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11 想定外のことが起きました


 人生は山あり谷あり。

 順風満帆に見えても、どこかに落とし穴が待っている。

 仕事も恋も、なんだか両方がうまくいっているフランカは、今のこの状態が長続きするとは思っていなかった。

 しかし、それならそれで立ち向かうまで。

 泣き伏せるのは性に合わない。

 それがフランカ・ジーンという女なのだ。



「とはいえ、これは想定外だったわねえ」


 いったいここはどこだろう。

 石壁に囲まれた小さな部屋。室内に調度品の類はなく、使われていない倉庫といった雰囲気だ。

 フランカは気づけばここに寝転がっていた。


 窓から届く光は明るく、そう遅い時刻ではないと知れる。

 子爵家のメイドに頼まれて、お使いに出たのは昼を過ぎたころだったが、さほど時間は経過していないということだろうか。

 なにはともあれ、これはあれだ。学校を舞台にした少年少女向けの小説によくある、何者かに閉じ込められる展開に違いない。

 たいていの場合、要因となっているのは、上位貴族の子どもが、自分より下位の家にある者へ嫉妬すること。それは学業の成績であったり、教師からのお声がけであったり。ようするに『下々の分際で生意気な』というもの。


(うーん、今回のこれは、アーサーとのこと、かなあ)


 フランカは大きく息を吐いた。やはり、親しくもないメイドの頼みなんて引き受けるんじゃなかった。

 声をかけてきたメイドは、リュクレーヌの周辺に配置されていない平民の女の子だ。固定の職場を持たず、さまざまな雑用をこなしている立場にあったと思う。そういった雑役メイドは結構な人数の平民が採用されており、これはブルーメ子爵の方針らしい。

 平民にも雇用の機会を与え、貴族の家に勤めたという箔をつけてやる。

 そうすることで、勤め先の種類を増やしているのだ。


 件の女の子はおとなしい気質で、同じ立場にいるメイドたちに雑用を押しつけられているような場面も見たことがある。彼女を子分よろしく顎で使っているメイドは、行儀見習いのために勤めている貴族令嬢だったはずで、フランカを煙たがっていたうちのひとり。


(私をおびき出せって脅されたんだろうなあ……)


 平民の女の子が、我儘な貴族令嬢に高圧的に命令されて、逆らえないだろうことは想像がつく。

 だからまあ仕方がないといえばそうなのだが、かといって、閉じ込められている状況を受け入れるつもりはなかった。

 肩に掛けていたショールも、小銭を入れた巾着も、ハンカチと手鏡が入ったレティキュールも、すべてフランカの傍に落ちている。床に横たわっていたためドレスは土で汚れているけれど、ただそれだけ。着崩れているわけでもないし、切り裂かれたりもしていない。誘拐にしては随分と詰めが甘いと思う。普通、手足ぐらいは縛るのでは?


「それとも、逃げ出すとは思っていないってことかしらね」


 さすが貴族令嬢。

 お嬢様の考える『監禁』なんて、この程度ということだろう。

 同じく貴族令嬢であるフランカは立ち上がった。


 スカートを叩いて汚れを落とす。乾いた土埃が舞い上がり、目や口に入りそうになって、慌てて手で振り払う。だが、空気を掻きまわしただけの結果となり、結局咳き込んだ。

 土まみれのショールを肩に掛ける気にならなくて、軽くまとめて腕にかける。少ない荷を手に持って、ひとつしかない扉に手をかけた。


「ま、開いてるわけないか」


 さすがに鍵がかかっているらしく、フランカが押した程度ではびくともしない。古びた倉庫とはいえ、女性の腕力では壊れない程度の強度は残っているようだ。

 立ち上がってみると、窓は思っていたよりも低い位置にあった。背伸びをすれば、頭のてっぺんが届くぐらいの場所にある。ただ腕が通る程度の大きさしかないため、ここからの脱出は難しいだろう。

 とくになにが見えるでもないし、ひとの気配もしない。声もなければ足音もない。捨て置かれた廃倉庫。


 さて、どうするべきか。

 子どものころに読んだ冒険物語では、長い時間をかけて壁に穴を穿って外へ出ていたものだが、あいにくと壁は石造り。壊れそうにはないし、へたに壊して天井が崩落したら、フランカは生き埋めだ。よろしくない。


 ここまでフランカは、わりと楽観的に構えていた。

 子どものころは兄たちと一緒に森へ入り、出られなくなって夜を明かしたこともある。翌日、こっぴどく怒られたけれど、あれはあれでよい経験になった。

 美しく整えられた部屋、綺麗なシーツを敷かれた寝台と羽根布団がないと眠れないなんてことは、まったくない。たとえ没落しても生活していけるように躾けられ、サバイバル魂に溢れた気質のジーン男爵家で育ったフランカだ。ここで一夜を明かすことになったとて、なんとかなろうだろうと考えている。


 本日、リュクレーヌの授業は午前で終わり、午後は自由時間だった。

 授業はないけれど、リュクレーヌの部屋を訪ねる予定ではあったし、それは伝えてある。昼食が終わったらまた来ますね、と言ってあったフランカの姿が見えないとなれば、探すぐらいのことはしてくれるだろう。

 どこの誰に頼まれてお使いに出るのか、メイド長に話してある。たいそう恐縮されたが、リュクレーヌに王都で有名な菓子店の詰め合わせでも差し入れしようと思ったので、そのついでと思えば問題なかった。

