冷静さは肝心
ユスターシュが食堂に着いた時、席についていた皆は既に昼食を終えていた。
ロクタン両親との面会が昼前。
最初から途中で退席するつもりだったとはいえ、いつまでかかるか分からなかった為、食事は待たなくていいと予め言ってある。
特にヘレナは今日分刻みのスケジュールらしい。悠長にユスターシュを待つ事は難しい・・・と言うか、待とうとしてもエステ部隊が許さないだろう。
デザートのプリンを食べ終えたばかりらしいヘレナが、スプーンを置いて席を立つ所に出くわす。
「ヘレナ」
少しの時間でも、会えれば嬉しい。
ブライダルエステの効果か、むき卵の如きツルピカ肌のヘレナを見てユスターシュの口元は綻んだのだが。
―――うわ。
ヘレナはユスターシュを見て、気不味そうに視線を逸らした。
・・・え?
今、うわって言った?
信じられない反応に、ユスターシュは目を瞬かせる。
ちょ、ちょっと今は、今はマズいわ。今、考えてる事を読まれたら、私はーーー
「・・・っ」
ユスターシュが息を呑むのと、ヘレナが慌てて食堂を飛び出して行ったのとは、ほぼ同時。
「「「「あっ、へーちゃんっ!」」」」
―――あらやだ、言いすぎちゃったかしら。
―――明日が結婚式なのに、あんなで大丈夫? 心配になっちゃうわ。
―――何を話していたのか、心を読まれてしまう前にさっさと逃げないと。
それまで多分、笑い声が上がっていただろう食堂がシン、と静まって。
食事を終えた皆が、慌ててガタガタと立ち上がる。
―――ああ。
ユスターシュにとって、この反応は既視感がある。そして、さっきのヘレナの反応も。
そうだ、あれは、思考を読まれたくなくて自分から距離を取ろうとする時の―――
「あの、ユスくんっ」
「・・・え?」
ヘレナを囲んでいた一人である王妃が、焦った様に声をかける。
何故か、ジリジリと下がりながら。
「変な誤解しないでね?」
絶対してるでしょ。
言葉と同時に、王妃の心の声が聞こえてくる。
「わたくしたちは今ユスくんに心を読まれたくないと思っているけれど、それは、へーちゃんが話すより先にユスくんに知られちゃったら悪いと思ってるからよ?」
「え?」
あ~、考えちゃダメ。考えちゃダメ。話してた事がユスくんにバレちゃう。
ダメよ、ダメ。
あ~あ~あ~あ~、聞こえませ~ん。
わたくしの声は聞こえませんよ~。
王妃は心を読まれない様に、頑張って雑音を混ぜ込みながら、ユスターシュから離れていく。
どれだけ逃げ足が速いのか、既に他の皆は食堂から姿を消している。
「とにかく、これだけは言っておくわ。ユスくんにとって良くない事を言ってた訳じゃないの。でも、わたくしたちからは教えない。直接へーちゃんから聞かないと駄目なことなの」
恋を知った乙女が、恥じらってるだけなんだから。
「・・・っ」
おっと、と手を口に当てた王妃だが、残念、さっき漏れたのは心の声。
口を押さえてもしっかり聞こえたし、そもそも聞いた後だし。
「・・・っ、ありがとう!」
ユスターシュは踵を返し、食堂の扉から廊下に抜ける。
「「「へーちゃんはあっち、あっちに行ったわよ~」」」
廊下に避難していた兄嫁たちが、一方向を指して言う。
ひとつ頷き、ユスターシュは素直にそちらに向かって小走りに進む。
そんな彼を、皆がやんやと囃し立てる中。
ひとり食堂に残り、侍女たちに昼食のお取り分けを頼んでいたのは、こんな時でもご飯を食べることを忘れない冷静沈着な従者ハインリヒである。




