ロッ・・・タン卿
誘拐事件の翌朝、起きるなりエステ部隊に拉致られていったヘレナと違い、ユスターシュは結婚式前日と思えない様なスケジュールをこなしていた。
捕らえた裏社会の者たち5人の取り調べと、残る組織関係者の洗い出しと捕獲。
ナリス、ジェンキンス夫妻の処罰に伴う各種手続き。
―――そして、ロクタンに突然に降ってわいた縁談についての話し合いである。
「急な呼び出しになってすまない。ラムダロス伯爵、そして伯爵夫人」
昼前近く、執務の合間を縫って作り出した空き時間。
前日の夕方に送った呼び出し状に応えて登城したのは、ロクタンの両親だ。
だが2人だけで、肝心の本人がいない。首を傾げたユスターシュが2人に問えば。
「・・・少々体調が優れず、遅れて参る予定でございます」と、頭を下げられる。
・・・約束の時間が昼前だったからなぁ。
せめて午後からなら、ギリギリ間に合ったかもしれないけど。
あの子、早起きムリなんだよねぇ。
ロクタンの父親の心の声が聞こえた。
昼前でもムリ・・・というか、昼前って早起きに分類されるか?
ユスターシュは心の中でツッコミを入れながらも、表向きはにこやかに言葉を返す。
「・・・そうか。昨日ロクタン卿に会った時は元気そうだったが」
嫌味に聞こえてしまうかもしれないが、実は違う。(いや、別に嫌味と取られても構わないけれど)
ここで彼らが何を思い浮かべるか、それで昨日の誘拐事件についての情報が漏れているかどうか確認するのだ。
ロクタンには一応、口止めらしき事はしたが、下手に強烈な言葉を使うと却ってややこしい事になりそうな気がしたので、やんわりと言うに留めた。
何と言っても、相手はあのロクタンだ。
念の為、帰す直前に心の声を確認してみたが、思った通り頭の中はかなり雑然としていた。
たぶん両親に何か言ったとしても、トンチンカンだった筈。
「あ、はは」と父親は乾いた笑い声を上げる。
「そう言えばそうでしたなぁ。ええと、実は元気そうに見えて、あの子も昨日から疲れが溜まっていた様で、夜もすぐ寝てしまったんですよ」
うわぁ、バレバレか。やっぱり裁定者だもんな。
でも、今のは嘘じゃないから大丈夫だよね。
昨日のロクタン、一体何を見てきたのか、夕食の時間にはもう眠そうにしてたもんな。
屋敷に帰って来るなり、『僕はライオン使いだ』とか、『猫はライオンでライオンは猫』なんて言い出すからビックリしたよ。
ふむ。
ユスターシュは小さく頷く。
やはり、ロクタンに口止めは効かなかったらしい。
というか、そもそも口止めしなくても全く影響が出なさそうである。
ーーーもう、あなたったら、そんな下らない話をしに来たんじゃないでしょ。もっと大事な話があるの忘れたの? しっかりしてよ!
と、ここで。
ロクタン母の心の声が乱入する。
なんか手紙に気になる事が書いてあったじゃない。
うちのロッくんに縁談があるとかって、そっちの話の方が大事でしょ。
・・・ロッくん、25歳の大人を、ロッくん。
そうか、あいつはロッくんなのか・・・
ロッくん、ロッくん・・・
ユスターシュはなんとなく心の中で、その妙にしっくりくる呼び名を繰り返してみる。
そして思った。次に会った時は自分もロッくん呼びをしてやろう。もちろん心の中だけど。
「そうそう。手紙にも少し書いておいたけど、ロッ・・・タン卿とぜひ結婚したいという女性が現れてね。昨日会ったばかりで急な話なんだが、当人同士は乗り気の様だ。相手の女性は婚約をすっ飛ばして、すぐ結婚してもいいとまで言っている」
「まあ、相手のご令嬢については何も書かれていませんでしたが、一体どちらのお嬢さまですの?」
ヘンな娘をあてがう気だったら、断固抗議するわよ!
そもそも、あの子が結婚する気だった芋娘をいきなり取り上げたのは王家なんだから。
ここはキチンと誠意を見せてもらわないとね。
そうよ、たとえばお姫さまレベルの令嬢を連れてこないと私はなっと・・・
「お姫さまだ」
「「おひ・・・はい?」」
「ロッ・・・タン卿を見初めたのは、ライオネス王国の王女、レオーネ姫という方だ」
「ひ、ひひひ、ひ、姫・・・」
「ああ。あちらに婿入りでもこちらに嫁入りでも構わないらしい。どうかな、不服かい?」
「「とっ、とんでもございませんっっ、喜んでお受けしますっ!!!」」
夫婦2人の声が綺麗にハモる。
やったわ! 本当にお姫さまよ!
うちのロッくん、優秀だもの。当然よね。
なんてロクタン母の呟きが聞こえてきて、え、優秀?と思った時。
「良かった。なら決まりだな」
話をしていた部屋の奥の扉から、レオニールが顔を出した。




