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04 言い争いをしました


「一妻制度はともかくとして、私としては、女性が夫に頼らずとも仕事で金銭を得てもいいと国が後押ししてくれることのほうが、よっぽどありがたいわね」

「それって、もう結婚するつもりはないってことか?」


 アーサーに問われ、フランカは考える。


「どうかしら。初婚ではない私に来る縁談なんて、奥方に先立たれた男性の後妻がいいところじゃない?」

「おまえまだ若いじゃないか。そんなおっさん相手でなくとも、同世代がいるだろうに」


 眉をしかめたアーサーがそんなことを言うが、フランカは肩をすくめて答えを返す。


「爵位を継ぐ立場にあるご子息には婚約者がいらっしゃるものよ」


 ゆえに、フランカに声をかけてくるのは、ついさっき不埒な誘いをかけてきた男たちのような、性格に難のある次男以下の輩である。


「フォーアン王太子殿下が、子どものころからの婚約相手に破棄を宣言して以降、婚約解消が増えたって聞いたけど」

「それは特殊な例でしょ。実際に婚約解消が決まった例もあったみたいだけど、それってだいたい、夫になる側にもう妻がいて、新しい妻を迎えられなくなったパターンが多いのよ」

「つまり、おまえはバツイチにならずに済んだかもしれないってことだよな」

「バツはついてないかもしれないけど、そもそも相手がいなくて就職していた可能性のほうが高いわね」


 妻という立場になってわかった。

 夫が妻に求めるものは、自分の前には決して出ず、うしろで支えること。

 夫が困らないようにすべての準備を整えて成功に導き、夫の実家を繁栄させるべく努め、けれどその功はひけらかさずに、すべては男の手柄とする。


 フランカは結婚後にそれに気づいて慄いた。

 実家とのあまりの違いに体が震えたのだ。それは恐怖と怒り、両方だろう。


 ジーン男爵夫人は後妻だ。フランカを産んだ母が亡くなったあと、父が迎えた女性である。

 同じく貧乏な男爵家の長女で、年の離れた弟が成人するまで家を支えたせいで婚期を逃したらしい。

 ようやく乳飲み子を脱しようかといったころのフランカと、元気いっぱいの二人の息子を抱えた父は、子守りとして彼女を求め、一緒に生活するうちに、まあ、そういうことになったという。なかなかのロマンスだ。


 結婚後に三人の息子を儲け、フランカは六人兄弟となった。

 母は分け隔てなくフランカたちを育ててくれ、母親が違う兄弟だとは誰も思わないぐらいに仲が良いと自負している。


 フランカはそんな両親が大好きだし、憧れでもある。

 だからこそ「おまえの手柄は俺のもの」が罷り通る王都の高位貴族男性の考え方が信じられなかったし、今もまったく納得がいかない。


 その点、今の雇い主であるマルテュス・ブルーメ子爵は立派な方だった。フランカの『貴族男性なんてろくなもんじゃない』を払拭してくださった方である。

 元夫より年上でありながら、女性を蔑ろにする考えを否定して憚らないのだから、たいしたものだ。

 きっとそういう方だから、行く当てのない問題児であるフランカだって雇い入れてくれたのだろう。



「はー、ほんと感謝しかない。この家に雇われて本当によかった。もっとお役に立てるように頑張らないとね」

「フランカは充分にやってると思うぞ。タウンハウスを離れていた俺がおまえを知ってる程度には、噂になってたんだから」

「それよ。いったいどういうことなの?」


 アーサーが護衛を勤めているマルセロは、リュクレーヌの兄である。年齢は十一歳。

 マルセロはもうすぐ中等科へ進学するのだが、進学後は寮で暮らすことになっている。実家から離れて集団生活を送るにあたり、初等科最終学年の貴族男子たちは、お試し入寮が許されているのだ。マルセロもそれに参加しており、護衛も帯同していると聞いていた。


「お嬢様がすごく元気になったって話が出てさ。あと手紙。マルセロ様宛に手紙が届いて、その字が随分と綺麗になってきたって、それも話題になった」

「ああ、お兄様に手紙を書きたいって言ってたわね」


 もっとじょうずにかきたいのだけれど、フランカせんせい、おしえてくださる?


 恥ずかしそうに申し出てきたお嬢様がとんでもなく可愛らしくて、フランカは全力で取り組んだ。彼女の努力は、兄上にきちんと届いていたようで安堵する。

 フランカがじんわりと喜びを噛みしめていると、目の前に座るアーサーもまた笑みを浮かべた。


「それでさ、タウンハウスから届け物を運んできた従僕が教えてくれたんだよ。お嬢様は家庭教師の影響で変わってきたって。おまえさ、あれだろ、か弱さ全開のお嬢様を園庭に引っ張っていって、探検させたんだろ」


 言って、楽しそうに笑い始めた。


「汚しても構わない服、パンツスタイルだとなお良し。歩いたり走ったり、一段高いところに登って景色の違いを楽しんだり、木陰で寝転がってみたり、なんだったら夜の庭園で月と星の観測もしたって聞いたな」

「だって大事でしょ、月の満ち欠けと星の位置」


 天体の位置は方角を把握する手助けになる。まあ、そもそも王都住まいのご令嬢が、森で迷子になるようなことはないけれど。


「野性的なご婦人だって話題になって、名前を聞いたら『フランカ・ジーン』っていうじゃないか。驚いたなんてもんじゃないぞ」

「私が出戻ってきたのは知らなかった?」

「いや。実家から連絡が来たから知ってた」

「なにそれ。なんでわざわざ知らせるのよー」


 良い話ならばともかく、離縁なんて醜聞にしかならない。いや、笑い話だろうか。アーサーが他人の不幸を笑う性格ではないと知っているけれど。

 溜息をついて肩を落とすフランカに、アーサーが言った。


「兄貴たちが気を利かせてくれたんだろ」

「どういう気の利かせ方よそれ」

「だから、知らないあいだにおまえの結婚が決まってて。会いに行こうと思ってたけど時間がなくて、ようやくと思ったらおまえがさっさと嫁いでいったから! だから俺は」

「そ、それってつまり……」


 フランカが呟くと、アーサーが決まりの悪そうな顔をして目を逸らした。

 間違いない。なんてことだろう。

 フランカは、膝の上でぎゅっと拳を握り、くちを開いた。


「あなたってば寂しかったのね。領地を離れて王都暮らしをしているのに顔を合わせる機会もなかったし、ようやく学校を卒業して時間が取れると思った同郷の仲間が、なにも知らせずさっさと結婚して居なくなるとか、たしかに『なんだよそれ、薄情な奴だな』って気持ちになるわよね、ごめんねアーサー。もっとちゃんと会う努力をすべきだったわ」


 たしかにフランカが逆の立場だったとしたら、たまらない気持ちになることだろう。

 うんうんと頷くフランカに対し、アーサーはポカンと呆けている。油断したその表情には、子どものころの面影があり、ドキリとした。


「――っまえというやつはっっ」

「な、なによ、なに怒ってるのよっ」

「俺がどんだけ気を揉んだと思ってんだ、このフランバカ! おまえはバカのまんまだ、バカ」

「バカって言うほうがバカなのよ、バーカ!」

「うるせー、バーカ」



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