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同じこと、それは



「・・・私は、真実をもって国を治めるという裁定者としての責務を果たしただけだ。そして、これからも果たしていく。その道が常に民を喜ばせる訳ではない事は知っている。だから私の行動に、君たちの是認は必要ないし、求めようとも思わない」



ことさら冷たく聞こえる口調でユスターシュはそう告げると、踵を返して扉へと向かう。

外で待機していたのであろう、ハインリヒに何事かを囁いた後、残る取り調べは審問官に任せると告げた。



「もう私がここにいる必要はないから・・・行こう、ヘレナ」


「・・・ユスさま」



扉を開け、自分に向かって手を差し伸べるユスターシュを見て、ヘレナは泣きそうになった。


静かな眼差し、僅かに上がった口角。

初対面なら微笑みと取っていたかもしれないユスターシュのその表情は、でもヘレナには感情を殺した無の顔にしか見えなくて。



・・・こんな顔、初めて見た。



あれは、宰相からだったろうか。

ユスターシュは表情が動かないのだと初めて聞かされた時、ヘレナはなんの冗談かと思った。


ユスターシュはいつだって、そう、最初に玉座の前で引き合わされた時から、いろんな顔をヘレナに見せてくれていたから。


照れた顔、得意げな顔、笑いをこらえる顔、いたずらっぽい顔、困り顔、嬉しそうな顔。


本当に、本当に、いろいろな表情を。



ああ、でもきっと。

皆が言っていたのは、この顔のことなのだ。


なんの感情も窺えない、無の・・・



ユスターシュの肩がぴくりと揺れる。幻滅した?とでも問うかのように首を僅かに傾けて。



「・・・」



ヘレナはユスターシュの手をぎゅっと握る。そして、勢いよくナリスたちのいる方向へと振り向いた。



「あの・・・っ!」



存外に大きく出た声に、取り調べを再開しようとしていた審問官、記録係や護衛をもちろん、ナリスとジェンキンスも驚いて顔を上げる。



「あなたたちは、悪い人たちに追いかけられてた時、私の事を身を挺して守ってくれましたけど・・・っ、銃を向けられた時、私を背に庇ってくれましたけど!」


「・・・え?」


「私を誘拐したのも、ただ森の中で一緒に暮らす予定で、危害を加えるつもりはなかったみたいですけど・・・っ、どれだけ脅されても、あの人たちに私を差し出して逃げたりはしませんでしたけど・・・まあ正直そこは助かりましたけど!」



ユスターシュの手を強く握ったまま、ヘレナは声を張り上げる。



「でもっ、そもそも、好きな人と引き離される悲しみを知っているあなたたちが、同じ苦しみを私たちに味わわせようとするべきではありませんでしたっ!」


「っ!」



複数の人が息を呑む。

ナリスも、ジェンキンスも、そして、何故か横に立つユスターシュも。



「・・・陛下がどう判断されるかは分かりませんけど、私は別に罰なんかどうでもいいと思ってます・・・でも、絶対に反省はして下さい。ラルファさんの悲しみの理由を知っているのに、同じことを私とユスさまにしようとしたんですから・・・」


「・・・」



呆然とするナリスたちに向かってそう言い捨てると、ヘレナはユスターシュの手を引いて部屋を出て行く。



パタン、と扉が閉まる音だけがやけに大きく響き、やがて室内で審問官の取り調べの再開を告げる声がした。








「ふう・・・」



部屋の外でヘレナは息を吐くと、気遣わしげに隣のユスターシュの顔を覗き見た。そして「え」と声を上げる。



落ち込んでいるか、あるいは先ほど見た無の表情のままか、そのどちらかを予想していたのに、ユスターシュは全く別の顔をしていたからだ。



「ユ・・・ユスさま?」


「・・・見ないで・・・」


「え、と、あの・・・なんでそんなに・・・」


「・・・恥ずかしいから、わざわざ聞かないでよ・・・」



ユスターシュは顔を赤くしていた。

情けなく眉を下げ、困った様に視線を伏せ、空いている方の手で口元を覆って。



―――これは、どこからどう見ても照れている・・・?



「・・・っ、もう! だからそういう事を言わないの!」


「え?」



いや、言ってませんが。



「・・・あ」



心の声が聞こえたのだろう、ただでさえ赤かったユスターシュの顔が、これ以上ないほどに真っ赤に染まる。



あれ? でも今までの話のどこに照れる要素が?



そんなヘレナの疑問に、ユスターシュが小さく答えた。



「・・・好きな人って・・・」


「はい?」


「好きな人と引き離される苦しみって、ヘレナが言ってくれた、から」


「はい」


「つまり・・・ヘレナは私のことを、ちゃんと好きって思ってくれてるって、こと、だ、よね・・・?」


「・・・」



廊下に落ちる沈黙。


ヘレナは忘れていただろうが、未だ2人の手はしっかりとつながれたままで。



時間差でぼぼっと赤くなったヘレナの手を、ユスターシュはそっと引き、嬉しそうに、けれどちょっと恥ずかしそうに、唇を寄せたのだ。



もうそこに、あの無の表情はなかった。






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