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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

めぐる、まわる、そういうもの

作者: 秋月 周

「はぁぁぁぁぁ」

酒、買わなきゃな。大きなため息を吐きながら、そう思ってコンビニに立ち寄る。

「らっしゃっせぇ」

店員のやる気のない声が聞こえる。うるさいな。それに陳列棚の虫が邪魔だ。看板がひび割れているのとか、店の壁全体が汚れているのは良い。ここはそういう場所だから。しかし陳列棚の虫は商品が取り出しづらいのだ。やつら、死んだふりして猛烈に襲いかかってくるから、うざったいんだ。

左、右、店の一番奥。正面向かって左角。歯抜けになっている化粧水やら成人向け雑誌やらに挟まれながら進んでようやく辿り着いた。こいつらを見ている時、俺は一番救われている。

いつものを手にとって、レジに向かう。あとは、つまみ…いらないか。

「たばこ、207番、3つ」

「こちらですねー。合計五点で2,402円になりぁす」

「袋」

「三円追加で2,405円っす」

五円…見つからない。

「あっ」

「ちょうどお預かりしまぁす。あざしたぁ」

早々に店を出る。今回の店員はあたりだったな。態度は悪くないし、会計も速い。今度からここに通おう。


「よぉ!大作野郎、また酒買ってきたのか?」

股間を掻きむしりながら話しかけてくる…うざったいな、無視しようか。

「なぁ、返事くらいしてくれよ。それともなにか、タバコ買う時店員が銘柄だけじゃ分からなくてイライラしてんのか?」

「もう番号で注文してるわ!バカが」

「なぁんだ。ちゃんと口利けんじゃん。最初からそうしろって」

くそ、またこいつと世間話かよ。

「…ちっ」

「そんな聞こえるような舌打ちしないでくれよぉ。俺なんか悪いことしたか?」

「てめぇに聞こえるように舌打ちしてやってんだよ」

後者の質問にはあえて答えない。

「大作ぅ、お前がその気なら俺だってそうしてやるぜ。IQ136のくせに俺の質問にも答えられないのかぁ?」

わずかなイラつき。大丈夫、抑えられる。

「黙れよ、76が」

「良くないぜぇ!そうやって人のことバカにするのはよぉ!」

口くせぇな。なにしてきんだよ。

「お前、シラフか?」

「シラフに決まってんだろ。こんな昼間っから飲むやつなんていないだろ、大作?」

…くそっ、嫌味なやつだ。

「じゃあなんでそんなクセェなんだよ」

「俺の愛剣のことかぁ?それとも口ぃ?」

こいつの下ネタにはうんざりする。気持ちわりぃな。

「てめぇの×××なんかに興味ねぇよ。口のことだ」

「ひでぇやつ…まぁもう使い物にならないしいいけどよ」

「だ、か、ら!んなことはどうだっていいんだよ!」

お前のソレがどうなろうと知ったこっちゃない。いっそ切り落としちまえば楽なのに、過去の栄光の象徴になってるからできねぇんだろうな。

「おぉおぉそんな怒るなよ、こいつのこと紹介してやるからよ」

そう言って、やつは黒い固形物の入った袋を見せてきた。またかよ。

「こいつはなぁ、特殊な代物でよぉ、外気に触れると固形から一瞬で気化しちまうんだ。だから袋は真空だし、接種するのがちょいと難しんだけどよぉ…買わねぇか?」

「買わない」

こんなモノいらない。うまい酒とタバコが吸えなくなるからな。

「そう言うと思ったぜ。俺ぁそんな棒っ切れやお飲み物より、こっちのほうがよっぽど良いと思うけどなぁ~」

「金がもったいない」

「はっ!自分のこと棚上げすんのかよ!大体よぉ、酒とタバコはわかるぜぇ、お前にはうまいんだろうからなぁ。けどよ、なんで毎回ゴミ袋まで買ってんだよ」

「…」

「お得意のだんまり決め込んでじゃねぇよ!ったく、お前も最初の方は威勢がいいのに、面倒なやつだよなぁ」

「お前の臭さに慣れただけだ」

「そうかい、そりゃ良かったな」

もうそろそろ限界だ。切り上げよう。

「じゃあなシャブ野郎。また女のシャブが吸えたらいいな」

「おう。じゃーな大作野郎ぉ!」


今にも倒れてきそうなビルの間、ひび割れたコンクリートの上を歩く。雑草すら生えないような場所なのに、途中、なにかの死骸があった。たぶん猫だ。ハエも寄ってきてない。

誰かに遊ばれたのだろうな、と思った。そう思いながら、食べられそうな部分だけ取ってやった。硬直した筋肉が固くて、地面に叩きつけるしかなかった。

「...おぇっ」

吐きそうだった。ていうか実際吐いた。こんなもの食べるくらいなら、生ゴミのほうがマシだったな。

しかしなるほど。こいつにゲロがかかっていたのは、俺みたいなやつがいたからかもな、なんて。

見当外れな予想をしながら、丁寧に食ってやった。食後、好奇心で頭蓋骨を割ってみた。脳みそのような小石程度の黒い物体が入っていた。たぶん、腐っていたか病気かのどっちかだ。あーあ、食わなきゃよかったかな。

