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でっち上げだろうとも


「ヘレナが・・・いなくなった・・・?」



報告を受けたユスターシュの声が震える。



プルフトス王国からの使者は四日前に到着しており、それに先立って城内の警護も厳しくなっていた。



そして、ヘレナが滞在しているのは王族の関係者のみが滞在することが許された特別区画。周辺の巡回は勿論、入り口にも常時騎士が張り付いているし、部外者が立ち入れる隙はない筈だ。


もちろんレオニールたちならば小動物のふりをして侵入する事は可能だろう。だが、そのままの姿でヘレナを連れて出るなど無理な話だ。

というか、彼らの心中は既に確認済みだ。だから分かっている、獣人たちはこの件に関与していない。


聞き取り調査によると、夜中に一度、ヘレナの部屋から使用人を呼ぶベルが鳴り、現れたメイドに眠れないからとホットミルクを頼んだとか。

そして、そのメイドは後ほどワゴンにホットミルクや軽食などを乗せて運んできた。


その時に出入りしたメイドは、長年王城に務めており、騎士たちも顔を知っていたため、不審がることもなく通したそうだ。


だが更なる調査で、ヘレナの部屋に現れたとされるメイドの勤務時間は夕刻までだったと分かった。そして実際彼女は翌朝からの勤務に備え、使用人部屋で休んでいた。

つまり、夜間にヘレナの部屋に現れたメイドは偽物だったということだ。


連れ出した方法は未だ特定出来ていないが、十中八九、その偽メイドがヘレナを攫った犯人に間違いないだろう。



「・・・いや、方法とか、犯人とか、そんなのは今はどうでもいい。それよりもヘレナの所在だ」



だがどうすればいい?

既に城内の声は全て拾った。だから分かっている、ヘレナはここにいない。

けれど、城外となれば、広範囲すぎて裁定者の力を使えない。



「・・・事件を公にしてはヘレナの醜聞に繋がりかねない・・・。だが秘密裏に動いていて果たして間に合うのか・・・」



その時―――



ーーーコンコン



ユスターシュの沈み始めた思考は、扉をノックする音で引き戻される。












ユスターシュが裁定者として公務を担う様になったのは9歳の時。


けれど、能力の一部が発現したのは5歳、例の暗殺未遂事件の時だった。



発現したばかりで、まだ制御も使い方もよく分からない。

意図せずとも意識の中になだれ込んでくる他者の思惑。そのかなりの部分が、幼子には意味不明の悪口雑言だったり、不埒な妄想だったりで。


混乱する自我、襲う恐怖。

本来なら、助けを求めて真っ先に飛びこめる筈の家族の腕は、能力の突然の発現に戸惑ったのかそれとも気遣いだったのか―――恐らくは彼らにも気持ちを整理する時間が必要だったのだろうけれど―――縋るには距離が遠すぎた。



怖い、怖い、怖い。


耳を塞ぐ事に意味はなく、周囲の思考は勝手にユスターシュの頭の中に流れ込む。


誰を責めたらいいのか。いや、そもそも責めるべきなのだろうか。


だって、人が心の中で何を思おうと自由なのだ。たとえどんな悪や不埒な妄想であろうとも、それを現実世界で実行しない限り。


けれど、まだ能力のコントロールさえままならない、僅か5歳のユスターシュにその道理を理解(わか)れというのも理不尽すぎる話で。



―――結果、ユスターシュが人らしさを失ったのも、仕方のないことだった。



あの日、偶然にヘレナの姿を見かけるまで。

ヘレナの自由でおおらかな心に救われるまで。

そうして彼女に恋い焦がれるようになるまで。



ユスターシュはずっと独りだった。

どれだけたくさんの人に囲まれていようと、裁定者としての地位を確立し、尊敬の眼差しで見られようと。


この世界に、ユスターシュはただ独りで立っていて。


笑うこともなく、無表情の仮面を貼り付けて閉じこもっていたのだ。


それでいいと思っていた。

歴代の裁定者たちもそうして孤独を友としていたのだし、自分もそうするしかないと納得していた。したつもりだった。



けれど、もう。


ヘレナと出会って、その存在の温かさを知ってしまった今は。



もうあの頃の自分には戻れない。

独りでいいと、それで仕方ないなどとは、とてもじゃないが思えない。



あの冷たい世界には、もう二度と戻ることなど出来ない。



ーーーだから。



ヘレナを取り戻す。取り戻さねばならない。



ユスターシュはもう、ヘレナなしには生きていけない。


でっち上げだろうと何だろうと、ユスターシュにとってヘレナは番、かけがえのない存在である事は間違いないのだから。


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