Ms.トリニティの美味しい焼き鳥
ある休日のお昼時。
私は無性にお腹が空いていた。
理由は特にない。朝が少なかったというわけでもなければ、食べなすぎというわけでもない。
純粋に、ただ健康的にお腹が空いているだけだ。
「たまにはなにか拘りを感じるような料理が食べたいけれども、なにかないかな?」
普段から慣れ親しんでいる街をぼんやり歩く。
ファミリーレストラン。これは定番だ。なかなかリーズナブルに美味しいものが食べられる。
牛丼屋。これもまた悪くない。こってり美味しいものを食べたいときはやっぱり肉が一番だ。
ハンバーガー屋。それもまたいいお昼。人によってはジャンキーだと言うこともあるけれど、そのジャンキーさが美味しさの秘訣でもある。
美味しそうな食べ物を用意しているお店は数多く存在している。しかし、私は悩み続けていた。
「なにか珍しいお店で食べたい気分」
そうそううまく見つかるものだろうか。
漠然とした感覚のまま私は歩き続ける。
しばらく歩いても見つからず、なかなか探すのに難航する。
悩み続けて公園まで到達してしまった。
「うぅ、お腹空いた」
やっぱり珍しいものなんてそうそう見つかるものではないのかもしれない。
そう思いながら、休憩を取ろうとしたその時だった。
「Ms.トリニティの焼き鳥屋! 現在営業中ですのよ!」
不思議な口調の宣伝が聞こえてきた。
「焼き鳥屋?」
ふと顔を向けてみると、そこには律儀にMs.トリニティの焼き鳥屋と書かれたキッチンカーが存在していた。
焼き鳥用のキッチンカーでなかなかに気合が入っているように感じる。
「お昼は焼き鳥でいいっか」
たまにはそういうのも悪くはない。
そう思って私は焼き鳥屋に向かうことにした。
「いらっしゃいませですのよ! ふふふっ、わたしの焼き鳥に興味を持つお客さん、いいセンスをしてますねぇ。ええっと」
「と、鳥居です」
「鳥居さん! いかにも美味しそうな名前! 最高ですよ、最高!」
「あ、あははは……」
なんていうか、テンションが凄い。
鳥居という苗字で美味しそうと言われたことはなかったので、斬新な感じだ。
「わたしはMs.トリニティ、焼き鳥の伝道師! 焼き鳥を愛するものです!」
「焼き鳥、美味しいよね」
「はい、その通り! 美味しい焼き鳥を広める為に、わたしはキッチンカーで駆け巡っているのです!」
Ms.トリニティと名乗る女性の店員は目を輝かせながらそう言葉にする。
なんていうか、気合が入っているように思える。
そんな様子を見ていると、なんだかより一層お腹が空いてきた。
早速注文を頼むことにした。
「注文、大丈夫ですか?」
「はい、なんなりと色々ぱぱーっと教えてくださいな!」
「もも、ねぎま、皮に軟骨……つくねを2つずつ」
ほどほどに食べるならばふたつがいいだろう。そう思いながらの選択だった。
「ふっふっふ、お客さん、甘いですよ、甘い甘い」
「え?」
しかしMs.トリニティは首を横に振ってきた。
店員が注文を甘いというのはどういうことなのだろうか。
「わたしのお店の強み、それは鳥ニティ!」
「と、トリニティ?」
「鳥にニティとつけて、鳥ニティです!」
「そ、そうなんですか」
自分の店員としての名前も付けているあたり、拘りポイントとしては強いのだろう。
まさしく私が最初に求めていた拘りのあるお店といったところなのかもしれない。
「焼き鳥は美味しいです。しかしながら、ひとつの味だけで満足してしまうのはもったいないと思いませんか?」
「ひとつの味……醤油だけとかですか?」
「はい! 焼き鳥には様々な風味があります! 醤油、味噌、塩、外国風アレンジ、オリジナルのタレ……そういうものを試さずに終わるのはもったいない!」
「なるほど、一理あります」
風味の違いで美味しさの方向性が変化するというのはわかる話だ。
語る彼女の言葉に頷く。
「そこでわたし、Ms.トリニティが編み出したのが鳥ニティ焼き鳥なのです!」
「ど、どういう焼き鳥?」
「三種のタレをそれぞれ味わえるように調整した焼き鳥のセットなのです! 鳥そのものはもも、ねぎま、皮の三種類、三個セットで値段はこちらに書かれてます!」
