お嬢さまは救われなかった
さて、漸く王城にまで戻って来たヘレナたち。
気になっている事は色々あるが、恐らく深刻度の高いものから片していくべきだろう。
決して、気になるからという理由だけで「レオーネ姫、もしかして惚れ薬とか飲まされてませんかね?」などと質問してはいけない。
という訳で、『レオーネがロクタンに引っ付いて離れない謎』案件ではなく、『あのライオンは今どこに?』案件でもなく。
ヘレナ誘拐を依頼したナリス、ジェンキンス夫妻の取り調べがまず行われる事になった。
取り調べの為に用意された室内にいるのは、ナリスとジェンキンス、裁定者ユスターシュ、審問官1名、記録係1名、警護の騎士3名、そして本人の希望によりヘレナが同席。
この時、実はヘレナは向こう側だけ一方方向で透けて見える鏡とか、隠し部屋の覗き穴とか、部屋に盗聴用の魔道具を設置するとか、それはもう色々な方法での参加を想像していたのだが。
蓋を開けてみれば、別に普通になんの捻りもない形での同席だった。ヘレナはちょっと残念がっている。
さて、ナリスとジェンキンスはユスターシュに恨みがあるような口ぶりだったが、当のユスターシュは2人と面識がない。
忘れているとかではなく、本当に名前も知らなければ、顔も知らない。当然、会った事もない。
ならば何故?
心が読めるユスターシュは、本人2人を前にしてすぐにその理由を悟ったようだ。残念そうに眉尻がぐっと下がる。
一瞬にして謎が解けたユスターシュは別として、他の審問官やら記録係やらは、これから2人の犯行動機等について取り調べを進めていく。
通常、事件が起きた際の裁定者の役割は、審問もしくは裁判時での同席なのだ。話に偽りが含まれていないか等を確かめる為である。
だから基本、このような場のユスターシュは黙っている事が多い。
静かに状況を見守り、正しく証言しているかいないか、問題がある時だけ口を開くからだ。
その通常形式に則って、審問官が取り調べを開始した。
「ヘレナさまの誘拐を依頼した動機は?」
「それは・・・」
ジェンキンスは心配そうにナリスを見た。
ナリスは俯いたまま、肩を震わせている。
「妬みです。裁定者さまが結婚すると聞いて・・・俺たちはそれが・・・許せなくて」
「それはどうしてかね?」
「それは・・・」
審問官の問いに、ジェンキンスが言い淀む。
すると、ナリスが顔を上げた。
「・・・私はかつて、ラルファお嬢さまの乳母としてテルミナ侯爵家で仕えていました・・・」
テルミナ侯爵家、ナリスが突然口にした高位貴族の家名に、ヘレナは軽く首を傾げる。
家名を知らない訳ではない。テルミナ侯爵家と言えば、歴史ある名門。ヘレナのような貧乏子爵家の娘でも知っている家だ。
政治的に目立つ立場にはいないが、学者や研究者なども多く輩出する学問に秀でた家門である。
でも、ラルファお嬢さま・・・?
覚えのない名前にヘレナは記憶を探る。
ナリスの年齢からして、その令嬢は今はどこぞの貴族夫人になったのだろうか。
社交界に疎いせいか、ヘレナはその名前になんの心当たりもない。
テルミナ侯爵家から嫁ぐとなれば、かなりの名家になる筈だが。
う~ん、ラルファさま、ラルファさま・・・そんな名前のご夫人、いらっしゃったかしら。
ヘレナが思考している間も、ナリスの話は続く。
「私は許せなかったのです。裁定者さまが結婚だなんて。しかも運命の番ですって? そんなの、認められる訳がないでしょう」
「だから、どうしてそう思うんだ?」
審問官が重ねて問う。
「その資格がないからですよ。ラルファお嬢さまは愛する方と添い遂げられなかったのに・・・どうして許せましょうか」
「一体、何の話だ」
「あの忌まわしい事件の話です。ラルファお嬢さまの幸せな将来が崩れ落ちる原因となったあの事件。愚かな側妃が起こした、あの事件の事ですよ」
ーーーそれは、ユスターシュが初めて能力を発動させたーーー
「裁定者さまが下された裁きが間違っていたと言うつもりはありません。そのお力によって、あの事件に実際に関わっていた者たちだけが処罰された事も知っています。冤罪にかけられそうになった人たちも、裁定者さまのお陰で救われたとも聞いています」
ヘレナは思わずユスターシュを見る。
彼の表情はやけに硬くて、その事に一瞬、気が逸れかけて。
「・・・ですが」
続くナリスの声に、ヘレナの意識が引き戻される。
「裁定者さまのお力はラルファお嬢さまを救えなかった・・・ラルファお嬢さまは救われなかった。あの方は、婚約者を心から愛しておられたのに・・・っ」




