっても信じられない。

 信じたくないのかもしれないとフランカは思う。


「じゃあ、俺がおまえが言ったことを信じないって言ったら、それでもいいのか?」

「それは嫌。私がアーサーを好きでいることを嘘にしないで」

「俺だって同じ気持ちだって、どうして思わないんだよ」

「同じ……?」


 フランカが今、憤っている気持ち。

 自分の恋心を信じてもらえないとしたら、それはかなり腹立たしい。

 アーサーも同じだというのか。


 フランカがもどかしく感じているように、アーサーも通じない心がもどかしい。

 フランカがアーサーを好きなように、アーサーもフランカのことが好き。

 同じ気持ち。


 ぶわりと顔が赤くなった。

 心臓がありえないほどに高鳴って、体温が上がっていく。


 好き?

 え、好きって、なんだっけ?



「やっぱり嘘みたいだわ」

「あのなあ」

「だって私、恋愛結婚なんて物語の中にしか存在しないものだと思って生きてきたんだもの」


 フランカだけではなく、おそらく世の女性の大半はそうだろう。親が決めた相手に嫁ぐし、夫となる男性には自分以外にも妻がいるのが当たり前。

 一途な恋愛劇が好まれるのは、それが決して現実にはならないと知っているから。

 物語の中でぐらい、夢を見たいと思っているからだ。


「それは貴族令嬢の話じゃないのか? 平民はそこまでガチガチに縛られてないぞ。そもそも複数の妻を娶ることが許容されているのは、経済力のある高位貴族だけであって、養う財力もないくせに手を出す男は、むしろ嘲笑の対象だ」


 男の風上にも置けない、ただの女ったらし。甲斐性なし。

 それが平民の評価だとアーサーは言う。


「俺はフランカしか欲しくないし、フランカ以外の女はいらない」

「ちょっと待ってよ、さっきからどうしたのよ、私の心臓がもたないんですけど」

「真正面から特攻かけないと、おまえは挑まれていることにすら気づかないからだろうが」

「さすがに目の前で剣を持たれたら、勝負を申し込まれてるってわかるわよ」


 貴族令嬢の生活に浸かっていたとはいえ、フランカは地方に領地を持つ男爵家の娘。男兄弟に囲まれて暮らしていたこともあり、荒事は日常茶飯事とはまでいかないにしても、身近な危険として認識している。王都のお嬢様よりは慣れていると自負しているのだ。


「誰が決闘を申し込んどるか、俺はおまえを口説いてるんだよ。申し込んでいるのは決闘じゃなくて結婚だ!」

「けっ、こん?」


 フランカは息を呑んだ。

 好きの先にあるのは、たしかに婚姻だが、だからといって一足飛びにそこへ辿り着くのは、あまりにも早計すぎやしないだろうか。


「早すぎない? 普通、こういうのって、お互いのことをもっと知ってから」

「いまさらなにを知るって?」

「――か、家族に紹介、とか」

「互いの両親は、俺たちが生まる前からの付き合いだな」


 ぐうの音もでない正論。

 しかしフランカは足掻く。


「――だからこそ、こう、いきなり結婚とか、驚かれるんじゃないかと思うけど」

「俺がフランカを好きなことなんて、おまえ以外の全員が知っているんだが」

「はあ!?」

「おまえが離縁して戻ってきたこと、嬉々として連絡してきたのはおまえの兄上たちだぞ。こっちはなんとかしてやるから、おまえは本人を崩せってな」

「兄さま、なんてことを」


 社交シーズンが終わったあとも領地へは戻らず、王都へ残って職を探す。

 自分の将来を考えると告げたとき、素直に応援してくれたと思っていたが、じつは裏でそんなことを考えていたとは思わなかった。


「信じられない、なにそれ」

「ちなみに俺がこうして庭でマルセロ様を見守る係に任命されたのは、フランカがお嬢様を見守るために庭にいることを知っている先輩の厚意だからな」

「それはつまり?」

「俺がおまえを好きなことは、先輩はおろか、同僚の騎士にもぜんぶ筒抜けだってことだよ!」


 アーサーは大きな声でそう言った。


「……なんか自棄になってない?」

「周囲の連中にはバレバレなのに、肝心の本人にはまったく気づかれない。言葉にしても、そうやって逃げられてりゃ、自棄にもなるってもんだ」

「逃げてるわけじゃないもの……」

「おまえさ、離縁して出戻ってきたこと、そんなに引きずってるのかよ」

「アーサーは嫌じゃないの?」


 他の男に嫁ぎ、相手に喧嘩を売るような形での離縁。

 貴族の世界でなくとも、男に啖呵を切る勝気な女性を妻に求めるひとは少ないだろう。

 妻は陰となって夫を支える存在であるべし。

 平民であっても変わらぬ考えだ。

 するとアーサーは呆れたように言った。


「なにを求めるのか、ひとそれぞれだろ。俺が好きなのは、そういう気風の良さと面倒見がいいフランカ・ジーンっていう女の子なんだから」

「出世から遠のいちゃうかもしれないわよ。出戻りの貴族令嬢に求婚するなんて、もっといい女性がいるのにって」

「俺が地位を求めたのは、フランカにつり合う立場になりたかっただけだ。そのフランカが手に入るのなら、出世なんてもう必要ないだろ」


 アーサーは笑った。

 穏やかに、柔らかく、愛おしいものを見るような瞳でフランカを見て。


「……アーサーってバカね」

「バカって言う奴がバカなんだぞ」

「知ってる。私もバカだから」


 私たちは両方ともバカねと小さく笑ったフランカを抱き寄せて、アーサーはもう何度目かになる言葉を囁き、フランカもまた観念したように囁きを返した。


 大好きよ。



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