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13 友人とおしゃべりをしました


「まあ、素敵なお話。でも、危ないことはしないでねフランカ、心配だわ」

「わかってる。あなただけじゃなく、ブルーメ子爵家の方々からも同じことをさんざん言われたから、もう聞き飽きたわよ」

「何度言ってもいいのよ、こういうことは」


 美しい眉間に皺を寄せながら苦言を呈する友人に、フランカは「もうわかったってば」と呟いて両手をあげる。降参だ。

 社交シーズンから外れた今の時期、友人たちの多くは、それぞれ夫の領地で暮らしている。王都にいるのは離縁したフランカと、王宮で文官職に就いているこの友人・クラリスぐらいなもの。

 先だっての騒動がようやく落ち着いたころ、ブルーメ子爵夫婦からお詫びを兼ねた有給休暇をいただいたので、久しぶりに彼女に連絡を取ってみた。忙しいかなと思ったけれど、快くフランカに合わせて出てきてくれたことに感謝である。


「御礼にここは私の奢りね。好きなものを頼んでちょうだい」

「なにを言っているのよフランカ、大変な目に遭ったあなたを労わるために出てきたのよ。お代を出すのは私のほうだわ」

「でも、クラリスには仕事を休ませてしまったわけだし」

「平気よ。行ってきなさいって、むしろ背中を押されてしまったぐらいなの」

「あらまあ、寛大な上司ですこと」


 彼女の職場は非常に人員が少なく、未だ上司とふたりだけ。自由が利くということだろう。

 結局、お互いが頼んだものをお互いが支払うということに落ち着いて、メニュー表を広げた。

 王都でも名の知れたカフェは今日も繁盛していて、予約を取っていて大正解。三方向を壁で仕切り、入口側にカーテンが掛けている半個室のような席は、恋人たちに人気らしいが、フランカたちのように、貴族令嬢がこっそりと楽しむための場所としても提供されている。


 男性優位の国内において、年若い女性だけが飲食をしていると、居丈高な物言いをしてくる男は少なくない。カフェの経営者は、女性が気軽に楽しめる場所を提供したいという理念を掲げており、女性の予約を優先させているともっぱらの噂である。

 なるほど納得の味だと頷きながらケーキの味を堪能。

 いったんフォークを置き、第二弾に備えてお腹を休憩させているとき、クラリスが声をひそめて言った。


「あなたに狼藉を働いた方は、離島送りになったそうよ。他にも何人かの子息が同じ刑に」

「つまり、逃げ出したくても簡単には逃げ出せないし、手助けもしづらい場所に送ったということね」

「違法薬物の入手ルートについて、関与していた方々も判明して、いくつかの家で当主が交代になったわ」

「それ大変じゃないの」

「もともと良い噂を聞かなかったから、むしろ都合がよかったそうよ。表立っては言えないけれど、膿を出す機会になったとおっしゃっていたわね」


 フランカは絶句した。

 なんだその国家規模の話は。


(……そうよね、もうすっかり吹っ切れているようだけど、クラリスは王太子の元婚約者様なのよねえ)


 そして現在は、職場の上司にして王弟ローウェル殿下の恋人である。

 彼がクラリスをフランカの元へ送り出した理由がわかってしまった。これはようするに、フランカへの感謝なのだろう。


 あの騒動をおおごとにはせず、ブルーメ子爵家内で収めて外部には漏らさなかった。

 それは監禁という被害にあったフランカの名誉を守る目的も過分にあったが、国として、貴族階級の醜聞を平民へ広めるのを押さえた功績。フランカ以外の令嬢が同じ目にあっていれば、実家を通して相手方を非難し、賠償を求めただろう。そうなれば、数年では収まらないような事件に発展したことは想像に難くない。


(有給休暇も口止めの一環かしらね……)


 ブルーメ子爵夫人は、同じ女性としてフランカの心身を思いやっていただろう。子爵とて、労わりの気持ちがまったくないとは言わないけれど、国内でも名の知れた貴族家のご当主だ。身の内に獰猛な獣を飼っていても不思議ではない。