キッチンカー上部に置かれている看板を見ると、見るからにお得な価格でセット品が売られているのがわかった。
通称、Ms.トリニティの焼き鳥セット。わかりやすくていい名前だ。……ここまで三という言葉をプッシュしているのはトリニティらしさを意識したいから、ということにしておこう。
特徴としては、ひとつひとつの焼き鳥が3個ずつ入っているというところだろうか。これで食べ比べをするのはいいかもしれない。
「じゃあ、このセットにしようかな」
「はい、ありがとうございます! タレはどうしましょうか!」
「トリニティさんのおすすめでお願いします」
「ふふふふ、それはいいですねぇ。満足させてあげましょう!」
そう言葉にしながら、Ms.トリニティは焼き鳥を開始した。
「よいしょっ!」
それぞれ別々のタレを利用しながら調理をしている。
香ばしい香りが漂ってきて、美味しそうだ。
焼き色も綺麗で、かなり熟達した焼き鳥屋さんなことが伝わってくる。
しばらくの時間が経過したのち、私に焼き鳥が手渡された。
「はいっ、できあがりっ!」
「ありがとうございます」
お皿に丁寧に盛りつけられた焼き鳥は律儀にタレごとに分けられていた。なかなか食べやすい感じになっている。
「最初は定番の醤油から食べるのがおすすめです!」
「スタンダードな味から堪能するのはいいかも……」
そう思い、さっそくももの焼き鳥を食べてみた。
「さっぱりした中にこってり感があっていいっ」
丁寧な舌触りの中に丁寧な醤油の味わいが口いっぱいに広がる。
それでいてくどいわけではない。しっかりと焼き鳥の中に浸透している独特な味わいが美味しい。
いつも食べている焼き鳥。だけれども、なかなかゴージャスな感じだ。
「ふふふ、それだけで満足しちゃいけないよ、次は味噌味を食べてみなさいな!」
「味噌……!」
ももの焼き鳥の食べ比べだ。
しっかり味わって、味噌味のそれを堪能する。
「濃い味わいが美味しいっ」
醤油はすっきりした中に味わい深い感覚があったのに対し、味噌は最初から全力で濃い味をぶつけている感じだ。
しっかりとした味噌の風味が鳥全体に広がっていて、満足感を感じさせるような舌触りを体験させてくれる。
重さも感じられる美味しさがなかなかにたまらない。
「そして鳥ニティとっておき、わたしの秘伝タレ!」
「秘伝……どんな味なんだろう」
「食べてみればわかるのですっ!」
「いただきますっ」
期待を抱えながらさっそく焼き鳥のももを食べる。
すると口いっぱいに広がったのは辛さを感じる刺激だった。
「これは……コチュジャン!」
刺激的なスパイスの効いた辛さを感じる。
時々私も家で使ったりしているけれども、この独特な甘さと辛さを感じさせる風味はコチュジャンを感じた。
「正解です、コチュジャンをベースに色々わたしなりにミックスした刺激的なタレなのです」
「色々ミックス……?」
気になりながら口で味を堪能する。
するとすっきりした爽やかな風味が感じ取れた。
「もしかして、生姜も入ってます?」
「ふふふっ、正解。味の方向性、普段のやつとは全然違うでしょう?」
「うん、すっごく独特……美味しい」
「そう、それが鳥ニティなのです」
胸を張ってそう言葉にする彼女。
鳥ニティというのがなんなのかは全部はよくわからないけれども、それでも美味しいものを追求する気持ちは素敵なものだと思った。
「それぞれ違う味があって、食べ方や仕上げ方によって満足の感じ方も変わっていく……なんだか食べるって楽しいかも」
「ふふふ、毎日食べるという行為は、毎日向き合うことですから。しっかり楽しんだ方がいいと思いません?」
「それもそうかも。今度から、私も色々試してみようかな」
「えぇ、応援していますよ」
三者三様という言葉があるように、それぞれの味わいみたいなものがあるはずだ。
異なったものにも興味を持っていくことによって新しい発見にも繋がるだろうし、積極的になってもいいかもしれない。
Ms.トリニティの焼き鳥屋さんで三種類の味わいの焼き鳥を味わう日。なんだか自分の見解も広がった気がした。