ゴブリンは蛇に未来を見せます
「それで助けてほしいとはなんだ?」
「まあまあ、食べながら話しましょう」
緊迫の話し合いが続いていたのだが、その時にユリディカのお腹が盛大に鳴ってしまった。
ペクリャーナが食事に招待しますよと言って誘いを受けることにした。
実は最初から食事には誘うつもりだったらしい。
話の最中にはもうオルシオが準備を始めていて、ユリディカはその匂いを感じていたためにお腹が空いてしまったのだ。
ドゥゼアとしてはさっさとお願いの内容を聞きたいところなのだけど、ペクリャーナは食事でもしながらと笑う。
「……美人だな」
食事するのにフェイスベールは邪魔になる。
ペクリャーナがフェイスベールを取って顔をさらした。
目元だけでも美形なことは分かっていたけれどフェイスベールを取った素顔も美人であった。
「うふふ……ありがとうございます。ですが私は半分このようですし……」
ペクリャーナは褒められて目を細めて笑顔を浮かべたがすぐに少し寂しそうな顔をして下半身のヘビのところを撫でる。
ラミアとは半人半蛇の魔物である。
上半身は普通の人と変わりないが下半身の部分はヘビなのである。
「……だからなんだというんだ?」
「えっ?」
「下半身がヘビだからとお前の美しさが損なわれるわけじゃない。それにヘビの体も綺麗だぞ」
「あっ……そう、ですか」
思わぬ褒め言葉だった。
ペクリャーナは顔を赤くした。
顔を褒められることはあっても誰もがヘビの下半身には顔をしかめる。
他人など気にしないと思いながらもどこかでコンプレックスのように感じていたところを不意に平然と綺麗だと言われて嬉しかったのだ。
感情が昂って勝手にゆらゆらと揺れる尻尾の先をペクリャーナは掴んでテーブルの下に隠した。
このままでは勝手にドゥゼアの方に伸びて行ってしまいそうだったので危ないところだったとペクリャーナはさらに顔を赤くする。
「どうかしたのか?」
「いえ……なんでも…………ひええぇぇぇぇ!?」
「おい? なんだ?」
ドゥゼアがペクリャーナの態度の変化を不審に思って顔を覗き込む。
笑顔で応えようとしたペクリャーナの瞳孔が突然細い縦長になった。
その瞬間はペクリャーナは大きな声を出して首元まで真っ赤になってしまい、ドゥゼアは驚いた顔をした。
ペクリャーナが大声を出したのでみんなもペクリャーナを見ている。
「あっ、いえ、ちっ、違うのです……たまに勝手に未来の断片が見えて……」
ペクリャーナは目を隠す。
目がヘビのように細長くなった時は未来を見ている時なのである。
普段は滅多にならないが時々ペクリャーナの意思とは関係なく未来が見えてしまうことがあるのだ。
ペクリャーナは未来を見た。
未来は不確定なもので、見えたからと確実に起こるわけではない。
それでも何もしなければそうした未来がくる可能性は高い。
「顔を洗ってきます……!」
ペクリャーナが見た未来、それはドゥゼアに迫られるものだった。
なぜそんな状況になっているのか分からないけれど優しいトーンでヘビの部分を褒めながら、ヘビの鱗を優しく撫でるのだ。
ペクリャーナ自身もそれを受け入れていて、嬉しいとまで感じていた。
あれではまるで抱かれる寸前のようで、自分がドゥゼアのものになったような感覚をペクリャーナは覚えた。
「確かに……お仲間になる未来は見ましたけど……」
未来の中で自分は女性としてドゥゼアのことを考えていた。
少し前に見た未来ではドゥゼアの一配下となるぐらいのものは見ていたけれども、その光景だって俯瞰で見たので未来の中のペクリャーナがどんな感情を抱いていたのか今のペクリャーナには分からない。
心臓が激しく脈打っていて、ペクリャーナは自分でもなんの感情を抱いているのか分からなくなる。
「……どうして彼が王になるのか分かった気がします」
力のない魔物であるはずのゴブリンが魔王となる。
どうしてそんなことが可能なのかペクリャーナ自身でも疑問だったのだが、ドゥゼアには周りの魔物を惹きつける強い力がある。
単純な暴力とはまた違う一種の才能であり力でもある。
「恐ろしい人……」
そう言いながらも鏡に映るペクリャーナの顔はまだ赤いままであった。




