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竜操の記憶  作者: ぽぽの
第三章 仲直り
13/14

二 少年少女は怪異に恐れる。

 山道が薄暗い。道を挟むように立ち並ぶ木々が不気味に揺らぎ、木の葉が舞っている。


 木々の奥は既によく見えず、先行きが不安になるルオたち。後方をティリアとミルファが歩いてついて来ているが、それよりもより大きな存在感を感じている。


「ティリアちゃん、ブランカはゆっくり歩かせてね」


 ミルファは恐る恐る言う。実は、釘を刺すのはこれが三回目だ。


「分かってるよ。でも、これ以上は小さくならないよ」


 対抗心を燃やすように、しかし囁いて言い返すティリア。

 何が彼女たちを慎重にさせているのかと言えば、モンスターの存在だ。


 昼間は安全な道ではあるが、夜間はそうも言っていられない。野生で生き延びるモンスターはきっと五感が優れている。だから最低でも物音を立てずに移動したいのだが、ブランカの歩行は周辺の大地を揺らしている。


 かと言って、ブランカを光に変換する訳にもいかない。グレンの匂いを辿ることが、最も確実な探索方法だからだ。未熟な今は、役割を光の状態で遂行することが難しい。


 仮にブランカの立てる騒音によってモンスターが襲ってこようが、ブランカの竜としての種族格差を考えれば、対処に困ることはないはずだ。そう考えると自己完結していてそこまで懸念することでもないが、火種が少ないに越したことはない。


「ブランカの様子は?」


 ルオは後方を一瞥して聞いた。


「待ってね。……ブランカ、どう?」


 ブランカが鼻で示した方向は、まっすぐ進行方向だ。

「まだ道なり……か」


 ルオは安心するが、後にそんなことを言っていられなくなった。


 グレンが修行に利用していた中腹まで来た時だ。


「グレン、いる?」


 ルオはそっと声をかけてみるが、返事はない。そして姿も見えない。


 嫌な予感というのは、まさにこの状況で感じるもののことだろう。三人は全身に寒気が走った。


「ブランカ、もう一回匂いを辿って」


 その結果示されたのは、道から外れた茂みの向こう側だった。一応、さらに上に行くための山道も続いているが、三人はブランカを信じることにした。


 流石に茂みの中を竜の巨体が進むことは敵わなかった。無理にでも通ろうとすれば、木々が倒壊するだろう。


 ブランカは光に変換され、ティリアの懐に入った。


 三人は途端に心細くなった。空間の人口密度が小さくなって夜風に敏感になった。そして夏でもないのに生暖かくて、さらにめまいも感じ始める始末だ。


「みんな、具合悪くなったりしてない?」


 ミルファの言葉はまるで遠足を引率する先生の台詞だが、和気藹々とする気配は微塵もなく、


「私は大丈夫。ルオは?」


「僕も大丈夫。それよりも周りがよく見えないな」


「あっ、それなら私のランタン使って」


 ルオはミルファからランタンを受け取る。しかし三人が持っている光源はこのランタン一つだ。それが誰の手に渡ろうと、視界の悪さは解決しない。ブランカの光は淡すぎて頭数には入りやしない。


