あなたが私にくれたもの
側妃レアが起こした事件に下った処断に、実はユスターシュはあまり大きくは関わっていない。
裁定者としての力が発現したばかりで安定していなかったことや、当時のユスターシュの年齢などを踏まえ、国王、および宰相らが、なるべく捜査や裁判にユスターシュを関わらせないようにしたからだ。
だから当時、ユスターシュが心を覗く様に頼まれた事件関係者の数は少なかった。
頼まれたうちの一人はイズミル王子―――ユスターシュの2番目の兄だ。
彼自身に王座への欲望があったのか、母の計画について知っていたかを確かめる為だ。
他はレアの生家である侯爵家当主とその後継、そして、毒物入手を手伝った貴族家の当主くらいだったろうか。
滅門とすべきか、それとも家の名は残せるのか、当主あるいは事件に関わった当人のみを罰すれば済むのか。
ハインリヒがそうだったように脅されていた者もいた。逆に自ら志願した者たちも。
後代に遺恨を残さぬために、けれど火種は全て消し去る様に。
ユスターシュの父である当時の国王は、慎重に慎重に調査を重ね、背後関係を明らかにした。
結果、レアは処刑、イズミルは幽閉、レアの生家は滅門、毒の入手経路となった男爵家は当主とその嫡男のみが処刑になった。
イズミルの婚約者がいたテルミナ侯爵家は無関係である事が明らかになり、処罰対象から外される。
他に何名かの貴族が除籍や廃嫡、蟄居など何らかの処罰を受け、一つの商会が潰された。
でも、とユスターシュは思う。
イズミルにはなんの野心もなかったのだ。
けれど、後々また誰かの旗頭に祭り上げられるのは御免だと言って、自らの存在を貴族社会から消す事を選んだ。
あの時、ユスターシュはひとり部屋にこもってたくさん泣いた。
関係者らの処罰が決まったのは、事件から約1年後。つまりユスターシュはまだたったの6歳で。
命の重みに、命の軽さに、人の一生を左右する決断に、そしてそれらの責任がすべて自分にある様に思えて、ユスターシュは苦しかったのだ。
そして、大きくなるにつれて、親が子に戒めとして言い聞かせる『呪文』があると知った。
ユスターシュの時に生まれたものではない。
親から子へと、代々口伝えで継がれてきた脅しにも似た言葉。
『悪いことをすると裁定者さまに裁かれてしまうよ』
『何をしたって裁定者さまにはお見通し。すぐにバレてしまうんだ』
『悪い子は裁定者さまの裁きを受けるんだぞ』
だから良い子でいなさい、という事なのだろう。
良い子でいれば怖がる必要もない、きっとそういう事で。そしてそれはたぶん間違った話でもなくて。
ユスターシュだって分かっている。
きっと裁定者とはそうあるべきで、けれど自分はそんな存在なのだと思うと、何とも言いようのない気持ちになって、心が重たくて仕方なくて。
それでも、ただ裁定者としての責務を全うせねばという思いから、ユスターシュが淡々と日々をやり過ごしていた時。
ーーーユスターシュは出会ったのだ。
「大丈夫よ。きっとここの図書館なら、まだ貸し出されてないわ」
膨れっ面の男の子2人を宥めながら歩く令嬢がいた。
弟たちと一緒に王立図書館に向かっている所で、若い令嬢が子どもを連れて歩く姿は珍しく、周囲からまあまあの注目を浴びていた。
だが、別にその光景に何の興味もなかったユスターシュは、ちら、と一瞥すると、いつもの様に人目を避けて執務室に戻ろうとした。
ーーーけれど。
「見せびらかしてジマンだけして帰っちゃうなんてさ。あ~、あんな意地悪なヤツ、サイテーシャのサバキを受ければいいんだ」
「そうだそうだ。悪い子は、サイテーシャにサバかれちゃえ~」
びた、とユスターシュの足が止まる。
分かってる、とユスターシュは自分に言い聞かせた。
あれは悪い意味じゃないんだ。
だってほら、2人の心の中を覗けば、そこにあるのは意地悪された事への怒りと、裁定者への信頼と希望、そんなものばかり。
だからあれは、裁定者なら悪を正してくれると信じているからこその・・・
「な~に言ってるの。それはちょっと違うと思うわよ?」
けれどその時、はっきりと否定する言葉が聞こえ、思考が遮られた。
「違う? 何が違うのさ?」
「そうだよ、姉ちゃん。何が違うのさ」
足を止めて振り返る。
ユスターシュも知りたかった。何が違うのか。
悪を罰するのではなく、懲らしめるのではないとしたら、何だと言うのか。
ん~、だって、ねえ。
令嬢の心の声が聞こえる。
裁定者が持つ『裁きの目』は、相手の意図の善悪を見分けるんでしょ?
だったらそれは罰を与えるというより・・・
「・・・正しい人を守るため、かな?」
「・・・っ」
その言葉に、ユスターシュは息を呑む。
そうよ、その方がしっくり来るわ。
令嬢はうんうんと頷く。
罰する為じゃなくて、守る為に裁きの目を与えられたのよ。
逆に、裁定者に選ばれるのは、それができる人なんだわ。
ユスターシュは目を見開いたまま動かない。
その令嬢は、少し離れたところで呆然と佇むユスターシュなど露知らず、ひとり納得した顔で弟たちを見た。
「え~? ナニソレ、よく分かんない~」
「ゼンゼン分かんない~」
弟たち2人の主張など気にもせず、令嬢はスッキリとした表情で「ほら行くわよ」と、図書館の方角へスタスタと歩いて行く。
弟2人はその後を慌てて追いかけて。
段々と背中が小さくなっていく。
「・・・」
その様子を、ユスターシュはただじっと見つめていた。
見つめる以外、なかった。




