ゴブリンは洞窟を越えます4
「お願いってなんだ?」
難しいことでなければいいのにとドゥゼアは思う。
「洞窟に魔物が住み着いちゃった。それを退治してほしいの」
「魔物だと?」
岩の精霊は頷いた。
珍しいお願いだなとドゥゼアは思った。
精霊は人に親和的、友好的で手を出さない限り攻撃してこないような存在であるが、だからといって魔物に対して敵対的な存在でもない。
魔物だろうが人だろうが害をなさない限りは共生して生きていく。
そんな精霊から魔物を倒してほしいなんて言われるとは予想外だった。
「何があったんだ?」
何か岩の精霊に害をなすような魔物がいるということである。
精霊だって魔法を扱えて弱くはない存在のはずなのにドゥゼアたちにお願いするのなら事情があるのだろう。
「岩を食べるトカゲが出たの」
「岩を食べるトカゲ……ですか?」
「なるほどな」
カワーヌは首を傾げたけれどドゥゼアはそれだけで納得した。
「じゃああの崩落も……」
「その通り」
「はぁ……そういうことか」
「どういうこと?」
レビスやユリディカもシンクロして首を傾げる。
「岩を食べるトカゲ……おそらくオーアリザードという魔物だ」
「オーアリザード……」
デカーヌも聞いたことがないなと思った。
「岩を食べてその中にある鉱石を吸収する能力を持った魔物だ。あまり好戦的な魔物ではないがそこら中の岩を好き勝手に食べる雑食性を持っている。ほどほどならいいんだが結構食べるせいでこうした洞窟に住み着いた時には環境が荒らされてしまう」
多少荒れるぐらいならどうってことはないが荒れるだけじゃ済まないこともある。
その最たる例が崩落である。
岩を食べたことによって弱くなったところが崩れ落ちてしまうのだ。
岩の精霊は岩が本体だと言える。
多少食べられたところで何ともないけれど体を食べられているようなもので、そして崩落まで起こしてしまうと自分の住処がひどく荒れてしまうことになる。
オーアリザードと岩の精霊は極めて相性が悪いのである。
「そのまま放置しておくとこの洞窟全体が崩落してもおかしくはない。だから止めてくれってわけ、だろ?」
「うん」
「じゃあお願い引き受けようと思うけどみんなは?」
仮に嫌だというのなら事情は聞くし多少考えてもみる。
「困ってるなら助けてあげなきゃいけませんね!」
「なんでもよし!」
「ドゥゼアがやるなら」
「私はついていくぐらいしかできないので……」
「私はドゥゼアさんに従います」
オルケを皮切りにしてみんなが賛同する。
力を手に入れたからかオルケもこうしたことに前向きになっていた。
「よし、やるならさっさとやるか」
ーーーーー
「あっち」
「確かに音が聞こえるな」
岩の精霊の案内で洞窟の中を進んできた。
洞窟は思っていたよりも広いようでかなり複雑に内部が枝分かれしていた。
岩の精霊の案内なしではとてもじゃないが洞窟の中を抜けていくことは不可能だっただろうとドゥゼアは思った。
洞窟を進んでいくとガリガリという音が聞こえ始めてくる。
これはオーアリザードが岩を食べている音だった。
「食べてる」
まだ戦い始めることはせず少し顔を覗かせてオーアリザードのことを観察する。
洞窟などに暮らすことも多いオーアリザードであるが完全な暗闇の中で活動できるような目は持っていない。
魔法で小さい炎を出して視界を確保している。
オルケなんかには厳しいぐらいの光量だがオーアリザードにとってはそれで十分に周りが見えている。
離れたところから見ると小さい炎が浮かんでいる。
暗闇に強いドゥゼアやレビス、ユリディカにはオーアリザードの姿がちゃんと見えていた。
「……私には見えません」
オルケがいくら目を凝らそうとも小さい炎とその横に何かうごめくものがあるぐらいしか分からない。
「私にも見ませんね」
「私も……」
オオコボルトも能力は多少高いがコボルトである。
コボルトはゴブリンのように暗闇には強くなく、オルケと同じくあんまりよく見えていない。
「あれがオーアリザード?」
「……いや、あれはオーアリザードじゃない」
ユリディカの目には岩の壁を鋭い牙でガリガリと削って食べている大きなトカゲの姿が映っている。
トカゲだしオーアリザードなのだろうとユリディカは思ったのだけどドゥゼアは違うと言う。
「違うの?」
レビスが首を傾げる。
また別の岩を食べるトカゲがいるなんてそれは考えにくいのにオーアリザードではないとはどういうことだろうかと不思議がっている。
「この山には何か鉱石があるのか?」
ドゥゼアは岩の精霊のことを見る。
「ミスリルがある」
「だからか」
「……何が違う?」
「オーアリザードてのは鈍い銀色をしたトカゲなんだ。だがあいつを見てみろ」
「青い」
「そうだな」
ドゥゼアに言われてレビスが改めてトカゲのことを見る。
トカゲは鈍い銀色ではなくうっすらと青く、表面もツヤツヤと輝いているように見えた。
ドゥゼアの言っているオーアリザードの姿と少し違う感じがしている。
「じゃああれ何?」
「ミスリルリザードだ」
「ミスリル……リザード?」
オーアリザードではなくミスリルリザードであるとドゥゼアが言って、レビスはまたしても首を傾げた。




