ワケあり子猫ちゃん
ヘレナの弟たちは、たまに、なかなか鋭い事を言う。
たとえば、こんな事だ。
「あにうえと姉ちゃんは、何も言わなくても話が通じる時があるよね」
「あるよね。ぼく知ってるよ、そういうのイシンデンシンって言うんだ」
「・・・」
ソリャ、カレハココロガヨメルカラネ。
・・・とは言えない。
「ははは、不思議がる事はないよ、アストロにカイオス。結婚前の恋人とはそういうものさ」
「そうよ。目と目で通じ合ってしまうものなの」
ちょっと訳の分からない援護射撃を両親からもらったヘレナは、「ソウデスネ」とやや片言で返した。
確かに、ヘレナもユスターシュも、家族の前だからと気を抜いていた。まぁヘレナは家族に限らずほぼ常に気を抜いているけれど。
だから、いつもの癖で喋るのが面倒な時は、心の中で話しかけたりとかしていたし、ユスターシュも、ついヘレナの妄想に吹き出したりしていたのだ。
確かにこれはヘレナたちの失態だろう。
ここはどうにか誤魔化さなくては、ヘレナがそう思って顔を上げた時だ。
「そういう私たちだって、婚約してた時はそんな感じだったわよ。ねぇ、あなた?」
近頃すっかり病から回復した母レナリアが口を挟んだ。
「うん、そうだね。何も言わなくても心が通じ合うからって、当てっこゲームとかよくやってたねぇ」
「ふふ、懐かしいわぁ。じゃあ、あなた。今私が何を考えてるか当ててみて?」
「う~ん、そうだなぁ。君の体調が良くなって私が嬉しくて堪らないのが見え見えだなぁ、とか?」
「まあ」
「因みに私はね、とうとう念願が叶ったなって思ってるよ。君の健康を取り戻すためなら全て投げ打っても構わなかったから」
「あなたったら」
「レナリア・・・」
突然、ヘレナの両親のラブラブ劇場が始まる。
ここで空気を読んで黙るのが大人の対応だが、残念ながらヘレナと違ってアストロたちはまだ子どもだ。
当然、彼らは大喜びではやし立てる。
「「うおお~っ、始まったぞ。イチャイチャだ、ラブラブだ~」」
・・・
もはや収拾がつかない。
よその家でイチャつく両親も両親だが、それを見て大声ではやし立てる弟たちも困り者である。
ここにユスターシュがいないのが、せめてもの幸いだ。
結婚式までひと月を切った今、王城に滞在する賓客たちがぼちぼち到着し始めている。
基本的に政治の表舞台に顔を出さないのが裁定者の立ち位置だが、各国の賓客が城に入る際、少し離れた場所から彼らのチェックをするらしい。
そういう訳で、今日はヘレナは家でお留守番だったのだ。
それにしても、突然に始まった両親のイチャイチャに、どうにも目のやり場に困ってしまう。
思わずジト目になると、そんなヘレナに弟たちはしれっとこんな事を言う。
「姉ちゃん、そんな顔して見てるけどさ、いつもあんな風にイチャイチャしてるのは、姉ちゃんたちの方だからね?」
「な?」
思わぬ流れ弾に当たり、ヘレナはあからさまに動揺する。
だって、ヘレナにはイチャイチャした記憶などないのだ。
「そうだよ。スキを見てはあにうえとイチャイチャしてさ」
「イ、イチャイチャなんて、してないわよ」
「してるよ~」
「すっごくしてるよ~。いっつも見つめ合っちゃってさ~」
「そうそう。そんで、なんかニヨニヨしてさ~」
「顔なんか真っ赤にしちゃってさ~」
こういう時の弟たちは、いつにも増して更に容赦がない。そして連携が素晴らしいのだ。
交互に言葉を発し、こちらが反論する隙を与えない。
まるで卓球の世界大会で、猛スピードのラリーを見ている気分だ。
右、左、右、左、と首を動かして二人の動きに付いて行くだけで精一杯。
そして、気がついた時には、華麗にスマッシュが決まっているのだ。
何故かスマッシュだけヘレナに打ち込まれるのは、突っ込まないでおこう。
「まあ仕方ないよね。あにうえ、なぜか姉ちゃんのこと大好きだし」
「な、なぜか?」
「そうそう。そんで姉ちゃんもあにうえのこと大好きだもんな」
「わ、私も?」
「「ソウシソウアイってやつだよね~っ!」」
そう、こんな風に。
綺麗に、スパッと決められてしまった。
さてさて、こんな風にレウエル一家でじゃれついていたから、なかなか気が付かなかった事がある。
それは、虎じろうのお出かけ。
ちょっと屋敷から抜け出して、ニ、三時間ほどお出かけしていたらしい。
まぁ、動物あるあるで今に始まった事でもない。だから今回も別に気にする必要もないと言えばないのだが。
「わぁ~っ、猫ちゃんが二匹~っ」
「可愛い~」
今日は、可愛い茶トラの子猫ちゃんである虎じろうが、全身黄金色の子猫ちゃんを連れて帰って来た。
当然、弟たちはザ・大騒ぎ・なうである。
この全身黄金色の子猫ちゃんが、実は訳ありである事をこの時のヘレナたちは知らない。




