07 仲直りをしました
秘密基地は、秘密であって秘密ではない。
相応しい場所というのは、同じ用途で過去に使用された実績があるもの。実家においてフランカが作った秘密基地は、一番下の弟が活用していた。
無論、知らないふりを貫いたけれど、拗ねて隠れてしまった弟を迎えに行くのは、件の秘密基地の前使用者だったフランカだった。
ねえさま、どうしてここがわかったの?
私に隠し事をしようなんて十年早いのよ!
なんて会話をしたものである。
そんなわけで、リュクレーヌの秘密基地を探すにあたり、助言を求めたのは庭師のおじい様だ。
たぶん、きっと、歴代の男児たちが似たようなことをしているはずなので、それを知っているのは庭の長老と崇められている彼に他ならない。
利用者がリュクレーヌということもあり、さほど奥深くはなく、危険なものが周囲にないことが条件。
はたして翁は最善の場所を見繕ってくれた。
偶然を装ってその場所をリュクレーヌと見つけたときには、不自然に見えない程度に整えられたあとで、さすがベテランの仕事である。
藁を敷いたあとで、使わなくなった敷物を物置小屋から持ってくる。
座る場所に合致した大きさになるよう折り畳む仕事は、リュクレーヌに任せてみた。何度も修正を繰り返しながらも完成させたときは、どこか誇らしげな笑み。
「せんせい、これはさんじゅつのおべんきょうみたいね」
「そのとおりです。算術であり、職人仕事でもありますね。たとえばドレスを作るとき、お針子さんがサイズを計測するのは、お嬢様にぴったりと合う大きさにするためです」
「ドレスをつくるひとって、ほんとうにすごいのね」
「さて、ここはお嬢様の秘密の部屋なので、私は呼ばれないかぎりは立ち入りません。絵本を持ち込んで読んでもいいですし、お昼寝をしたってかまいません。ですが、暗くなる前にはきちんと庭に出て、部屋へ戻ることを約束してください。誘拐されたと騒ぎになっては困りますから」
「わかったわ。おとうさまにもないしょにしていいの?」
「教えてもいいですし、内緒にしてもいいです。秘密を明かす相手はお嬢様が決めてよいのですよ」
「……わたしがかんじたことをしんじる、というやつね」
それからのリュクレーヌは、ときどき姿をくらませるが、さほど時間をおかずに庭先へ現れるようになった。
秘密とはいったが、庭師たちは知っているし、リュクレーヌの母親にはお詫びとともに伝えてある。おそらくブルーメ子爵もご存じだろう。
大人たちは知っていて、敢えて黙ってくれている。
女の子らしくないと咎めることもなく、見守ってくれていることに感謝だ。
今日も姿の見えないリュクレーヌ。また秘密基地かしらと庭へ向かったフランカは、基地へ続く入口付近に立っている人物に気づいて止まった。そっと踵を返そうとしたが、声をかけられる。
「逃げるなよ」
「……逃げてないけど」
「じゃあ無視するなよ」
「してないわよ」
背中を向けたままのフランカに近づき、前へ回ったのはアーサーだった。
観念して顔を上げる。口調のわりに顔つきに怒ったところはなく、フランカは安堵した。
「逃げたわけじゃないわよ、近寄らないようにしようと思っただけで」
「それ逃げてるって言わねえか?」
「違うわよ。逃げるという行動は恐怖や嫌悪の感情からくるけど、近寄らないのは配慮だもの」
「配慮?」
「いろいろと噂されてるでしょ?」
「あー、まあな」
頭を掻いて視線を横へ向けたアーサーに、フランカは溜息を落とした。
「離れていた二人が、偶然にも同じ職場で再会するなんて、ものすごくロマンスじみているから、騒ぎたくなる気持ちはわからなくはないのよね。私だって、他人のことなら野次馬になるもの」
「おまえ、意外とそういうの好きだよな」
「意外は余計」
たしかに恋する乙女には程遠い性格と自覚しているけれど、それとこれとは話が別なのだ。
「そういう意味で言ったわけじゃねえよ。色恋に興味ないように振る舞っておいて、じつはそうでもないってこと」
「興味ないと言ったことはないけど、そう思われてるかもしれないわね」
学院に通っていたころ、王都にタウンハウスを構える貴族家は、子どものころから婚約者が定まっていることが珍しくなかった。フランカの友人もそうだ。
