走馬灯では、ない
茂みから現れた巨大ライオンは、軽々とヘレナたちを飛び越え、着地した。
―――どすんと勢いよく、驚いて尻もちをついている悪漢たちの上に。
「「「ぐえ」」」
3人が下敷きになって潰された様だ。
その後、茂みから更にもう1頭、前と比べて少し小さめのライオンがヘレナたちの上を飛び越えた。
そして、残り2人をぐにゅ、と踏む。
「「ぐえ」」
無事に5人の悪漢たち全員がライオンの下敷きになり、ヘレナは安堵の息を吐く。
助かっ・・・
けれど、ヘレナはここで、ハタ、と気づく。
・・・ってない。
全然、助かってない。目の前にライオンがいるではないか。しかも2頭。
「そんなことないよ、ヘレナ。もう大丈夫だ」
いえいえ、何を仰いますか。目の前に大きな大きなライオンがどでーんと2頭もいるんですよ。
大丈夫どころか、確実に死ぬ案件です。
「いや、ライオンというか・・・ああそうか、ライオンか。ええとね、ヘレナ、こちらはね」
大丈夫です、言われなくても分かっています。人は死ぬ前に走馬灯のように思い出がよみがえると言うじゃありませんか。これがそうなんですね。
見えます、見えますよ、私の目にも。大きな金色のライオンの上に颯爽とまたがるユスさまが。
「いや、だからそれ、走馬灯とかじゃなくて・・・」
ああ、でもどうせなら、リクエストを聞いてほしかったですね。
「うん? リクエスト? リクエストがあるの?」
あります。白馬の王子ならぬ、白馬のユスさまが見たいのです。
腰には宝玉のついた聖剣を下げて、白いマントを風になびかせて、背後にはドラゴンを従えて登場するんですよ。格好いいでしょう?
「格好いい・・・おい、後続の警備隊の馬の中に白馬はいないか? 彼らの制服は・・・ああ紺色だ、駄目か。というか、そもそもドラゴンがムリ・・・」
「・・・裁定者どの。先ほどから何を一人でぶつぶつ言っておるのだ?」
「え?」
「え?」
想定外の声に、ここで漸くヘレナは、妄想の世界から帰還する。
「誰も何も言っていないのに、まるで会話しているかのように聞こえるが」
声の主は、獣人国の王太子レオニールである。
よくよく見れば、目の前で悪漢たちを踏みつけていた筈の2匹のライオンはおらず、代わりに、前に部屋に押しかけて来たライオネスの王太子と王女、そしてユスターシュと、何故かロクタンがいた。
そして更によく分からない事に、そのロクタンの腕にレオーネ姫がからみついているのだ。
美女に抱きつかれ、ロクタンはニヤけ顔。
でもレオーネも嬉しそうにしているから、この件に関して問題はないのだろう、うん、きっと。
そして、ヘレナの足元近くでは、ナリスとジェンキンスが平伏し、ぶるぶると震えていた。
ユスターシュたちの背後の方角からは、ぽつぽつと馬に乗った騎士たちが到着し始めている。
そして、既に到着した騎士たち数人が、泡を吹いてのびている悪漢たちを手際よく拘束していく。
ううむ。
なんだかヘレナもよく分からないうちに事件が解決した様だ。
ライオンとか、ロクタンとか、レオニールたちまでここにいる理由とか、色々とよく分からない事が多いけれど。
「ええと」
取り繕うようにユスターシュは咳払いをした。
「いろいろと説明をしたいし聞きたいところだけど・・・まずは王城に場所を移そうか」




