へーちゃん、へーすけ、へー太郎
「あなたが噂のヘレナさんね。ようやく会えて嬉しいわ。ヘレナちゃんって呼んでもいいかしら?」
目の前でうふふと微笑む麗しいお方は、なんとこの国のお妃さまである。名前をソレイユさまと言う。
先の国王の末弟であるユスターシュにとって、現国王は甥にあたる。けれど先先代が子沢山だった事もあり、甥のアドルフォス陛下の方がユスターシュよりも年上だったりする。しかもなんと3歳もだ。
妃であるソレイユでさえユスターシュよりも一つ年上だ。義理の伯母になるとはいえ、更に年下のヘレナが可愛いひよこちゃんに見えるのも致し方ないだろう。
「あら、ソレイユさまばかりずるいですわ。私もヘレナちゃんって呼びたいです。ねぇ、いいわよね? ヘレナちゃん」
「は、はい・・・あの、どうぞお好きなようにお呼びください。ヘレナと呼び捨てでも、何ならへーちゃんでも、へーすけでも、へー太郎でも構いませんので」
「まあっ、ユスの言っていた通りね。なんて素朴で素直で可愛らしいのかしら」
「ふふっ、へーすけにへー太郎・・・確かに味のある切り返しですわね。ユスターシュさまったら、見る目がおありになるわ」
「ええ、本当。これは番だなんて言い出してまで欲しくなった理由が分かりますね」
目の前で麗しい貴婦人方が何やらごにょごにょと嬉しそうに話し合っている。
「え、ええと? ありがとうございます・・・?」
顔面偏差値がやたらと高い方々を前に、ヘレナはもはや自分が何を言っているかもよく分かってなさそうだ。
取り敢えずお礼を言っておけば失礼にならない筈、そう考えたヘレナは、緊張でヒク着くほっぺを叱咤し、にっこりと笑った。
・・・
・・・さて。
つまりはどういう事かと言うと、今日は王城に呼ばれてお茶を飲んでいる訳である。
そう、王妃殿下と。
いや、実を言うと王妃殿下だけではない。
目の前には、世界の美女絵巻なるものが存在したら、まさに目の前の光景になるであろうと言える程の麗しいお顔が勢ぞろいなのだ。
左から王太后、王妃殿下、宰相夫人、騎士団長の奥方、公爵夫人、魔術師団長の奥方と素晴らしくキラキラしい肩書きをお持ちの貴婦人ばかり。
美女フラッシュが炸裂して、ヘレナの目が今にも潰れてしまうのではないかと心配になるほどの美しさだ。
・・・なるほど、顔面凶器ってこういう時に使う言葉なのね。
たぶん使い方を間違っている、ユスターシュがここにいればそうツッコミを入れただろう。
けれど今、彼はここにいない。
今日は、ユスターシュの親族の、しかも女性たちだけの懇親会なのだ。一言で言うならヘレナの顔見せである。
そう、お気づきだろうか。先程の神々しいまでに高い立場のご婦人方は、全てユスターシュの親族、つまり兄たちの奥さんや、姉たちだ。
貧乏な子爵令嬢にすぎないのに、ヘレナはユスターシュの番というだけで、そんな神々しい方々にお目通りが叶ってしまった訳だ。いや、決して目通りなど望んでいなかったけれど。
目眩く煌びやかな光景に、ちょっとばかり意識が遠のきそうなヘレナに対し、淑女の皆さまは別な意味で興奮気味である。
誰もが諦めていたユスターシュの結婚相手、しかも番などとウソ八百を並べ立ててまで彼が手に入れようとした女性。
一体どんな女性なのかと期待値が天井知らずに上がっていく中、結婚式をひと月後に控えた今、ようやく内輪でのお茶会が開かれたのだ。
もちろん周辺の物騒な動きを警戒して、ヘレナの登城にあたりばっちり護衛が張り付いていた訳だけれども。
照れたのか、独占欲なのか、ユスターシュはなかなか王城に連れて来るのを渋って大変だったけれども。
兎にも角にも、王城の最奥のスペース、王族と王族から許された人物しか立ち入れない秘された場所で開催された女性だけのお茶会に、ヘレナは招待された訳だ。
そこに連れて来られたヘレナは、淑女たちから淑女らしからぬ黄色い悲鳴をもって迎え入れられる。
珍獣扱いにも似たそれは、彼女たちがどれだけヘレナに興味津々だったかを如実に表している。
はい、ご明察。
近親者のこの人たちにも、ユスターシュのでっち上げは当然バレバレだった訳だ。
このお茶会に出席した人たちの中で唯一それを分かっていないのが、何故か当の本人のヘレナだけ。
そんな何とも微妙に生ぬるい雰囲気の中で、和やかに(?)顔合わせは行われるのであった。
・・・ちなみに、ヘレナの呼び方は満場一致でへーちゃんに決まったそうな。




