サーカスじゃないよ、たぶん
「・・・あれ?」
虎じろうが、黄金色の子猫を連れて帰ってから二日後。
ユスターシュが「城に帰す」と言って連れて行った筈のその子猫が、再びユスターシュ邸に現れた。
しかも、今回は更にもう一匹の子猫を連れて。
「増えてる~」
「猫ちゃんが増えてる~」
虎じろうをあわせて子猫が三匹。となれば、もふもふ権を取り合っての喧嘩もなくなる。
和やかな空気の中、弟たちとヘレナが猫たちの周りを囲む様にして座った時。
「・・・また来たのか」
背後から聞こえた声は、少し低くて不機嫌そう。
今日は午後から城に行く予定だったユスターシュが、テラスで騒ぐ声を聞いて様子を見に来たらしい。
「しかも増えてる? ・・・兄妹そろって何をやってるんだ・・・」
二匹の迷い猫たちは、ミャウミャウと交互に鳴いた。
「言い訳は聞きません」
そう言うと、ユスターシュはやって来たばかりの子猫二匹を抱き上げた。
「ああ~っ」
「猫ちゃんが~っ」
追い縋る弟たち。だがユスターシュは譲らなかった。
「ごめんね。この猫たちは王城に来ているお客さんの・・・猫で、ここに来てからずっと城を抜け出してはあちこちに出没しててね。
皆も困ってるんだ。きっと今も探し回ってると思うから、返しに行かないとね」
ユスターシュは一瞬、腕の中の猫たちに視線を落とす。
「・・・本当、城で大人しくしてくれると助かるんだけどなぁ」
「ミャウ」
「ミャウ」
「静かにしましょうね?」
「「・・・」」
おお、とヘレナは驚く。
だって、ユスターシュの言葉を聞いて、猫たちがピタリと静かになったではないか。
知らなかった、ユスターシュの能力は動物にもOKだとは。
もしやユスターシュがサーカスの団長にでもなったら、どんな猛獣でも思いのままに芸を仕込めるのでは・・・
そうなったら世間の評判を呼びに呼んで、ユスターシュはランバルディア王国一の猛獣使いとして名を馳せる事になる。
「・・・」
ここでユスターシュはちょっと期待のこもった目でヘレナを見たのだが、案の定と言うか何と言うか本人は気づかない。
新しい設定『猛獣使いユスターシュ』にすっかり夢中なのだ。
因みに今は、こんな事を考えている。
そんな高名な猛獣使いの妻に相応しい存在となるべく、私ヘレナは自らも猛獣に芸を仕込もうと無謀にも挑戦しようとして・・・
そう、無謀にも。
ヘレナには、ユスターシュの様な能力などないのに。
だから。
だから、ヘレナはあえなく・・・
ここまで聞いて、ユスターシュはギョッとする。
「・・・ちょっと待って、ヘレナ。たとえ想像の中でもあなたに不幸が起きるのは・・・」
・・・あえなく挫折して、アシカショーの客引きをやるのだ。
焦った様なユスターシュの声と、ヘレナのアシカショーの映像が浮かんだのは、ほぼ同時だった。
いらっしゃい、いらっしゃい!
安いよ、安いよ~! (注: 間違ってます)
「・・・」
動きが止まったユスターシュに向かって、状況を理解していない弟たちが話しかける。
「あにうえ、どうしたの?」
「なんか固まってる~」
「城に行かないんなら、猫ちゃん降ろして」
「猫ちゃん降ろして~」
「少しでいいから、もふもふさせて~」
「もふもふさせて~」
結局、騒ぎを聞きつけてヘレナの両親たちまでやって来て、ユスターシュは城行きを少し遅らせる羽目になった。
「じゃあ、行ってくるね」
そして二時間後。
腕の中に子猫二匹を抱え、ユスターシュは馬車に乗り込んだ。
出発前に、ひとつだけヘレナの間違いを正してから。
そう、ひとつだけ。
サーカスにアシカはいないんじゃないかな、と。
ユスターシュは正しい。
アシカがいるのは水族館である。
でも、実は間違いはもう一つ。
アシカショーの客引きで「安いよ」は言わない。
たぶん、言わない。