ゴミ袋が予想外の活躍をした。身体が小さかったから十リットルで足りたのか。良かった。

「来世では良い命に成ることを願ってるぜ!」

そう言いながら、ビルの窓に投げつけた。パリーンッ、と音が鳴った。同時に、微かな呻き声も聞こえた。

「悪いことしたな…」

呟いて、また歩き出した。骨だけだったから、まさかガラスが割れるとは思わなかった。

臭い街だ。吐瀉物と、排泄物と、性病にかかった×××の臭い。でもそれが心地よいってことは、たぶん俺はこの街よりも汚い。だから、毎日吐きそうになる。

「うっ、おぇぇ」

また吐いた。最近回数が多くてやや不安だ。きっと自分がどんどん汚くなっているのだ。


路地裏で、虚ろな目をした少女に出会った。ボロボロのゴミ箱の向かいに、ぺたんと、人形のように座っていた。

声をかけても身体に触れても反応がない。金になりそうなものを探したが、そもそも服をまともに着ていないので、諦めた。衝動的にぶん殴りたくもなったが、腕が折れそうだったのでやめた。

「…」

無言で、そこら辺にあった鋭利な物を突きつけた。錆びていてよくわからないが、たぶんハサミだ。

「…」

少女も無言を返した。この子はあれだな、生きる気力を失ったのだな。まだ綺麗な彼女を嫌悪しながら、質問をした。

「お前、名前はあるのか?」

「…」

またもや無言。まぁいいか。少しからかってやろう。

「お母さんだよー。長い間会えなくてごめんね…」

努めて明るい声にした。女みたいな声を出すのは久しぶりだから、少し違和感はあっただろうけれど、彼女は反応した。

「え」

その瞬間、彼女は咳込んだ。たぶん喉が乾きすぎていたのだろうな。

「あらあら、大丈夫?ほら、これを飲みなさい」

先程その辺の泥水をビンに汲んだことを思い出して、それを飲ませてやった。

にしても、この子、本当に母親関係でなにかあったのか。てっきりそんなことないと思っていたし、話した後にすぐ見捨てようとしていた。

だが、この少女に出会った今日が、潮時なのかもしれないな。

飯も食わせてやろう。この子に出会う前に襲ってきた男がなにか持っていたはず…

「…っぷはぁ」

少女が食事を飲み終えた。濁りきった目の中が、すこしだけ薄まった。

「…おかあ、さん?」

「そうだよ、お母さんだよ」

パッと見四、五歳といったところだ。記憶の刷り込みくらいならギリギリ可能だろう。

「でもおかあさん、借金のおじさんにつれて行かれたんじゃ…」

ろくでもない母親だな。いや、俺の親もそうだったが。

「そうだよ。でも、おじさん達がお母さんを許してくれたのよ」

「ウソだよ!そんなのウソ!だっておじさん、いつもおっきな声だしてたし、こわいお顔してたもん」

またもや咳込んだ。最近のガキは馬鹿で面倒だな。全員こうなのか?

「ううん、本当よ。お母さんの言うこと、信じられない?」

「うぅん…りな、おかあさんのことしんじれるっ。でもおかあさん、なんだかお顔変わった?」

りな。この子の名前は、りな。里奈、梨奈、理那、莉菜、凛菜…どれだろうな。

と、その前に。やはりそこが一番気になるか。

「そうね、おじさんたちが可愛いお顔に変えてくれたのよ」

「へぇ…でも、まえのお顔のほうがかわいいよ」

「…」

危ない、殴りそうになった。だがいけない。これから彼女と生活をするのだから、悪印象は与えられない。

しかし、彼女の母親は相当な美人だったのだな。別に、自分が女であることに誇りがある訳では無いが、顔面で負けるのは少し悔しい。

「ねぇ、お家に行こっか」

「おうち?おうちってなぁに?」

しまった。まともな暮らしをしていないことは予想がついていたが、まさか家の存在を知らないなんて。

「んー、難しいわね…とにかく、ここよりは良いところよ」

「おかあさんがここが一番いいばしょだって言って、りなをおいてくれたんじゃないの?ここじゃないところにいいところがあるの?」

たしかに都市部に近いし、大抵の人間はこんな路地裏に近寄らない。

「そうよ、ここじゃないところに行きましょう?」

「…うん、分かったっ」

灰色の空を、狭い路地裏から見上げる。どんよりしている、今にも落ちてきそうな空。


「私」は、正解でしょうか。

「私」は、不正解でしょうか。

あなたから受け継いだ命は

この子に託しても良いのでしょうか。

あなたの血液は

皮膚は

髪は

筋肉は

この子のために使えるでしょうか。

「私」は、正解でしょうか


凛奈と出会ったあの日から、ちょうど六年。同じ空の下、老いた自分を、水たまりの反射で観察する。

凛菜はよく育った。俺には似ないで、女らしさのある女になった。元の母親が、そういう人間だったのだろうな。凛奈の寝顔を横で見るたび、自分の汚さに気づいて吐きそうになった。