「ところで、ここからどこに行けばいいの?」


 道なき道を行けば、当然その疑問が付きまとう。ミルファはそう言いながら、見えもしない遠方に向かって目を凝らすが、


「うわっ!」


 二人が答える前に一人で勝手にじたばたした。


「なにー⁉ 今、顔に何か当たった」


「虫か何かじゃない?」


 平然として言うティリアだが、


「ティリアも虫ダメじゃん」


 後ろ指をさされた気分になり、


「それは今言わなくていいじゃんーっ!」


 ルオは背中を軽い拳で叩かれた。ティリアは大人ぶりたかったのだろうか。


 だがそんな彼女も、数秒後に顔の前を大仰に手で払う。


「きゃっ、虫!」


 確かに、ルオがティリアの虫に関することを言う必要はなかったようだ。


「何が飛んでるんだ……ハエ?」


 ルオの視界はランタンで照らされているため、容易にその正体を確認できた。


 ハエは三人の周りを飛んでいるというよりは、別の一点に向かって流れているように見えた。その方角をルオが目で追うと、


「……っ!」


 心臓が強く鼓動した。


 ルオは足を止め、その場に膝をつく。


 女子二人は大丈夫かと声を上げて寄り添う。ハエなんか気にしていなかった。


 めまいが激しくなり動悸が止まらなくなったのかと問われたが、そういう訳ではなかった。


「グレンが……呼んでる」


「えっ、ちょっと……ルオ!」


 ルオが早足で茂みを掻き分け進むものだから、二人は焦った。彼の気がおかしくなっている可能性も考える一方で、グレンと共鳴しているという可能性も否定はできなかった。


 視界が開けた時、三人が集落からどの程度離れた場所にいたかは全く不明だ。しかしこんな異界じみた光景が広がっていたことに、それぞれが息を呑んだ。


 閑散とした広場の中央に輪を形成している十本以上の木々。だが冬でもなければ生育に不適当な土壌地帯でもないこの地では、違和感しか覚えない枯れ木の姿だ。


 その幹に人為的に掘られたかの如く深い痕は、まるで顔に見える。いや、生命を宿した顔なのだ。


 枯れ木は時計回りに歩いていた。幹から伸びる手の役割を持った太めの枝を、ゆっくり上下に動かして。


「な、何あれ……」


 ルオは当然のようにミルファに説明を求めるが、


「私も知らないよ、あんなの」


 集落の人々は夜の野山を探索したことがない。あんな不気味なモンスターがうろついているのを知ったら、たとえ昼でも山に登りたいと思うだろうか。


 回る枯れ木の中心には、一回り大きな枯れ木が立っていた。その手の上には、


「ねえ、あれグレンじゃない⁉」


 声を潜めてティリアが指差した。


 暗闇に包まれていても辛うじて分かった。赤く小さな全身は一見すれば果物と間違えそうだが、目線の先にいるのは気絶した幼竜だった。


「グレン!」


 ルオは衝動的に足が動くが、


「ちょっと、どうするつもり?」


 ミルファに腕を掴まれ制止させられる。

「グレンを助けなきゃ。あの枯れ木、見た目はヨボヨボしてるから体当たりすればバランスを崩すかも。僕が囮になるから、二人でグレンを回収してくれないかな?」


 今考えついた拙い作戦をスラスラと述べるが、二人は良い顔をしない。


「無茶言わないで。確かにグレンを助けなきゃいけないけど……。子供の私たちだけで何とかなるの? ここは一旦集落の皆に――」


 ミルファが冷静を保ちながら語ったその時だった。


 枯れ木たちの様子が豹変した。か細い唸り声を上げ、まるでグレンに縋って崇めているのか、感情の起伏が激しくそれが行動にも現れている。


 まさかグレンのことを信仰しているのか。しかしモンスターがそのような文化を持っていることを、聞いたことはない。


 不気味な音は周辺の木々に木霊し、風が不穏に吹き荒れる。


「何あれ⁉」


 ティリアは目を丸くして枯れ木たちのさらに奥を指した。


 この場所は森林地帯にポツンと存在する円形の小空間。そこへ繋がる道もそこから繋がる道もないはずだ。


 だが、三人が目を向けた奥の一箇所において、木々が隠していた道を開けたかのように消え去ったのだ。


 そして地響きが鳴り渡る。


 立っているにも苦労する大きな揺れだ。


 手近にあった普通の木に掴まってバランスをとる三人。


「じ、地震?」


 タイミングの悪さに不安が大きく募るミルファ。


 揺れはさらに大きくなるが、どうも自然災害ではないようだ。


「違う……」


 ルオは真っ先に捉えたその原因に畏怖する。


 開かれた道幅をちょうど埋め尽くす何者かの影。粘性のある音を周期的に発しながら接近し、毒々しい方面に色鮮やかな葉をまとうその姿は、まさに自我を持つ巨大植物だ。


 根を地面に張りながら動いているのが、地響きの根本的な原因だった。その植物モンスターが通り過ぎた地面は隆起していた。


 植物モンスターは全身から小さな花を咲かせていて、そこから甘い香りが漂っている。


 いや、甘い香りはそこからだけではなかった。


 中核を構成する巨大な蕾。直径十メートル以上もあって何でも飲み込んでしまいそうなそれは、心臓でも入っているのかと思わせるほど強く鼓動していて、その蕾が開いたかと思えばまた閉じる。その一瞬に、強烈な甘い香りが匂うのだ。


 ハエがそこに群がり、植物モンスターの周囲を鬱陶しく飛び回っている。しかしそれらは蕾に飲み込まれた。内部には甘さ抜群の消化用の溶解液が溜まっているようだ。


「ひっ……」


 ティリアは息を呑む。三人共々顔面蒼白だった。


 あれはただの植物モンスターではない。食虫植物だ。


 そう理解した時には足が大きく震えていた。


 食虫植物に群がる虫が消えてから、枯れ木たちは食虫植物に向かって歩き始める。


 彼らを時間をかけ飲み込むのか?


 そんな蕾から枯れ木の半身が抵抗できなくして藻掻く姿など、誰も見たくない。


 食虫植物に捧げる生命ならばいるではないか。


「グレン!」


 無防備な赤い幼竜の姿が再び目に入った時、ルオは恐怖を捨て、茂みを飛び出していた。

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