冗談にしては酷すぎる
「ふむ、歯ざわりがサクサクしていて、香ばしい。相変わらずヘレナは料理が上手ですね」
最後の一欠片を口の中に放り込みながら、ハインリヒは頷いた。
「そうだろう? だけど、もうあげないよ?」
「分かっておりますよ」
ハインリヒは微笑みを浮かべながら、机の上のお茶の入ったカップへと手を伸ばす。
「まぁでも、恋愛小説のお陰か、順調に仲が深まっている様で喜ばしい限りです」
「まぁ・・・そうかな」
クッキーを一つずつつまみながら、ユスターシュは微妙な笑みを浮かべる。
ユスターシュとヘレナの仲が順調に深まっている、そう言われれば素直に嬉しい。
トムタムダンスにしてやられたダリアの花束だって、一概に失敗とは言えないのだ。
あの後、ヘレナは黄色のダリアを自分の部屋に飾り、独り占めは良くないからとエントランス脇の小棚の上にも一輪、生けてくれた。
「嬉しかったから、幸せのお裾分けを皆さんにも」と笑いながら。
そう、だから失敗した訳ではない。
・・・うっかり白と黄色を間違えてしまっただけだ。
それに気がついた時、ユスターシュは自分を庭の池の中に沈めようかとさえ思ったけれど。
でも、黄色のダリアも悪い花言葉ではなかったから、ミッションクリアとしても良いんじゃないか。
そう自分を慰めて。
ああ、だけど。
白いダリアの方が気持ちをドンピシャに伝えてくれたのは間違いないんだよな。
そう考えて項垂れかける。
いや、まだ恋愛初心者だから。
そう、間違う事もあるんだよ。
うん、仕方ない、仕方ない。
と、今度は頭を上げる。
まあこんな感じで、ユスターシュは遠い目をしながら一人でボケとツッコミをしていた。
誰からも責められてないし、そもそも花の色を勘違いした事だって、ヘレナにはバレていない。彼女は大喜びで受け取ってくれたし、何ならまた白いダリアをプレゼントし直したって喜んでくれるだろう。
ただ、何となく。
そう、ちょっと悔しい。
ちょっと、情けない。
そういう事だ。
せめてもの慰めは、4冊目に読んだ恋愛小説で、前にヘレナにおねだりした膝枕が、実はクリーンヒットだったと知れたこと。
あとは、前にイタズラ心とスケベ心のハイブリッドで、ちょっとだけヘレナに抱きついたあれ。
あれもまた、なかなかいい手だったと分かった事だ。
であれば、だ。
あれが正解の一つなら、また挑戦するのも良いのではないだろうか。
「疲れた、君で癒されたい」と言って膝枕をおねだりする。或いは「ヘレナを補給させて」と言って抱きしめるのも良い。
どうやら、恋愛小説の効果が、ユスターシュに少しずつ出始めているらしく、彼はあれこれと今後の作戦について考え始めた。
そんなユスターシュの楽しい、楽しい考え事も、仕事モードの真面目な表情に切り替えたハインリヒの一言で雲散する。
「あれから、取り調べの方で何か進展はありましたか?」
「・・・いや」
だがユスターシュは、楽しい空想を邪魔した事を咎める風もなく答えを返した。
だって、これは今一番の懸念案件なのだ。
出来れば、ヘレナとの結婚式の前に片付けておきたい程の最重要事項。
「あの男は、ただの使い捨ての駒だった様だ。肝心な情報は何一つ知らされていなかったから、頭の中を覗いてもろくな発見はなかったよ」
「そうですか。残念です。ユスターシュさまも、その為にラムダロス伯爵令息のお相手を頑張ってなさっていたのに」
その言葉に、ユスターシュは肩を竦めた。
「まぁ、無駄にはならなかったよ。取り敢えず、あの家は白だと分かったからね」
「お二人の結婚式も近づいています。そろそろ別の動きを考えないといけませんしね」
「・・・そうだな」
ユスターシュは大きく息を吐いた。
ただただヘレナとの優しく心癒される関係に溺れていたいのに、立場と状況がそれを許さない。
早く尻尾を掴まないと。
『裁定者』の能力を狙う輩が、それを手に入れる手段として『裁定者の番』を利用しようとしているかもしれない、なんて。
冗談にしても酷すぎる。
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ラムダロス伯爵令息・・・実はロクタンにはこんな大層な名称があったのです。




