ヘレナは最高
ーーーだから私は、あなたが私の番だと嘘を吐く事にした
「じゃあ、番の話はウソ・・・?」
ぽつり、ヘレナが呟く。
ユスターシュはぎゅっと目を瞑り、静かに頷いた。
そして、そのまま言葉の続きが紡がれるのを待つ。
今はまだ、自分の力の範囲を最小限に抑えている。だから、ヘレナがユスターシュの告白をどう感じたのかは、言われなければ分からない。
大丈夫、だと信じたい。
ヘレナは、そうヘレナなら。
きっと「なーんだ、そうだったんですね」なんて軽く、いとも簡単に。
言って、ほしい。
言って、くれたら。
その時、ふわっと体が何かに包まれ、感じる温かいぬくもり。
そして。
ーーーなーんだ、そうだったんだ。
「・・・っ」
聞こえる筈のない声が聞こえたのは、きっとこの温もりがーーー
閉じていた瞼を開けば、思った通り、すぐ目の前には彼女の柔らかい茶色の髪。
その両腕はしっかりとユスターシュの背中に回されていて。
「そうですよねぇ。私たちどちらも獣人じゃないし、陛下に呼び出された時からおかしいな、とは思ってたんですけど」
「・・・」
「ふふっ、じゃあ私たち、番でもなんでもなくて、普通に普通の恋愛結婚になるんですね」
ーーー運命の番も良いけれど、普通の恋で十分素敵だものね
そんな声が聞こえて、それまで無意識に詰めていた息を吐き出した。
「ヘレナ・・・」
ユスターシュの声が震える。
初めてのヘレナからのハグだった。
けれどそれをじっくり堪能する余裕は、今のユスターシュにはない。
だって、それ以上の衝撃を与えられてしまったから。
もうそれで、頭がいっぱいだから。
胸が熱くなり、ユスターシュもまた腕を回してヘレナをぎゅっと抱きしめる。
ああ、ヘレナ。
大好きだ、あなたが大好きだ。
どんなあなたも、大好きなんだ。
言葉にしたくて、でもこの気持ちを全て音に乗せられるとは思えなくて。
こうしているだけで、私のこの気持ちがあなたに伝わればいいのにーーー
そんな事を願って、ヘレナに以前言われた言葉を思い出す。
ーーー言わなくても伝わるって、便利ですよ
うん、ヘレナ。本当だね。
私のこの力は、とても便利で貴重な能力だった。
あの日あなたの言葉を聞いて、分かったつもりでいたけれど。
あれは、こういう事だったんだ。
「・・・ありがとう、ヘレナ」
「へ?」
ヘレナが顔を上げ、ユスターシュを見る。
いつもなら、見上げる位置にある筈のユスターシュの整った顔。それがずっと近くにある事に、今さらながらヘレナは驚く。
太陽の光はユスターシュによって遮られ、顔に影がかかっていて。
「ユ、ユスさま?」
ヘレナの顎に手がかけられ、少しだけ上を向くよう誘導され。
ユスターシュの長い灰色の睫毛が、ゆっくりと伏せられていけば。
あ、とヘレナの心の声が驚く。
けれど、すぐにそっと目を閉じた。
鋭くないヘレナでも、ここまで来ればこの先何が起きるか予想がついた様だ。
そうして、互いに吐息がかかる距離にまで近づいて。
もうすぐ、決定的な瞬間ーーー
ーーーの、筈だった。
「見つけた! こんな所にいらしたんですね、ヘレナさま!」
その声に、パッと2人は同時に顔を上げ、互いに勢いよく後ずさる。
見れば、回廊にすっかり馴染みになったエステ部隊のメイドが立っていた。
どうやらいいタイミングで見つかってしまったらしい。
いや、この場合、タイミングとしては悪いと言うべきか?
お預けをくらったわんこよろしく、ユスターシュはちょっと情けない顔になる。
だが何も知らないエステ部隊のメイドは、軽い会釈だけをしてヘレナを拉致して行った。
「・・・」
文句は言えない。言いたいけど言えない。
だって、このスケジュールを許可したのは他ならぬユスターシュで、彼女たちは明日の主役を最高に輝かせる為に頑張ってくれているだけで、イレギュラーな事をしたのはユスターシュたちの方なのだから。
「・・・取り敢えず、2人きりの時間はここでお終いか」
ひとり残された庭園で、ぽつりと溢れた言葉に残念感が滲むのは仕方のないこと。
なにせ彼は明日は新郎となる男。
しかも花嫁となるヘレナが大好きすぎて、嘘をでっち上げてまで婚約に持っていった前歴のある、至って健康な23歳の男子なのだから。
けれど、思ったよりもがっかりしていないのは、自分がでっち上げた嘘について漸くヘレナに打ち明けられたからか、それとも。
あ~、せっかくの。
せっかくの初めてのちゅーが!
初めてのちゅーがあぁぁぁぁっ!
ちゅーーーーうぅぅぅぅぅっ!
ーーーなんて。
「・・・ぷっ」
ロマンチックさの欠片もない彼女の心の雄叫びが少しずつ遠のいていくのが、ちょっと面白かったからなのか。
「本当、ヘレナは最高だよ」
答えを知るのは、ユスターシュのみ。




