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竜操の記憶  作者: ぽぽの
第一章 竜の神託
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二 その日、神竜の声を聴いた。

 宮殿内の開けた空間。他の場所に比べれば簡素な雰囲気だが、天井は突き抜けて高く、解放感は十分だ。今はここに大勢の子供たちが体育座りで密集していた。


「そろそろだね、ルオ」


 ティリアは喧騒の中、ルオに耳打ちする。


「うん……」


 ルオは覇気がなかった。少し声も震えていた。


「もしかして緊張してる?」


 ルオは、声は出さずに小さく頷いた。


「期待が空回りしてるのかな? そういう時はーっ……」


「うわぁーっ⁉」


 ルオの大声は周囲の注目を集めた。そして彼らはその光景に黄色い声援を飛ばす。


「はーなーせっ!」


 ルオは、抱きついてきたティリアの腕を振り払いたい。しかし抵抗は敵わない。彼らはまだ十二歳。肉体の発達の途中だ。


「やだやだーっ!」


「ティリアはお姫様なんだからさ……言動……特に行動には気を付けた方がいいよ」


 声援はまだ聞こえるが、だいぶ収まった。


「うーん、善処する」


「こりゃ駄目だ」


 ティリアが善処すると言った時には、それは改善の意思がない証拠だ。ルオは幼い頃からの彼女の常套句を知っていた。


「ちょっとは元気出たかな?」


「うん、ありがとう」


「どういたしまして」


 それからしばらく、百を余裕で超える子供たちの声は何かしらの話題で止むことはなかったが、


「全員静粛に!」


 深みのある低い声が場を収めた。役人の中でも上位にいそうな、鎧姿の男だった。


 遂にその時が来たかと、硬直する子供もいれば身震いする子供もいる。


「これより竜の神託を受ける儀式を執り行う。列を成してついて来い」


 子供たちは何も言わずに立ち上がると、大人しく命令を聞き入れ行動に移した。


「ル、ルオ、ドキドキするね……」


「さっきの言葉、そのまま返すよ」


 列からはみ出ないように歩いて進むと、二人の視界は開けた。


 宮殿の最奥。中央に広がる優美な空間を進めば祭壇が待ち構え、床から天井までを埋める高さの、後ろ脚で立つ猛々しい巨竜の像が見下ろす。


 数名の鎧姿の役人が子供一人ずつに立ち位置を指示し、細かく列を整備する。竜の御前で失態は許されない。誰もがそう感じていたであろう。


 それから待たされること数分。同じ空間の上階部分のギャラリーの賓席に、一人の男が姿を現した。


 もはや私語は慎まなければならない。ルオは、あの人がティリアの本当の父親かと、ぼんやり見つめていた。


 ティリアの父親、すなわちドラゴメルク国王は祭壇の手前の集団を左右の端から端に視線を配っているが、そのスピードは心なしか速い。


 背後から忍び寄った側近が、あちらです、とルオ……の一つ後ろの実の娘を示すと、国王の表情は安堵から緩んだ。


「ドラゴメルクの子供たちよ。今日はよくぞ集まってくれた。これより竜の神託を賜る儀式を執り行う。心するように」


 国王の粛々とした声。その直後、様子を見計らったローブ姿の女性が子供たちの前に歩み寄る。そして祭壇へ続く階段を上っていく。


 彼女は“竜の巫女”と呼ばれる、竜の声を傾聴する、国に唯一無二の存在だ。


 女性は竜の巨像の前に跪き、目を閉じ頭を下げ、胸の前で両手を組むように握って深い祈りを捧げる。


「神竜様、今年も時節が巡って参りました。無力な私たちに、どうか竜のお力を、竜の加護をお与えください」


 女性に合わせて国王が、役人が、子供たちが、さらにはギャラリーの親たちが同じ姿勢を取った。


 長く感じた無言の祈りを捧げることで、巨像の目が白く光り、同じ光で巨像が淡く包まれる。


 宮殿を中心に周囲の大地が揺れ、祭壇の台座上の空間に歪みが発生した。


 渦を巻いた魔訶不思議なものだった。まるで幻承竜界と繋がっているような。そう思えば、好奇心よりも恐れ多さが勝った。


