でかした、ロクタン?
王城に滞在しているプルフトス王国からの客人は王太子一人。護衛や従者などを含めれば十五名だ。
あの事件をきっかけに国交が途絶えていたとはいえ、国家間で正式に断交を宣言した訳ではない。
ただ少しずつ、じわじわと疎遠になっていっただけ。
そして自然消滅的な形で、国としての付き合いがなくなったのだ。
間に3つも国を挟んでいるという地理的な要因もあったかもしれない。国境が隣り合う様な近い国だったら、多少の軋轢があったとして、互いに無視など出来なかっただろう。
だが、たとえ地理的に遠かろうと、国交が途絶えてしまえば経済的および商業的な影響は少なからずある訳で。
今は辛うじてラムダロス伯爵家が、プルフトスに嫁いだ親戚の伝手で輸出入を細々と続けているが、もうそろそろ国としても過去のしがらみを捨てていい頃だ。
国策として広く門戸を開きたい。そして、それはきっとプルフトス側も同じだろう。
だから、あちらもきっかけとして結婚式への参列を希望したのだろうし、こちらも警戒しつつもそれを承諾したのだ。
そして、いざやって来た王太子ネクトゥスは、24歳の理知的で穏やかな人物だった。
プルフトス側を警戒していたユスターシュは、彼らが入城する際、密かに門衛に紛れて一人一人の心を読みとっている。
そして彼らのうちの誰一人、不穏な計画など立てていない事を確認していた。むしろ彼らは、これを機に国交改善を願う前向きな気持ちと決意にあふれていたのだ。
このチェックはプルフトスに限った対応ではない。他国からの客人が到着するたび、陰で確認を入れるのは裁定者の務めの一つでもある。
念には念を入れたつもりでいた。護衛も多く配置していたし、ヘレナに危険が及ぶことはないだろうと思っていた。なのに―――
「・・・どうやら、裏稼業に依頼した者がいた様です」
対応について話し合うため、国王の執務室に宰相や騎士団長たちが集められていた。そこでなされた宰相からの報告に、ユスターシュの眉間の皺がぐっと寄る。
「夜半の出来事だったため、城外での目撃者も今のところ見つけられておりません」
「・・・ただでさえ、今はお祭りモードであっちこっちごった返していますからね。大声で助けでも叫ばない限り、昼間でもさほど目立たないかもしれませんぞ」
言いづらそうに、だがはっきりとした口調の騎士団長の言葉に、一瞬場がシン、と静まり返る。
ユスターシュとヘレナの結婚式は二日後に迫っている。
騎士団長の言う通り、既に街は人で一杯で、連日の様にお祭り騒ぎなのだ。
「・・・この国で唯一プルフトスと交易があったあの家・・・ラムダロス家も既に調べ終えたと言っていたな?」
静寂を振り払うように国王が問いを投げかける。それにユスターシュが、ええと答えた。
「騎士たちも使いましたが、私自身でも確認しています。あの家に怪しい所はありませんでした」
「くそっ、一体誰が・・・っ! せめて探す当てがあれば・・・」
絞り出すように騎士団長が呻いた時、ユスターシュが何かに気づいたように顔を上げる。それに少し遅れて、国王執務室の扉を叩く音がした。
「・・・何だ? 誰も入れるなと言っておいた筈だが」
「ハインリヒですね。私付きの従者で・・・どうやら、ヘレナの件で報告が・・・え?」
国王が苛立った声で誰何するとほぼ同時に、ユスターシュが扉向こうの人物について説明しかけて・・・動きを止める。
「ユス付きの従者だと?」
「何か新しい報告か?」
国王や宰相らがわちゃわちゃと話す声を尻目に、ユスターシュは「嘘だろう・・・?」と呟いた。
そしておもむろに扉に近づき、勢いよく開く。
そこに立っていたのは、ユスターシュの言葉通りにハインリヒだ。いきなり扉が開いたせいか、驚いて目を見開いている。
「そうか・・・でかした、ロクタン!」
ひとり納得したユスターシュは、そう言うなり廊下を走り出す。
「えっ、あっ、ユスターシュさま」と慌てたハインリヒは、けれどすぐに我に返り、「いつもの様に、執務室前で騒いでいます!」と叫ぶ。
「分かった!」
そのまま、あっという間に小さくなっていくユスターシュの後姿を見つめながら、うんうん、とハインリヒは満足げに頷くが。
「・・・どういうことか説明してもらえるかな?」
何も状況が分からないまま後に残された面々に、すぐに執務室内に引きずり込まれる事となる。
しがない従者に過ぎないハインリヒは、高貴な方々からの圧にちょっとビビったとかビビらなかったとか。




