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まさかの本物



格好よく魔道具のペンダントを取り出したまでは良かったものの、その使い方をうっかり聞き逃していた事に気づいたヘレナ。



カチリ、と固まるその間にも、悪漢たちは一人、また一人と起き上がる。



多少の怪我はしたらしいが、まだまだ動ける様だ。障壁でかなり遠くに吹き飛ばされてくれたお陰で今のところ距離はあるが、彼らは武器を片手にジリジリと近寄ってくる。



ザッとジェンキンスが前に出て、ナリスとヘレナを背に庇った。



そして小声で「俺が時間を稼ぐから、その間に」と言う。


息を呑むナリスに、ジェンキンスは続けた。



「人の幸せを妬んだからいけなかったんだ。バチが当たったんだな」



悪漢たちは注意深く、だが確実に距離を詰めている。


しかも、彼らのうちの2人ほどは、まだ拳銃を持っていた。



「あなた・・・」



夫の背中に向かって不安げに呼びかけるナリスに、ジェンキンスは前を向いたまま告げた。



「早く行きなさい」


「いえ、いえいえいえ。私たちは行きませんよ」


「ヘレナさま?」



ペンダントの使い方を思い出した訳ではない。

だが取り敢えず、ヘレナはキリッとした顔で言った。



「森の中でクマに遭遇した時、慌てて逃げてはいけないのです。こちらが背中を見せて走り出した途端、あっちも追いかけて来ますからね」


「・・・はい?」



ズレた返答の意味が掴めず、ジェンキンスとナリスが首を傾げる。

だがヘレナは気にしない。ただ今ヘレナの頭の中は、どうやって時間を稼ごうかと、それはもう忙しくフル稼働してるのだ。



そう。

慌てて逃げれば、慌てて追いかけて来る。こちらが速く動けば、それだけ助けを待つ猶予もなくなってしまう。



ユスターシュたちがこちらに向かっているのは間違いない。そしてそれは、きっと本当にもう少し。


ならば今はとにかく、時間稼ぎだ。



使い方を忘れたペンダントから手を離し、ヘレナは先ほど使用したイヤリングをもう一度手に取った。一つにつき使用可能回数は3回、つまりこれはもう一回使える。

まずはこれで試してみよう。



大きいモーションは相手を警戒させる。間違って発砲、なんて事が起きないように。



そ~っと、そ~っと。



ヘレナはぺいっとイヤリングを茂みの向こうに放り投げる。それとほぼ同時に、イヤリングの魔法が発動。音がなった。



グルルルルッ

ガオオオォォッ

ウオォ~ン!




「わっ! なんだ、今の鳴き声は?」


「すぐ近くで聞こえたぞ」


「クマか? いや、オオカミ?」



悪漢たちは足を止め、互いに囁き合っている。



これで諦めてくれたらいい、とヘレナは祈る様に願った。

彼らは既に、誘拐の手助けに対する報酬はジェンキンスから受け取っている。今ヘレナたちを追いかけているのは更なる金儲けを狙ってのこと。ここで撤退しても損はない筈だ。



・・・だが。



「な、なぁに。こっちにはコレがある。何か出て来たってズドンすりゃ良いんだよ」


「そ、それもそうか」



鳴き声がそこで終わったせいだろうか、彼らは続行を選択した。



それを見て、ヘレナはもう一つの未使用だったイヤリングを手に取った。3回使えるとしても、茂みの向こうに投げてしまえば使い捨てになる。でもそれで構わない。あと少し、足止めするだけだから。



今度はもう少し長めに鳴き声を入れて・・・



そんな事を考えていた時、茂みの向こうから獣の咆哮が聞こえた。

悪漢たちが再び足を止める。



だが今回は、ジェンキンスやナリス、そしてもちろんヘレナも動揺した。3人の視線は、ヘレナの手元のイヤリングに定まっている。



まだ投げてないよね。


投げてないです。


投げてませんね。



ユスターシュの様な能力もないのに、緊急事態のせいだろうか、以心伝心で言いたい事が伝わった。



その時、ダメ押しの咆哮が再び上がる。しかもけっこう近い。というか、すぐそこだ。



え?


まさかの本物?



もはや悪漢たちだけではない。ヘレナたちも真っ青になったその瞬間。



ガオオオォォ~ッ!



茂みの向こうから黄金の獅子が飛び出して来たのである。



悪漢たちもヘレナたちも絶叫した。



たぶん、上に乗っているユスターシュの姿は見えていない。





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