『汝らの願い、聞き入れたり』


 空間一帯に奥ゆかしい老婆を彷彿とさせるような豊かな、しかし威厳ある声が響いた。


『さらば、我らの同胞を預けん』


「よろしくお願い致します」


 竜の巫女の女性は最後に一礼をすると降壇した。


『では順番に呼ぶゆえ、滞りなく我の前に出でよ』


 何を呼ぶのか。もちろん名前しかない。


 姿も形も分からないが、自分たちの崇める最上位の存在である神竜から名を呼んで貰えることなど、子供たちの中で誰が予想できただろうか。


 祭壇に向かって右の列。その先頭から順番に名前が呼ばれていく。子供たちは自ずと引き締まった顔で、壇上に上がっては下がる。この繰り返しだった。


 竜の神託を受ける条件は三つある。


 一つ目は、ドラゴメルクに生まれた人間であり、その地を離れずに竜に信仰を捧げて生きてきたこと。


 二つ目は、竜と心を通わせる資質があり、竜の神託を受ける意思があること。


 三つ目は、十二歳を迎えていること。なお神託を受けるには、その時から一年以内でないとならない。


 なぜ十二歳でなければならないのか。その明確な理由は公表されていないが、若いうちから経験を積むことと、スタートラインを揃えること、竜の神託を人生で何度も受けるようなことがあってはならないために機会が一度だけに限定されているのではないか。人々の間では、そう囁かれていた。


 儀式の後半になると、ルオの番が巡ってきた。


『次は……ルオ。前に出なさい』


「は、はい!」


 歩みはゆっくりでぎこちない。


 自分のことをいつ知ったのだろう。『神竜様はいつも見守っている』という宗教文句は強ち間違っていないかもしれないと思いつつ、階段に足を掛ける。


『こちらに』


 神竜の手招きが見える訳ではないが、ルオは渦に全身を近づける。


『汝に問おう。如何なる試練をも乗り越え、竜と生を共にする覚悟はあるか?』


 ルオは唾を飲み込み、


「はい」


 意思の籠もった瞳と声で答えた。


『ならば両手を差し出せ』


 言われるがまま、水を(すく)う時の様な形状を、両手を合わせて作る。


 すると渦の奥から、直径五センチメートル程度の球の形をした赤い光を授かった。


『汝に竜の加護を』


 ルオの全身も一瞬だけ赤い光に包まれた。


「ありがとうございます」


 一礼したルオは列の隙間に戻った。座る直前にティリアと目が合い、


「うわぁ……いいなぁ」


 羨望の眼差しを向けられた。


「次じゃないか。ほら、呼ばれたよ」


「うん、行ってくるね!」


 光の球が現れていたのは祭壇上にいた時だけだった。だが、決していなくなった訳ではない。ルオは胸の奥で温かみを感じていた。


 しばらくしてティリアが戻ってきた。


 そう言えば、ティリアに発された光の色は自分と違っていたなと思ったが彼女に限った話ではないので少し気に留めておく程度だった。


「ただいまぁ」


 囁かれた声からは喜びの感情が滲み溢れていた。その現象は顔にも顕著に見られた。


「神竜様の前でも、そんなだらしない顔してたの?」


「しし、してないよ! そんな……!」


 両手を大仰に振るティリア。


「そこ、静かにしろ!」


 身が竦むほどの大声が、彼女を咎めた。相手が姫だと分かっていても、役人は容赦なかった。


「はい! すみません!」


 周囲の子供たちは笑いを立てることもなく、驚嘆と謝意が半々の声がむなしく響いた。


 神竜は彼女たちのやり取りを気にすることなく儀式を進めていた。


 それでも神竜の前で場を乱してしまったことを、ティリアは反省する。同時に、賓席で見物している父親の様子が気になるが、目を向けることはできなかった。


 以降は大きなアクシデントもなく、儀式は終了まで導かれた。神竜の前で再度祈り、感謝の意を伝えると、


『汝らの行いに期待しているぞ』


 神竜は空間の歪みの消滅と共に気配を消した。

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