ゴブリンは父親にお願いされました2
カジアは知らない。
父親が息子のためにゴブリンに膝を折っていることを。
「……いいか、俺の優先は俺の命と、俺の仲間の命だ。それだけは忘れるな」
『分かっています』
「あと話し方はいつも通りでいい。気持ち悪くてしょうがない」
『…………感謝する、我が主君よ』
「感謝するのは全てが終わった後だ。どうなるのか誰にも分からないんだからな」
何かの頼み事を引き受けるのは今に始まった事ではない。
子供を暗殺者に殺させようという気概も気に入らない。
「俺たちがお前を助けてやる」
『なんで……どうして?』
地面に書かれた文字を見てカジアに動揺が走る。
目の前にいるドゥゼアというゴブリンの真意が一切理解できない。
ブラッケーを倒して助けてくれたことや文字を操り意思の疎通を図ろうとすること、そしてさらにまだ助けてくれようとすることなどゴブリンが絶対にやらないことである。
誰からも見放されたと思ったら魔物が助けようとしてくれる。
カジアは夢でも見ているような気分だった。
ドゥゼアもカジアの動揺は理解できる。
知らない他人から助けてやるといきなり言われても困惑するだろう。
なのに魔物であるドゥゼアからそう言われても理解しがたい状況であることは簡単に想像できる。
子供なら尚更判断に困るはずだ。
けれどダラダラとカジアの決心を待っていてやる気もない。
「さっさと決めろ。助けが必要ないのなら俺たちはお前を置いていく」
同じ人であるならば助けを必要としていなくても無理に助けてもいいかもしれない。
だがドゥゼアたちは魔物だ。
助けられる側がそれを受け入れて協力してくれないと厳しいと言わざるを得ない。
「お前には獅子王がついている」
『えっ?』
突如として地面に書かれた獅子王という文字にカジアは目を丸くした。
“きっとあなたには獅子王がついて守ってくれているわ”と母親のヒューが言っていたことを思い出した。
獅子王というと現在の獣人たちの王である。
どうして獅子王がと疑問を口にしたカジアにヒューはその獅子王ではないと答えた。
意味は分からなかったがドゥゼアが書いた獅子王という言葉も今の王様ではない、そんな気がカジアにはしていた。
『……助けてください……ゴブリンさん……』
魔物に助けられたと知ったら人はカジアを蔑むかもしれない。
だが今のカジアに他に選択肢はなかった。
目の前にいるドゥゼアの顔はカジアにとって怖い。
けれどもよく目を見ると理性的で、その瞳の奥に優しさのようなものを感じた。
ーーーーー
「チッ……あいつマジなんなんだよ」
巨大なハンマーを肩に担いだ白いウサギの獣人は盛大に舌打ちした。
ただ子供を殺すだけ。
それもなんの訓練も受けていない貧弱なガキをだ。
そこらの浮浪者に頼んだって簡単にこなしてくれるだろう仕事なのに連絡が途絶えた。
相手を痛めつけるような趣味もないやつが子供を殺すだけでこんなに時間をかけるなんておかしい。
「多分あっち」
黒い犬の獣人が鼻を動かし空中のニオイを嗅いだ。
スタスタと歩いていく犬の獣人にウサギの獣人はついていく。
「多分ってなんだ?」
犬の獣人の横に並んだウサギの獣人はジロリと隣を見下ろした。
犬の獣人は小柄でウサギの獣人の方が頭一つほど大きい。
「多分は多分」
「……はぁ」
犬の獣人はその冷たい目をウサギの獣人に向けることもなく足を早める。
「どうした?」
「臭い……」
「なんだと? なんのニオイだ?」
「焦げ臭い」
「焦げ? こんな森中で何燃やしてんだか……まさか」
「あっち」
ウサギと犬の獣人は焦げのニオイが強くなっている方に向かった。
「おいおい……ウソだろ?」
焼け焦げた黒い塊が地面に落ちていた。
もはやそれがなんなのか判別はつかないがウサギの獣人はそれを見て嫌な予感しかしなかった。
「あのバカ……やられやがったな」
ブラッケーの痕跡を追ってきて、そこにブラッケーはおらず黒焦げの何かがある。
となれば答えは一つだ。
「まあいい、やったやつ探すぞ」
「……無理」
「んだと?」
「焦げ臭くて、分からない」
辺りにはブラッケーが燃えたひどいニオイが漂っている。
ここに何がいたにしてもニオイで探し出すのは難しい。
「……クソッ。なら帰って報告だ。バカが失敗ってな」
得るものがないのならここにいても仕方ない。
ウサギの獣人はさっさとその場を去ろうと踵を返す。
「行かねえのか?」
「ん、行く」
冷たく黒い塊を見下ろしていた犬の獣人もウサギの獣人の後を追う。
「じゃあね、ブラッケー」




