ゴブリンは魔人の悩みを聞きます2
「領主の子供たちは私たち魔人にも好意的です。しかし……」
「しかし?」
「次期領主は婿なのです」
「……なるほどな」
婿、という言葉でドゥゼアは事情を察した。
「娘しかいなかったんだな」
「その通りです。領主の子供はサリーを始めとして三人とも女性なのです」
家は男が継ぐもの。
ドゥゼアとしてはくだらないと思う価値観だが、多くの国、多くの地域ではいまだにそんな考えが根強い。
領主には子供はいるが息子はいない。
全員が娘であり、家の継承について問題となっていた。
そこで長女が相手を婿として結婚して婿に家を継がせることになったのだ。
「その婿とやらが魔人反対派なんだな?」
「それに私が有名になりすぎたことも悪かったのです」
ペクリャーナはため息をついた。
領主のやり方を引き継いで魔人と融和策を取ることもできただろう。
しかし次期領主の立場は非常に不安定なものである。
婿入りというだけでも不安な立場であることに加えて、他の町と違ってここには魔人という存在がいる。
加えて魔人の中でもペクリャーナの存在は大きい。
魔人の中心的な存在であるだけでなくペクリャーナの占いを目的として多くの人が訪れている。
今や町の一つの名物であり、ペクリャーナの言葉一つで言われるがままに動くような人だっているのだ。
ペクリャーナが大人しくしている保証はない。
自分がコントロールできないものを抱えている不安というものはどうしても大きい。
婿が領主を継いでから安定するまでの間に何も起きないように抑えることができないのなら排除してしまおうと考えるのも理解はできる。
「嫌なら町を離れればいい。なぜ俺に助けを求める?」
状況が悪くなっていることは分かっている。
ならば町から離れて逃げてしまえばいい。
「その通りですが……口で言うほど簡単ではありません。お分かりになられるでしょう? 魔人はどこまで行っても魔物で、全ての人が受け入れてくれるわけではないのです」
ペクリャーナは悲しげな目をした。
「どこへ行くというのですか? 私たちを受け入れてくれるところはありません。たとえ努力して根付こうとしてもこうして簡単に足元は崩れてしまう」
占いを通じて人々と交流して、だいぶ町に受け入れられてきた。
平穏な時が未来永劫続くなんて思うほど純情ではないけれど、落ち着けた時はあまりに短かった。
逃げてどこに行けばいいのか分からない。
ほとんどの国や町では魔人に対していい顔をしない。
魔人商人として少し滞在するぐらいが先の山である。
だが永遠に旅などしていられない。
どこか心を休める場所が必要となる。
「それで俺がどう関わってくる?」
「……どうか私たち魔人にとっての寄る辺になってくださいませんか?」
「なんだと?」
「魔王に至る道……あなたはその過程で魔物の国を作ろうとしていますね?」
「構想はあった」
「私たち魔人もあなたの国の住人となりましょう。魔人の力と知識はきっと国を興す支えとなるはずです」
ペクリャーナの頼みとはドゥゼアがこれから興すだろう国に加えてほしいというものだった。
ドゥゼアは魔物を集めて魔物の国を作ろうと考えていた。
魔物なら魔王を倒せるなら魔物を集めて軍隊にして魔王と戦えばいいと考えていたのだ。
これまで何度も転生してきた中でゴブリンの群れを支配下に収めたことがある。
わざわざ人を襲わなくとも魔物が生活できることはすでに身をもって知っている。
知恵のある魔物を集めればそれなりの集団を形成することができるだろうという構想は常に頭の中にあった。
「私を使ってください。私に従う魔人は多いでしょう。不安定ながら未来も見られます。戦いは苦手ですがラミアですのでそれなりに力も強くて……」
「いい」
「えっ?」
ドゥゼアの言葉にペクリャーナの胸に不安が浮かんでドキリとする。
ドゥゼアとの未来を見たが、それも確定なことではない。
あまり必死すぎて逆に嫌われてしまうこともあるかもしれないとキュッと心臓が掴まれた気分で感情の読めないドゥゼアの目を見つめる。
「言葉多く語りすぎると価値が下がって聞こえる。お前は堂々としている方がいいな」
ペクリャーナのお願いを聞いてドゥゼアは思った。
大いなる流れが動き始めた、と。
魔王を倒す道を少しずつ歩んでいる感覚はあった。
だがドゥゼアの背を後押しするような流れがきている。
多少目立っても動く時が来たのだ。
「まだ詳細な計画はない。国を興すのも口先の夢物語だ。それでも……俺に従うというのか?」
ペクリャーナは不安が吹き飛んで胸が高鳴るのを感じた。
瞳孔が縦に細長くなり、未来の光景が頭の中に流れ込んでくる。
不確定な未来のうちの一つに賭けた。
その判断は間違っていなかった。
「いつか……体を差し出すことになっても悪くないですね……」
「なんだ?」
「い、いえ! なんでもありません!」
魔王か、あるいは覇王か。
これほどまでに男らしく、大きな運命のうねりのど真ん中にいる存在は他にいない。
たとえ未来であんな光景を見ていなくともすでにドゥゼアに対してどこか心惹かれているとペクリャーナは感じていたのだった。