 フランカの予定は周知してあるのだから、いつ、どこの段階で姿をくらませたのかはわかるだろうし、あのメイドを問い詰めれば犯人も割れるはず。これはもう時間の問題だ。


 だからまあ、逃げ出さずに助けを待ってもいいのだが、あのお嬢様たちがフランカをどこへ監禁したのか、把握しているかどうかはわからない。金を握らせて雇った見知らぬ誰かに「ひとが来ないところへ閉じ込めておいて」とでも命じただけなら、実際の現場を知らないことになる。


(あの窓から、目印になりそうなものを外へ出すっていうのもありだけど、ハンカチぐらいじゃ意味ないかなあ)


 それでもやらないよりはましかと手を伸ばしていたところ、フランカの耳が足音を拾った。

 外からではなく、扉のほうから。

 ほどなくして鍵を開ける音がして、扉が開く。


「――あなたたち」

「なんだ、もう目が覚めているのか」

「薬の量が少なかったんじゃないのか?」

「でもさ、意識が朦朧としすぎてる女を抱いても面白くないだろ」

「たしかに。恐怖に泣きわめくほうがそそるよな」


 なんともゲスイ発言をしている男ふたりに、フランカは見覚えがあった。


(あのお嬢様たち、とんでもない奴と手を組んだものね)


「ベリンク伯爵子息、ブランキン伯爵子息。どうしてこんなところに?」


 以前からフランカに妙な誘いをかけてくるボンクラ子息が、下卑た顔を隠そうともせずに立っていた。


「どうしてもなにも」

「俺たちは誘われて来ただけだしなあ」

「そう。では場所を間違えているわね。あなた方のお相手はここには居ないもの」


 わざと素っ気なく言うと、男たちは気色ばんだ。


「あいかわらず生意気な女だ」

「この状況において、よくそんなくちがきけるもんだな」

「逃げられるとでも思ってるのかよ」


 この男たちはバカなのだろうか。

 誘われて来ただけだと言った数秒後に、この場を作り出したのは自分たちだと認めるような発言をする。頭が足りていなさすぎる。

 言葉尻を捕まえて優位に立ち、相手をやりこめるのが貴族男子の常套手段だというのに。


(このぼんくら具合では、実家を追い出されたのもわかるというものね)


 むしろブルーメ子爵は、よく雇い入れたものだ。これは性根を叩き直す以前の問題である。

 呆れてしまい、返す言葉に迷ったフランカだが、男たちはそれを『恫喝されて萎縮した』と取ったらしい。優位に立ったと思ったか、声をやわらげ、顔をだらしなく緩めて近づいてきた。


「悪いようにはしないさ。お互い、楽しもうぜ」

「あの腰巾着はしょせん平民。へたに情けをかけても図に乗るだけだ。地位を要求してきて、財産を絞り取られるのがオチだって」

「その点、俺たちのような伯爵家の男は安全ってもんさ。おまえにとっても悪い話じゃないはずだ」

「そうそう。出戻りの男爵家の女なんて、どこにも行き場がないのに、俺たちが居場所を作ってやろうってんだから、感謝してほしいね」


 この国の貴族男子はどこまで腐りきっているのか。

 いや、まともな殿方もいるのだから、一緒にしては失礼というもの。


「こいつらが特別ってだけよね」

「特別?」

「いやぁ、さすがにおまえ程度の女を、俺の特別にしてやるつもりはねえな」

「それともあの平民を垂らし込んだ妙技ってやつが、そこまで特別ってことか?」

「あんたたちが特別にクソ野郎ってことよ!」


 そう言ってフランカは足を蹴り上げた。

 土埃が舞い、不意をつかれた男ふたりは、それをまともに浴びて悲鳴をあげる。目に入り込んだのか、懸命に顔をこすっているが、乾ききった土がそれで取れるわけもない。

 フランカは腕に抱えていたショールを広げると、床の塵を舞い上がらせるように風を送り、さらに掻き回す。滞留したそれで相手の視界を奪い、その隙に背後の扉へ飛び込んだ。


 そこは新たな小部屋だった。こちらは板張りの床で、色褪せた座面のソファーがある。

 フランカの正面にもうひとつ扉があった。開いたままの扉の先は薄暗いが、上階へ向かう階段らしきものが見えた。

 おそらくここは半地下のような場所になっているのだろう。食材を長期保存する目的で、地面を掘り下げた場所に倉庫を作るのはよくあることだ。


「クソが、男をなめやがって」

「クソ女」

「あいかわらず語彙が貧困」

「減らず口を叩きやがって」


 目を充血させた男が、ふらふらとやってくる。もうすこし時間が稼げると思ったが、復活が早い。フランカは手を胸に当てながら後ずさった。


 後退するフランカの背後は壁。

 扉のほうへ向かっていれば逃げられたものを、そうはしなかったことに安堵と嘲笑の笑みを浮かべた男たちは、ゆっくり追い詰めるようにフランカへ近づく。


「なんだ、そのまま自分で胸元を晒してくれるのかよ」

「コルセットを外す手伝いぐらいはしてやるぜ、そういうの得意だから」

「どこまで下種なのよ」


 呟いたフランカの手には、小ぶりな刀が握られている。


「なんだそれ、懐剣か?」

「まさか自害でもするつもりかよ」

「そんな殊勝なことするつもりないわよ」


 懐に忍ばせてあった守り刀から鞘を抜いて構えるフランカに、男たちは侮った態度を崩さなかった。どうせ高が知れていると思っているのだろう。好都合だ。


(なら、その隙に仕掛けるまでよ)



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