ま、いいか
「ヘレナ。あの魔道具3点セットは毎日きちんと身につけていてね。絶対に外してはいけないよ」
時間を置いては、時折り思い出させる様にヘレナにそう告げるユスターシュ。
その度に、ヘレナは胸元からペンダントを取り出して見せる。
イヤリングと指輪は、着けてるのは見れば直ぐに分かるだろうから。
そうすれば、いつもユスターシュは安堵の笑みを浮かべる。それがヘレナには不思議に映るのだ。
こんなに毎日、平和に暮らしてるのにな、と。
ロクタン除けみたいに言っていたけれど、こんな大層な魔道具なしでも撃退出来なくもない。
まぁ、面倒だから逃げの一手になるけれど。
・・・なんて、呑気に思ってた頃もあったなぁ。
ヘレナは、ぼんやりとそんな事を考えながら、屋敷の門近くに立っていた。もちろん内側だ。
今日も今日とて、弟たちがやって来るのでお出迎えである。
そう、今も絶賛虎じろうブームの真っ最中なのだ。
弟たちが虎じろう目当てに通う様になって、はや二週間。
アストロもカイオスも、すっかり立派なマラソンランナーへと成長しつつあった。
初日はただガムシャラに走って、バテては休み、回復しては全力疾走してまた休んで、を繰り返して6.6キロを走って来た。ここに着いた途端、水を一リットルがぶ飲みしたのには驚いた。
それが今は、腕の振りも走り方も安定したフォームになり、何やら鼻から吸って口から吐くとかいう呼吸法まで覚えたらしい。
走りながら水分補給もするとかで、水筒持参で走る準備の良さ。
タイムもだいぶ縮まったらしく、到着時間も少しずつ早くなっている。
こうなって来ると、将来は飛脚か伝令の仕事に就くと言い出すのではないかとヘレナは思っている。
さて、こんな風にヘレナが門近くで弟たちを待っているのには、実は訳があった。
弟たちに一刻も早く会いたいとか、無事に到着するか心配だとか、そういう理由ではない。
いや、全くそんな事を思っていない訳でもなくもないのだけれど(汗)
弟たちが到着する瞬間、ちょっと面白いものが見られるのだ。
それが何かと言うと ーーー
「あ、来た来た」
遥か遠く、道の向こう。
アストロとカイオスが、安定したフォームでたったたったとリズム良く走っている。
もはや6.6キロ程度では息も乱れない様だ。
ほっぺは赤いが、苦しそうな表情もしていない。若さってすごい。
いやいや、話が逸れた。
ヘレナは目的のものを探して、弟たちの更に向こうへと目を遣る。
「・・・あ、今日もいる」
たったかたったか走る弟たちの後ろ、少し離れて同じ様に付いて走る人の影。
「今日は5人か」
昨日は3人、一昨日は1人、その前はスピードを落とした馬車で弟たちの後に付けていた。
「さ~て、今日はどうかしら」
どんどんこちらに近づいて来る弟たちと、その後ろを走る5人の男たち。
面白い事に、その5人が見ているのはヘレナでもヘレナがいる屋敷でもなく、弟たち2人だ。
それは当然、この屋敷につけられた認識阻害のシステムにある。彼らはこの屋敷が見えていないのだ。
「よっしゃ、ゴール!」
今日の1番はアストロだ。両手を上げてグ○コのポーズで門を通り抜ける。
「ちぇっ、負けちゃった」
と、大して悔しそうでもなく言いながら入って来たのがカイオス。
そして、後ろから付いて来ていた5人組さんたちは・・・
ばいぃぃぃぃ~ん!
見えない壁でもあるのだろうか、1人目の男は大きな音と共に勢いよく後方へと跳ね返された。
それを見て2人目は慌てて止まろうとするが勢いは殺せず、その見えない壁に激突する。
そんな男に背中から突っ込んだのが3人目。
そうなると玉突きの様に4人目、5人目が衝突する。
そうして全員が地面に転がった所で、どこからともなく現れたこの屋敷の護衛の者たちが彼らをズルズルと引きずって行った。
「今日もよく飛んだな」
「めげない人たちだよね」
カイオスが呟き、アストロが頷く。
ヘレナの屋敷に通う弟たちの後を付ける者たちがいる事に気付いたのは、7日前のことだ。
「なんか、後ろに誰かついて来てるんだよね」
「うん、なんか途中から」
「でも、ここに着いた時に振り返ると、誰もいないんだ」
「休憩の時には、少し離れた所でウロウロしてたけど」
アストロもカイオスも、のんびりとそんな事を報告して来たが、それを聞いたヘレナはさっと顔色を青ざめさせた・・・訳もなく。
その翌日から、ヘレナはその不審な追跡者たちをひと目見ようと門の内側で待機した次第である。
ちなみに、弟たちの活躍によって(?)捕らえられた男たちは既に15人を超えていたりする。何気にすごい。
ユスターシュが調査するからと、彼ら全員をどこかに連れて行った。
「あの人たち、何がしたいんだろうな」
そう呟いたのはアストロだ。
毎日毎日、見えない壁に吹き飛ばされたり、跳ね返されたり。
宙を舞うのが趣味なのかと思うくらい、綺麗に弾かれている。
そうまでして彼らは、この屋敷に入りたいらしいのだ。
「・・・別に金目のものも置いてないのにね」
「あ、虎じろうを狙ってるのかも!」
「そうか、虎じろうは可愛いもんな!」
無邪気な弟たちは、ヤバいヤバいと慌て出す。
その様子を見ながら、ヘレナはそっと胸元のペンダントへと手をやった。
身を守るためにユスターシュが用意してくれた魔道具3点セット。
それをちゃんと着けているかどうかを何度も確認されるヘレナは、この突撃者たちの目的に実はちょっと心当たりはあるけれど。
・・・ま、いいか。
なる様になる。
なる様にしかならない。
自分の知らない所で、自分のために沢山の人たちが動いてくれている事くらいは、いくら鈍感なヘレナでも分かっているのだ。