公爵令嬢である彼女は相手の家に尽くすべく、社交界デビューの前からあちこちに顔を出し、さりとて学業をおろそかにすることもなく、立派な成績で学院を卒業した才媛である。
控えめな美人、これぞ淑女といった彼女は、卒業後に王宮から乞われて文官職に就いた。さもありなんといったかんじで、フランカを含めた友人一同でお祝いをしたものだ。
まだ在学中だった婚約者の卒業を待っていよいよ――といったところだったが、婚約を一方的に破棄されたうえ、相手の男は彼女の妹を選ぶという、前代未聞のことをやってのけたらしい。噂を聞いて驚いたなんてものじゃなかった。
当の友人は納得のうえ合意しているようだが、フランカはまだ許していない。相手の男は将来ハゲればいいと思っている。
まあ、相手の男というは、我が国の王太子殿下なので、これは大変に不敬な考えだが、心の中で思っているだけなので問題なし、だ。
婚約者がいるのが当たり前な環境の学院で、しがない貧乏男爵令嬢のフランカには伝手もなく。すでに決まった相手がいる男子生徒と懇意になるつもりもないし、出会いを求めておこなわれている、学院内の男女交流会にも参加しなかった。
そこらへんの男よりも男らしいと教師に評されたフランカが、恋愛に興味なしと判断されても当然というものだろう。
「いっそ、相手を募集中です! って喧伝しておけば、四十のおっさん伯爵に嫁ぐこともなかったのかもしれないわねえ」
「在学中に学院内でそれをされなくてよかったと、俺は心の底から思ってるぞ」
「どうしてよ。同世代の方なら、少なくともお互いに初婚で、離縁騒動にならなかったと思うけど」
離縁していなかったらフランカが家庭教師になることもなかったし、そうするとアーサーとも再会しなかった。
会えて嬉しい気持ちはあるけれど、あきらめたはずの初恋を突きつけられるのは、如何ともしがたいところである。
「――わかったよ、いろいろと通じてないことがよくわかった、うん、おまえってそういう奴だよな。俺が悪かった」
「アーサーだけが悪いわけじゃないわ。私もごめんなさい」
「それ、なにに対して謝ってるんだ?」
「このまえバカって言ったこと」
正確には、売り言葉に買い言葉で、バカの応酬をしたことなので、これはお互いさま。両成敗といこうじゃないか。
フランカがそう言うと、アーサーは「だろうと思ったよ」と呆れたように言いながらも、顔は笑っている。
「じゃあ仲直りな」
差し出された手を握り、フランカは驚いた。
剣ダコとおぼしきデコボコとした手のひら。皮が厚いのか筋肉質なのか、がっちりとした感触があり、フランカの手を丸ごと包みこんでしまうぐらいに大きい。
最後にアーサーの手を握ったのはいつだっただろう。
もっと小さいころは、手をつないであちこち出歩いたものだが、いつしかそれもなくなり、手をつなぐ相手は幼い弟たちに限定。
その弟たちも思春期を迎えたせいか、気軽に触れさせてはくれなくなった。
出戻ったバツイチの姉に対しても「女性に気軽に触れるのはよくない」なんて一人前のことを言って丁重に接してくれたのは、なかなか感慨深かったと思う。
「おまえ、ちゃんと食ってるのか? 指が細すぎだろ。なんか折りそうで怖いんだけど」
「怖いのはこっちよ。アーサーこそ、本当にそれを実行できそうな手よね。ずっと剣を握っていると、こんなふうになるものなのね」
「そうかな。自分じゃよくわかんねーよ」
言いながらもアーサーはフランカの手を離さない。
まさか本当に指を折るつもりだとは思わないけれど、力を込めるでもなく、ただずっと軽く握られているのは居心地が悪い。いや、これはむしろ恥ずかしい。
「ねえ、いつまで握ってるつもりなのよ」
「おまえが嫌ならやめるけど」
「嫌ってわけじゃないけど」
「じゃあ、いいだろ。ついでに散歩しようぜ」
どうせリュクレーヌが出てくるのを庭で待つつもりだったのだ。時間潰しに歩くのも悪くない気がして頷き、フランカはアーサーと並んで歩き出した。
この「婚約破棄して妹を選んだ事件」が、このたび電子書籍化となった「婚約破棄されたので「王太子の婚約者」を妹にゆずったら、上司の王弟殿下が迫ってきました。」です。




