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竜操の記憶  作者: ぽぽの
第一章 竜の神託
6/14

六 その日、怒りと絶望を宿した。

 対戦相手は青い髪の少年。所定の位置に着いた二人はそれぞれの竜を呼び出した。


「グレン、よろしく」


「ま、任せろ……!」


 グレンは声を震わせ、翼をパタパタ動かし徐々に前に出る。


 対して相手は蒼白な鱗を持つ飛竜だ。垂れ下がるほど大きな翼を見ると、グレンが呑まれてしまいそうだった。


 二体の竜を目の当たりにした子供たち、それから大人がざわつき始める。体格差が違いすぎるせいか、グレンを見る目が冷ややかだ。


 それは間を取り持つ先ほどの役人も同様で、戸惑ったが、合図をして試合の幕を上げた。


「グレン、いけーっ!」


 ルオは開口一番、指を突き出しながら言い放つ。


 前の数試合でも、そんな漠然とした命令は散見された。子供たちは初心者なのだから、仕方がないと言えばその通りだろう。


 しかしグレンはあたふたしていた。とりあえず突進するが、蒼白の飛竜の片翼に弾き飛ばされた。


 グレンは短い悲鳴を上げながら、壁に激突した。大衆の誰もが感じていたが、勝負にならなかったのだ。


「勝負になんねーな!」


 馬鹿にした声がルオの耳に逆らう。


「グレン!」


 ルオはグレンを抱き上げる。


 グレンの意識はあり、目を開くと不安定に飛翔した。


 まだやれる。そんな意思がひしひしと伝わり、ルオは相手の少年に、


「もう一回やらせてください!」


 と言って頭を下げた。


「いいよ。じゃあ何か攻撃してみてよ」


 少年は腕を組み、有頂天な物言いで投げかけた。


「グレン、火を吹いて! ……できるよね?」


 ルオはグレンの眼を見て問う。


「やるっ」


 グレンは大きく息を吸い込んだ。そのつもりなのだが、体の膨張具合はどうだろうか。人間が頬を膨らませる時より少し大きい程度だ。


 そして、思いっきり体内の空気を放出した。炎も出して勢い轟々に。


 ――とはならなかった。


 何も出なかった。ただの大げさな呼吸をしただけに過ぎなかった。


 会場は笑いに包まれた。それも侮辱を多分に含んだ。


「グ、グレン⁉ 何してるの!」


 ルオはグレンに攻撃を催促する。


 しかし、グレンはただただ独りでに疲弊するだけだった。炎が吐けないのであれば、小さい体のグレンには成す術がなかった。


「もういい。やってやりな」


 相手の少年は呆れて、蒼白の飛竜に命令する。叩き潰せと。


 その通り、飛竜は長く頑丈な尻尾を縦に振り下ろす。グレンは押し潰され、床に亀裂が入り、その隙間にめり込んだ。


 グレンは自力で抜け出すこともできない。非力すぎるその様に、会場が再び嘲笑に包まれた。


「グレン……!」


 ルオはグレンがここまで何もできないとは思わなかった。初対面時に感じていた失意が再び胸の奥から込み上げてきた。


 そんな時だ。ギャラリーから一人の子供が野次を飛ばした。


「こんな無力な竜は国の恥晒しだ!」


 便乗してもう一人も言う。


「息も全然合ってないし、ダメダメだ!」


 その後、口々に悪口が放たれた。グレンを排他するかの如く。


 終いには、


「あいつはゴミだ!」


 と信仰している竜に対して吐く言葉としては考えられない罵声を浴びた。


 そして大衆の非難は加速する。


「ゴミ竜……。アレにはそれがちょうど良い!」


 それを機に、次々に“ゴミ竜”コールを始める。


 ルオの目には涙が溜まり、全身を震わせて、それが零れていく。


 さらに唇を噛み、この空間から逃げるように駆け出した。


 一連の事態を国王は静観しているが、娘は当然看過できなかった。


「ルオ、待って!」


 ティリアは場の悪ノリを諫めることに努めていたが、彼女一人の言葉では歯止めが効かなかった。ルオの遠ざかる背中を見て、追いかけようとするが、席の四方八方は野次を飛ばしていた子供と大人で埋まっており、身の自由が縛られていた。


 一方で、“ゴミ竜”と揶揄されたグレンも、ルオの背中を見つめていた。しかし視界が霞み、意識は朦朧としていた。そんな中、身を捩って床から抜け出すと、


「ま、待って……」


 ひ弱な動きで彼を追いかけた。


 ルオはそれから宮殿を抜け出した。そして朝の往路を辿る。


 どうして気持ちがこんなにも沈むのだろう。これまで捧げてきた祈りと、竜操士になりたいという思いは一体何だったのだろう。自分だけ報われなかったのだろうか。皆ばかりどうして立派な竜を貰っているのだろうか。


 ルオの脳内は自責にも他責にも溢れ、気付けば自宅のある通りまで戻っていた。


 後方からはグレンが見失わないよう、気力を振り絞り距離を詰めている。流石に、子供の疾走よりは速かった。


 ルオはあろうことか自宅を通り過ぎた。その真意は本人のみが知る所だが、そこからさらに通りを何本か跨いだ時、グレンはルオの進路を塞いだ。


「ル、ルオ……どこ……行くの?」


 グレンは憔悴していた。


「……て」


 何と言ったか分からず、グレンはルオに寄りつくが、


「どいてよ!」


 彼は感情のままに腕を薙ぎ、グレンを除けた。


「ル……オ……?」


 グレンは目を丸くする。


「こんなはずじゃなかった……。今日は僕の人生の新しいスタートになるはずだった。それなのに……それなのに……!」


 ルオはグレンを辛辣に睨み下ろす。


「どうしてこんな屈辱を受けなきゃいけないの……。こんなことになるなら……竜操士になるなんて言わなきゃよかった!」


 ルオは再び走り出した。それも自宅から遠ざかる方向に。


 置き去りにしたグレンのことを気にも留めず、一度も振り返ることはなかった。


 それから彼の姿を見た者はいたのだろうか? 国の一大行事のあった日の夕方だ。人はちらほらと歩いていたが、(いち)少年を気にかけるほど彼らも暇ではない。


 最後に目撃されたのは、とある港町から出港する船に乗った姿。


 ルオは十二年過ごした故郷を出国したのだ。

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