(――うん、あんまりつつかないようにしよう、そのほうが長生きできるもの)


 触らぬ神になんとやら、である。

 倫理に反することをしないかぎり、あの子爵はとても寛大で優しいご主人なのだから。


 なお事件の詳細は、リュクレーヌには伏せられた。九歳のご令嬢の耳に入れるような内容ではない。

 フランカが約束の時間に現れなかったことについては、子爵夫人が急な用件を申しつけたことになり、「おばあさまのようじなら、しかたないわね」と納得させた。祖母から「あなたの先生の時間をいただいてごめんなさいね」ということでお詫びの品が送られた。素敵なぬいぐるみだったものだから機嫌を良くし、それは少女の枕元に鎮座し、寝台を護る騎士(ナイト)になっている。


 あらためて時間を取って、フランカの守り刀を見せた。

 当初の予定とは違い、子爵家の広間を使用。子爵夫人、リュクレーヌの両親、マルセロとその護衛騎士までもが揃うという、なんとも壮大な顔ぶれでおこなわれ、フランカはすっかり恐縮してしまったのは言うまでもない。


 たかだが男爵家の娘が持つ、値打ちなんてない小刀ではあるが、名のとおりきちんと身を守った実績を持つ刀ということで、注目を浴びてしまったようである。男性陣からは「具体的にはどのような?」と問われ、リュクレーヌを含めた女性陣が退室したあと、実践形式で流れを説明するはめになるし、アーサーがいなければフランカは逃げ出していたかもしれない。


 そのおかげで、護衛たちのあいだでもフランカに対する偏見はなくなったようで、マルセロの騎士を介し、子爵家にいる男性陣の見る目はあきらかに変わった。

 これまでは『離縁された生意気な元伯爵夫人』だったのが、『気風のよい自立した男爵令嬢』になったようだ。男性に対して物怖じしないところは変わっていないはずだが、印象が好転。そのままの自分を認められたのはなんだか面映ゆいが、アーサーは嬉しくなさそうだった。


 それはようするに、他の男たちがフランカの魅力に気づいたことに対する焦りと危機感。

 守り刀をご披露した翌々日には手を引かれて町へ出かけ、宝飾店で耳飾りを購入するに至った。


 互いの瞳色の石を加工したもの身に飾るのは、婚姻の約束を交わした仲である証。

 指輪ではない理由は、剣を持つときに邪魔になるからであり、腕を落とされては身の証明にならないという理由もあった。

 剣を持って戦う者にとって、耳飾りは身元証明の意味も兼ねており、相手の瞳を模した石を付けるのは既婚者の証として知られているのだ。

 つまりそれは周囲に対する牽制。

 フランカは売約済であり、その相手がアーサーであるのだと、言わずとも知れる状態に仕立て上げたというわけだ。


 事実、それをつけて以降、生暖かい視線が増えた。その意味をよく知ってるのだろう、騎士の親族を持つメイドや侍女からも祝福されるし、彼女たちを通じて他のメイドにも広まり、すっかりブルーメ子爵邸では公認と化した。

 国内の慣例や風習などにも当然詳しいクラリスにも、会ってすぐに「まあ、フランカ、その耳飾りは」と喜色めいた声をあげられ、洗いざらい話すことになってしまった。

 ここ一年近く、クラリスと王弟殿下の職場恋愛事情を根掘り葉掘り聞きまくっていたフランカは、自身が同じ状況に至って反省したものである。


「思っていた以上に恥ずかしいものね、これ」

「私の気持ちがすこしでもわかったのなら嬉しいわ」

「うう、ごめんなさいクラリス」

「でもそちら側の気持ちもわかったわ。だって今のフランカはとても可愛いもの」


 にっこりと笑うクラリスこそ可愛いとフランカは思う。

 子どものころに国家的事情によって王太子の婚約者になり、恋愛もままならない状態で学院を卒業。そろそろ結婚をというころになって、相手から一方的に婚約を破棄された。そんな彼女を好奇の目から守り、傍に立って慈しんでいる王弟殿下によって、クラリスは恋をする女性に変貌を遂げた。


