曇り空
話がまとまったら呼ぶ筈が、レオニールはどうやら待ちきれなかったらしい。
突然に扉向こうから現れた金髪の美丈夫、しかも獣耳つきの男性を見て、ラムダロス伯爵夫妻が目を丸くした。
ライオネスが獣人国だと知っていても、実際に目にするのは初めてなのだろう。
「ラムダロス伯爵、伯爵夫人。こちらはレオーネ王女の兄君であり、ライオネス王国の王太子でもあるレオニール王子で・・・」
説明しながら、ユスターシュは彼の背後に視線を送って言葉が途切れる。
もう一人、ここで待っている筈の人物がいなかったからだ。
ちら、とレオニールに視線を向ければ、すぐに心の声で状況を理解した。
「伯爵。レオーネ王女は、どうやらロッ・・・タン卿を城門まで迎えに行った様だ。じき2人でここに来るだろうから、これからの事を彼らも交えて話し合ってほしい。
書記官と政務官を一人ずつ置いていく。最後に陛下の認可を得て婚約成立となるだろう」
ロクタン父が頷いた事を確認し、ユスターシュは扉へ向かう。この件に関するユスターシュの役目はここまでだ。
廊下に出た所で丁度、ロクタンとレオーネの姿が遠目に見えた。2人はこちらに向かっている所だ。
ロクタンは獣耳美人と腕を絡め、ニコニコのデレデレだ。
「あれだけヘレナヘレナ言ってたけど、思った通り、視覚による求愛行動が効果的だった訳か」
ヘレナが追い回されるきっかけになったのは、5歳の時に、花祭りのダンスでロクタンに手を差し出したから。
転んだのを助け起こそうとしての行動だったけど、一般的には花祭りでダンスを申し込むのはプロポーズとされる。
そして実際、10歳のロクタンはそれをプロポーズと勘違いして、その後15年に渡る追いかけっこが始まったのだが。
「ヘレナはすごくいい子だけど、ロクタンはそれが理由で選んだ訳じゃなかったものね。しかも当のヘレナは嫌がってたし」
ーーーだから、私がヘレナをもらうよ。
嘘を吐いて手に入れた婚約者の座だけれど、ヘレナの中身に惚れて、ヘレナが、ヘレナだけが欲しくてたまらないのは本当だから。
「・・・さて、と。こっちを通って行こうかな」
すれ違いでもして、またロクタンに絡まれても面倒だ。
彼の良い目のお陰で、変装しててもしてなくても、いつも身バレしてしまうから。
「しかも、ジュストの方で覚えられちゃってるし、なのに名前いつも間違えるし」
ロクタンとレオーネが歩いている通路の手前で、左に入る。
まあ、視覚的すり込みによる勘違いだったとしても、それでも15年もひたすらヘレナを追いかけ続けたのは、ある意味で一途な男と言えなくもない。
それがこれからはレオーネだけに向けられるのだとしたら、一応は一件落着と思っていいのだろうか。
「あちらは嘘偽りなく『番』同士なんだし・・・ね」
片方が獣人、もしくは獣人の血を引く場合、番となるもう片方が獣人の血を全く引かない場合もなくはないという。
今回のレオーネとロクタンがそのケースだ。
「ちょっと・・・羨ましいかも」
あり得ないし、言っても詮ない事なのだけれど。
あんな光景を目にすると、自分にも獣人の血が入っていたら、なんてふと思ってしまう。
そうしたら、でっち上げなんかではなくーーー
「そろそろ打ち明けないと・・・」
明日は待ちに待った結婚式。
今日はいいお天気で、明日の予想も快晴で、言う事なしの筈なのに。
「ヘレナは・・・許してくれるかな」
角を曲がって、顔に当たった陽の光に目を眇める。
本当にいい天気。
けれど、ユスターシュの心は曇り空だ。




