ゴブリンは敵を考えます2
『ならば誰がブラッケーをそそのかし、カジアを狙っているのか分かるか?』
カジアを狙ったのはオゴンではなかったし、そもそもブラッケーはオゴンがカジアのために送り込んだ人だった。
ブラッケーが急に思い立ったようにカジアを殺そうとなんてするはずがない。
となるとそうするように仕向けた黒幕がいるはずだ。
オゴンは頭を抱えたまま黒幕を考える。
『……分からない』
『そうか』
しばし考えてオゴンは顔を上げた。
『いや、分からないといっても全く目星がつかないわけじゃない』
『なに?』
『人間に勝利して我々は国を得た。結束は強く安定しているように見える。……表面上はな』
『どういうことだ?』
『カジオ兄さんも分かっているだろう? 俺たちは獣人などと言って一つの集団かのように装ってはいるが、その実一つではないということを』
一つの国を持ち、獣人という一つの呼称の下に団結しているが元々獣人はそれぞれバラバラの氏族の集まりであった。
たとえばカジオの獅子族やブラッケーの黒猫族のように同じ獣人の中でも別々の氏族に属しているのである。
『奴隷からの解放、そして戦争が俺たちを一つにまとめていたに過ぎない。平和になった今裏側では獣人たちはまた互いに牽制し合っている』
オゴンは深いため息をついた。
『どうしてそんなことに? 王は何をしている』
『王だと? それもまた問題なのかもしれないな』
『今はカジイラが王だと聞いた』
『知っていたか。カジイラが王なのもまた問題なのだ』
現在の獣人の王はカジオの弟であるカジイラである。
『そもそもカジイラが王となれたのは実力ではない』
カジイラが王になれた理由は象徴が必要だったからである。
オゴンがカジオを裏切って殺した。
そしてそのオゴンも周りの信頼を失って権力と足を奪われた。
カジオとオゴンは戦争でも功労者であり、その強さや人望も獣人の中で一、ニを争う。
そんな2人が王たる候補からいなくなった。
ここからすでに獣人の争いの火種は起こっていたのである。
誰が王になるべきか。
カジオやオゴンが王になるなら仕方ないと思っていた獣人たちが目の色を変えた。
獣人たちの間では最初の王に誰がなるべきなのかの議論が交わされた。
カジオやオゴンに次ぐ功労者や力の持ち主が王になるべきだという意見もあれば、人間に対抗するために頭の良いものがなるべきだという意見もあった。
仮にカジオやオゴンに次ぐ功労者や実力者を王にするとして誰がそれに相応しいのか。
絶対的に力のある相応しい者がおらずに誰が王になるべきかの議論は前に進まなかった。
『そこで獅子族全体でカジイラを推すことにしたのだ』
その時はまだオゴンにもわずかに発言力が残っていた。
獅子族は全体として戦争において貢献をしていた氏族である。
さらにはカジオやオゴンの出身氏族でもあるので氏族としての発言力があった。
カジオの弟であるカジイラは穏やかな気性の持ち主で暴君となる危険が少なく、それでいながら頭もいい人物であった。
王としても上手くやれるだろうと思われた。
さらには獅子族であることも大きい。
獅子族は人間を相手にして恐怖を与えた象徴であり、獣人からすれば心強い味方の象徴である。
対外的な意味やオゴンたちの推薦もあってカジイラは王となったのだ。
『しかし未だに王の座を皆狙っている。さらには人間も獣人の国に揺さぶりをかけているなんて言って回る連中までいる』
『……そのこととカジアが狙われることになんの関係がある?』
『最近カジイラの体調が優れないという噂も出回っている。そうなると人々の関心は次に誰が王になるかなのだ』
普通の国なら世襲で王の子供が王を継ぐのだが獣人の国は違う。
たとえ王の子供でも実力がなければ王になることは許されない。
『カジイラの子供はまだ幼い。王たる器だとしてもそれを発揮できる年齢ではないのだ。だが人間の慣習に従ってカジイラの子供を担ぎ上げようとするものもいる。けれどそうしたことが可能であればある種の邪魔な存在がいることに気付く者もいるかもしれない』
『それが俺の息子か?』
『そう……獅子王の息子。まだこちらも幼いが担ぎ上げてコントロールするのは簡単だし象徴としても相応しい。才能も期待できるだろう。だが自分が王になりたい連中にとって、そんな存在は邪魔でしかない』
『そんな理由で……』
ドゥゼアも聞きながらあり得る話であると思った。
どこの世界でも頂点に立つことの魅力は争いがたいものがある。
一国の王になれるという栄誉に預かれるのなら多少の犠牲は厭わない心の闇は誰にでも生じうるのだ。
権力に興味のないカジオにとっては理解のできない行動だが人間の思考も持つドゥゼアには理解できる話だった。
そして妙な噂、人間が獣人を揺さぶっているというのもあながち的外れなことでもないと思う。
人側があえて流した噂か、獣人の誰かが気がついたか、それともただの妄言かは知らないが、領地を奪われた人間がただ大人しくしているとは思えないのだ。