しかし、それも今日で終わりだ。

「先生。『私』はこれから、あなたの側に行きます」

先生に会うには、天に行くには。先生と同じように、子供を育てることが重要だと思った。「先生、私も女の子を育てました。顔は淡麗で、これから身体つきも変わってくるでしょう。先生が私を鍛えてくれたように、あの子も同じように鍛えましたが、筋肉のでき方が私とは違ったのでしょうか。あの子は胸が大きくなるばかりで、十三の彼女は成人した男性と大差ない力しかつきませんでした」

雨が降ってきた。タバコが吸えない…しかし通り雨だな。またすぐに吸える。

「彼女が私と同じように上手くやっていけるのか、私は不安です。ここに来る一年も前に、凛奈とは分かれてしまいましたし…ですから先生、一緒に行く末を見守りましょう。…あ、そうそう。彼女には凛奈と名付けました。元の母親から既に『りな』という名前をもらっていたようなので、漢字を覚えさせました。私と先生から一文字ずつ取って、『凛奈』です。素敵な名前でしょう?」

雨がやんだ。あぁ、空が綺麗だな。あの通り雨の雲、黒い雲を取り去ってしまったのだ。

下を覗き込む。空はこんなに綺麗なのに、どうしてこの街はこんなに汚いのだ。あぁ、下を見ていいたら気分が悪くなる。上を向こう。

「あぁ、話したいことがありすぎて、上手く飛び込めません。どうしましょう」

言った瞬間、誰かが後ろから走ってきた。しまった、選択を間違えたか。まぁそれでも良い。選択を間違えたからって、結果は変わらない。

最後に先生と、それに凛奈を思って、死のう。ついでに、これから私を突き落とすやつの顔も覚えて、呪ってやろう。

ドンッ、と音がした。刹那、振り向いてやる。

「あ」

呪ってやろうと意気込んだはいいものの、覚える必要はなかったようだ。

だってその顔はよく馴染みのある、懐かしい顔だったのだから。

落ちながら、叫んでやる。

「人生って面白いな!」


あるところに、少年を見つけた。たぶん、年齢は八…くらいかな。こういう子は大抵、見た目よりもずっと老けていない場合が多い。

ちょっと声をかけてみようと近づくと、その強烈な臭いに少し嗚咽を漏らした。ごめんね、君が汚いって言いたいわけじゃないよ。たぶん、ここはたぶんそれが基準で、私が基準に慣れていないだけなの。ごめんなさい。

「ねぇぼく、どうしたのかな?お母さんや、お父さんはいないのかな?」

「…」

無言、かぁ。ちょっと心にくるなぁ。

「私ね、あなたのちからになりたいの。だからお願い、返事をしてほしいな」

「…」

数秒間の沈黙。そして、目の前の小さな口は開かれた。

「…お父さんは、お母さんが殺した。お母さんは、お母さんが殺した」

「…」

参ったなぁ。今度は私が黙っちゃった。

「うーーん、そっか」

五秒、二十秒、一分。どのくらい時間が経ったのか分からなくなって、じれったくなって。

何をすればいいのか分からなくて、少年に変なことを聞いてしまった。

「お名前はなにかな?」

少年は答えた。

「りと。友達からはシャブって呼ばれてる」

友達…?ここらへんには子供のコミュニティが形成されているのかもしれない。

「わぁ、名前は素敵なのに…酷い呼ばれ方ね。どうしてそう呼ばれてるの?」

「…お父さんがクスリをやってたから」

「あちゃー…でもそれだけでそう呼ばれるなんて、ひどい話だね」

「そうかな…みんなそんなもんだよ。ねぇ、あんたの名前は何?」

「俺…じゃなくて、私の名前ね」

「うん」

少年がうなずき、髪が揺れる。顔が見えた。綺麗な晴れた空色の眼だ。

「私の名前はね、凛奈っていうの」

久しぶりに自分の名前を声に出したからか、変な感覚がした。

時計の針が動き出したような。止まっていた坂道の上の球体がゆっくりと転がりだしたような。そういう感覚だ。


「私」は、正解でしょうか。

「私」は、不正解でしょうか。

あなたから受け継いだ命は

この子に託しても良いのでしょうか。

あなたの血液は

皮膚は

髪は

筋肉は

この子のために使えるでしょうか。

「私」は、正解でしょうか

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