理由なら、ちゃんと
動揺から立ち直ったヘレナは、慌てた様子で受け止めてくれたお礼を口にすると、今現在2人の間に存在する微妙な距離について尋ねてきた。
それでユスターシュは、今のヘレナが心を読まれたくないと思っていると知り意識的に能力を抑えていること、それ故に今はヘレナの心の声が聞こえていないことを説明する。
実はユスターシュに最も負担のない発動範囲はおよそ半径5から10メートルなのだ。
それ以上、もしくはそれ以下にコントロールするのは、ユスターシュに負担がかかる。
もしその負担がないなら、ユスターシュは普段から常に力を最小限に抑えていただろう。
ヘレナ以外の大抵の人が畏怖する力。
抑えられるなら、とっくに抑えている。
「・・・だから、もう私から逃げる必要はないよ。これ以上近づかなければ、心の声が聞こえる事はないから」
その言葉を聞いたヘレナは、バツの悪そうな表情を浮かべた。
「・・・あの、心を読まれたくないって、あの時咄嗟に思ったのは、私の中の矛盾する考えが、ユスさまを傷つけてしまう様な気がしたからで」
「うん、大丈夫。だからなんでも話して? ヘレナの心配事は、全て解決してあげたいんだ」
「ええと、では、その・・・」
何故か顔を赤くしたヘレナは、ちらりとユスターシュに視線を向けると、意を決した様に声を上げた。
「ユスさまと番である事が、嬉しいのに嬉しくないんです・・・」
「うん?」
嬉しいのに嬉しくない?
「ユスさまの番だから、貧乏子爵令嬢の私でも、王族のユスさまの婚約者になれました。番だから相性もバッチリだし、いつも一緒にいたいと思うし、話していて楽しいし、大好きだし」
「う、うん?」
「『番』効果ってものすごいんです。ユスさまにいつもキラキラ光が当たって見えるし、何をしていても後光がさしてるし、笑顔は眩しいし、とにかくいつもピカピカでっ!」
「う、うん・・・?」
「だから、『番』効果さまさまなんです・・・私はユスさまの番だったお陰で、ものすごい恩恵を受けてるんです。なのに、私は・・・」
「・・・うん」
ユスターシュは、ごくりと唾を飲んだ。
なんだろう。
ものすごく惚気られた気がするのだが、全然安心して喜べない。
最後で『なのに、私は』と区切られてしまっては、この先に嫌な予感しかしないではないか。
「・・・番じゃなかったらユスさまとの将来はなかったのに、でも私、それでも番じゃなければ良かったのに、とも思ってしまうんです」
「・・・っ」
「我が儘で・・・ごめんなさい・・・」
ああ、ほらやっぱり。
ユスターシュは苦笑する。
嫌な予感ほど、よく当たるんだ。
いや、これも仕方がない。
そもそもが、自分の嘘で成り立たせた関係だった。
そんな関係が、これからもずっと続けられるなんて思ってた自分が、馬鹿だっただけで・・・
この時、動揺が精神に影響したのだろうか、能力の制御がブレて、聞こえない様にした筈のヘレナの声が一瞬だけ漏れ聞こえてきて―――
―――だって、番なら相手を大好きになるのは当たり前なんだろうけど、私は―――
・・・え?
ユスターシュは呆けた顔を上げ、ヘレナを見て。
真っ赤な顔のヘレナに向かって―――
「ある! あるよ! 馴れ初めならある! 私があなたを好きになった理由が・・・あなたを番にでっち上げてまで手に入れようとした理由なら、ちゃんとあるんだ!」
―――と、叫んだ。




