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魔道具のイヤリングを一つ手に取り、少し考えた後にヘレナは「ここよ」という言葉を反響させた。
途端、とんでもないボリュームで、イヤリングから「こ~こ~よ~~~っ!」と声が響く。
その凄まじい音量に、ヘレナとナリスとジェンキンスの頭がくらくらした。いや、正確に表現するなら、くわんくわんだ。
「あの」
頭を押さえたジェンキンスが、おずおずと口を開く。
「先ほどの声のように、空中で響かせた方が遠くまで届くのでは」
「!」
確かに。
よし、採用。
ヘレナは頷く。
「そして、居場所を知らせる目的なら、一回分の音を長くした方が効果的ではないでしょうか」
「!」
確かに。
よし、それも採用。
またまた頷いたヘレナは、今度はイヤリングを空中へと放り上げる。
それは宙を舞いながら、「こっこで~す! ここ、ここ~っ! こっこ~~~っ!」というニワトリの鳴き声にも似たメッセージを発した。
「・・・」
「・・・」
ぽとん
役目を終えてヘレナの手のひらの上に落ちてきたイヤリングを、ナリスとジェンキンスは微妙な表情で見つめる。
言われた通りにしたのに何故この反応なのか、解せぬヘレナは首を傾げた。
「・・・こほん」
ジェンキンスがわざとらしく咳をする。
「いや、ヘレナさまのお陰で助かりました。まさか金を渡した途端にあいつらが襲ってくるとは思わず・・・魔道具の力でやっつけてもらわなかったら一体どんな目に遭っていたことか」
「う~ん、でも指輪、攻撃用ではないんですけどね。こう、バリア、と言いますか、障壁を張るタイプの魔道具だったのに」
「ああ、なるほど。では、あれは自爆なんですね。ヘレナさまが張った障壁に、馬で追いかけて来たあいつらが勢いよく突っ込んで弾き返された、と」
ヘレナは、ユスターシュの屋敷に張られた防御システムを思い出す。そういえばあの時も、外から突っ込んできた人たちが勝手に弾き飛ばされてのびていたっけ。
「とにかく、ヘレナさまは私たちの命の恩人です」
ジェンキンスとナリスは跪き、深く項垂れる。
「私どもは大罪人にございます。ユスターシュさまがご結婚なさるのがどうしても許せず、番であるヘレナさまを攫いました。本当に浅はかだったと思います。けれど、これだけは信じて下さい。私たちは、ヘレナさまを命の危険にさらすつもりはありませんでした。森の奥でひっそりと3人で暮らそうと思っていたのです」
『ユスターシュさまがご結婚なさるのがどうしても許せず』、その言葉にヘレナの眉が情けなく下がる。
この老夫婦が根っからの悪人でない事くらい、ヘレナにも分かる。現に悪漢たちに追いかけられていた時、ジェンキンスもナリスも、ヘレナだけは守ろうと必死だった。
「ナリスさんとジェンキンスさんは、ユス・・・ユスターシュさまに、何か恨みでもあるんですか?」
ぐっと言葉に詰まる二人を、ヘレナは少し悲しい気持ちで見つめた。
裁定者という立場は人の恨みを買いやすい、前にそうユスターシュは言っていた。
真実を暴く力、国民を裁く力を振るうのだ、その判断が正しかろうと何だろうと、気に入らない人はいるのだろう。それは強制できるものではなくて、仕方のないことで。
・・・でも。
その力がなかったら、暴かれないままに闇に葬られていた罪が山ほどあった筈で。
「・・・わた、私たちが裁定者さまのご結婚を喜べないのには理由があっ・・・」
意を決したようにジェンキンスが口を開く。だがその言葉は途中で止まる。
「う・・・っ」
「・・・なんだ? なんで俺ら、こんなことに寝てんだ?」
指輪の障壁で自滅した悪漢たちの何人かが目を覚ましたのだ。
それはそうだろう、彼らは火魔法や水魔法などの攻撃を受けた訳ではない。ただ勢いよく壁にぶつかって、気絶していただけ。
本当なら、その場にのんびり留まって、大きな音を出したり、話し込んだりすべきではなかったのだ。
でも、非戦闘員のヘレナたち3人は荒事になど慣れていない。
これでもう大丈夫、と安心してしまったのだ。
「も、もうじき助けが来る筈・・・私がここであいつらを引きつけますから、その間に・・・っ」
「ダメです」
ヘレナはジェンキンスの提案を即、却下した。
もうじき助けが来る、それは正解。
ジェンキンスが悪漢たちを引きつける、それはきっと不正解。
―――何故なら。
「てってれ~っ!」
ヘレナは効果音を口にすると共に、自信満々に胸元からペンダントを取り出した。
そう、ユスターシュが渡したお守りの魔道具は3種類。
まだもう一つ残っているのだ。




