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竜操の記憶  作者: ぽぽの
第二章 逃避の先に
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四 寒々しい空間に光が差して。

「はぁ……寒い」


 小さな暗い空間の隅に独り、ティリアは丸くなっていた。


 模擬戦を抜け出したルオをティリアが追いかけることができたのは、その直後に国王が場を収めてからだった。竜の神託を受けた者が他者を、それも同士を貶める行為に及ぶことを一体誰が許そうか、と説教を垂れていた。


 ティリアはそれから宮殿を後にしたが、ルオの姿を見ることはなかった。


 ルオの自宅に突撃し、彼の母に事情を説明すると、母は仕込み途中の手料理を投げ出して捜索に当たった。


 往来を行く人々を尋ねても、目撃証言は一つも出て来ない。誰もルオが国を出るとは思わなかったから、国境付近までは足を運ばなかったのだ。


 その日の夜、ルオの母がどうしていたかはティリアには分からなかった。ただ確実に言えるのは、翌日に彼女が目を腫らして王宮に乗り込んで来たということだ。


 アポもなかったが王の御前まで通され、ティリアはその様子をある扉の隙間から覗いていた。


 ルオの母は初めて他人に激しい剣幕を見せただろう。別室にいたティリアにも憤怒の声が聞こえ、彼女が王の間から姿を現した時、それは幼少の頃からの付き合いの彼女が後退り、お調子者な口が全く開かなかったくらいに別人の魂を宿していた。


 ティリアは父に何を話し合ったのか聞いた。しかしその返答に彼女は耳を疑った。


 竜操士になったばかりの子供が、竜と仲違いすることはそう珍しくない。しかし拗れてもせいぜい数日。頭を冷やせば、じきに戻って来るだろう。そんな他人の経験に基づく憶測を語っていたのだ。


 ティリアは父に抗議した。しかし王妃、すなわちティリアの母を含む周囲は国王の味方だった。彼女は竜操士としての在り方について考えるよう言われ、その日からしばらく懲罰房送りになった。


 国王や王妃はルオのことも彼の母のこともよく知らない。あくまで幼少期にティリアが王宮を抜け出した先で遊び相手として友好を深めただけのことで、娘の安全を守るためと身分の秘匿のために使用人をつけたに過ぎない。報告は逐一彼らから受けていたが、面識など一切なかったのだ。だから国民一人の捜索のために国の長が動かず、情のない対応を取るのは正しいことかもしれない。


 そこに割く労力にはもっと有意義な使い道があるはず、というのも一理ある。


 ティリアは父親の立場から考えてみれば、そう思った。


 だがルオの友人としての見解は、やはり彼の行方を追うべきというものだ。


「パパ、早くここから出して」


 小さな呟きへの返答はない。


 超常の力で竜を一時的に光に変換したその球体も、今はどれだけ念じても出現しない。


 懲罰房と牢屋を含めた王宮内においては、竜の力を行使できない特殊な力が働いている。


 ゆえに自力での脱走は不可能。外から鍵が開くのを待つしか方法はない。


 そんな罪人たちと同じ環境に閉じ込められて三日。いや、彼らを阻むのは鉄格子。そして薄い毛布が与えられていて、用を足すための小さな穴があるからまだマシかもしれない。


 彼女に与えられているのはブリキのバケツ一個だけ。食事は定刻に二回給仕されるが、一国の姫に対する仕打ちとしてはあんまりではなかろうか。


 それからさらに数日経ち、食事を通す用の小さな扉ではなく、懲罰房の重い扉が初めて開いた。


 その先に見えたのは他でもない実の父だった。


「ティリア」


 低い声が懲罰房に響く。


「パパ!」


 ティリアは父に飛びつこうとするが、


「まあ待て。お前の考えを先に聞かせてもらおうか」


 鋭い眼が彼女を見下ろす。


「ルオは見つかったの?」


「……」


 沈黙が返ってくるということは、兆しなしなのだろうと察しはついた。


「私は……パパ……お父様の立場を理解しているつもりです。ですが……私はルオを諦めることはできません!」


 ティリアは父を睨み上げて怯ませた後、突進して油断していた彼を突き倒した。そして地下牢を脱出するため、ひたすらに走る。


 父は、いや国王は彼女が去って行った方向を睨み、


「……っ! すぐに追え!」


 指を差して、見張り兵に命令を下した。


 彼らは必死に追うが、王宮さえ出てしまえばティリアは、


「ブランカ! 力を貸して!」


 呼び出したブランカの背に乗り、街中を駆ける。


 初日以来ブランカとは接していないが、意思疎通が上手く取れているということは、ティリアには竜を操る才があるのかもしれない。


 ところが見張り兵とて素人ではない。国の役人だ。当然ながら、


「うわあぁあああっ⁉」


 竜操士として経験を積んだ者が大半だ。


 ティリアを覆い尽くす影がつきまとう。


 彼女たちの進路を妨害するように一度だけ吐かれた火炎弾は、耐火性の高いブロックタイルに火をつけて今も燃えている。


 人通りがそこそこある場所だった。人々は突然の竜の接近、そして燃え移りそうな炎に慌てふためいていた。


 しかしティリアには、その牽制は通用しなかった。


 彼女は国民を盾に、わざと雑踏に突っ込んだ。


 ブランカは陸上の動きならば幾分融通が利く。充分な道幅がなければ、壁を伝って移動した。


 それでもブランカの体重は人間と比較にならないほど重い。瞬発的に動いたつもりだったが、耐久の脆い建物には亀裂が入った。


 追跡を続けていた兵士と飛竜は王命に背き、その被害を食い止める方に尽力した。――というのも、二者の距離が詰まらなかったからだ。


 ティリアとブランカは次第に人目から外れていく。


 当てはあるのかと問われれば、彼女にもない。だがルオが数日姿をくらますということは、この街の外にいることは予想がついた。


 だから彼女たちは奔走した。


「ルオ、待ってて! 必ず探し出すから!」

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