「あなただって同じだわフランカ。その方のことが、とってもお好きなのよね。今度、是非お会いしたいわ。一緒にお出かけをしましょうよ。弟が教えてくれたんだけど、こういうのを『ダブルデート』というのですって」

「一緒に出掛ける相手が、公爵令嬢と王弟殿下だなんて知ったら、アーサーは腰を抜かすわね」


 想像して笑いが込み上げる。

 すると目前に座っている友人が、穏やかな笑みを浮かべた。


「なに?」

「フランカが元気になってよかったわって思って」

「私はわりといつも元気だけど」

「でも、離縁したばかりのころは、なんていうか気を張っていたでしょう? 男のひとになんて頼らないって、必要以上に強がっていたように見えたわ」


 言われて思い返してみると、たしかにそうかもしれないと感じた。

 女だからという理由で見知らぬ相手と結婚させられ、それでいて捨て置かれ、かと思えば、子を孕む性別であることを理由に引き留められた。


 性別を問わずに仕事ができるようになる社会を目指していてなお、やはり女だからと下に見られるし、バツイチ女という肩書きが加わったおかげで、下世話な誘いを受けるのもやむなしと思われる。

 兄弟に囲まれて育ち、学院でも『男よりも男らしい』などと評され、だけど男と同じ場所に立つことは許されない。


 フランカの葛藤は、離縁をキッカケに膨れ上がったのだろう。

 年齢が若くとも、バツイチであるフランカは今後、正式な妻として求められる確率は低い。後添えの相手として求められるか、遊び相手として戯れに声をかけられる存在。


 世間一般的な『女』ではなく、『男』になれるわけもないフランカは、どこにも居場所がないような気になって、自棄になったのかもしれない。周囲には敵しかいないと思い込んでしまった。

 冷静に考えてみれば、そんなことあるわけがないのに、他者の温かさに気づかなかった。気づく余裕もなかったのだ。


「フランカはそうやって、楽しそうに笑っているほうがずっといいわ」

「ありがとう、クラリスのおかげよ」

「あら、それは違うわ。あなたの騎士様のおかげよ」

「でも、キッカケになったのは家庭教師として仕事を始めたこと。学院がそれを仲介してくれるって教えてくれたのはクラリスだもの、やっぱりあなたのおかげよ。本当に、持つべきものは友達だし、無理をしてでも学院に通ってよかったわ」





 フランカ・ジーン。 

 学院斡旋の家庭教師事業の基礎を作り上げ、のちに数多くのご令嬢から『フランカ先生』と親しまれる、女性の社会進出の黎明期を支えた一人である。


 騎士爵を持つ彼女の夫は、名家ブルーメ子爵家に長く勤めた武人だ。数々の政策を打ち出し国を支えた、時の王弟ローウェル殿下とも懇意であったと伝えられ、夫婦ともにその名が知られている。

 身分を問わず、国内多くの少女の胸を躍らせた、匿名作家によるロマンス小説『男爵令嬢と平民騎士の恋物語』のモデルになったという噂もあるが、真偽のほどは定かではない。




最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


入れ込む場所がなかったので語っておりませんが、メイドを使ってフランカを邸の外へ誘い出したご令嬢のその後について。

確たる証拠もないのでこれといった罪には問われませんが、ブルーメ子爵夫人によって、それぞれのご実家へ返却されました。

行儀見習いの名目でしたので、「不可」を付けてのお返しです。

それすなわち「問題のあるご令嬢ですよ」という意味なので、社交界での立場は低くなることでしょうし、他のお邸で働こうとしてもお断りされる事故物件と化したということですね。


最終話では、フランカがこれまで話題に出していた「王太子に婚約破棄された友人」が登場しました。

彼女と王弟殿下のあれこれについては、eブランより配信されている電子書籍「婚約破棄されたので「王太子の婚約者」を妹にゆずったら、上司の王弟殿下が迫ってきました。」で語らせていただきました。

フランカも登場しますので、気になる方はチェックしてみてください。


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