サービスでマシマシ
嵐のような実家の家族の訪問。
いや、嵐を呼んだのは弟二人だけだったとヘレナは思い返す。
「オシアワセニ~」などと棒読みで叫びながら手を振る弟たちと。
何やら珍しいお菓子と共に、ロクタン撃退のコツをユスターシュから伝授された父と。
幸せそうで良かった、とホッとした笑みを浮かべた母と。
大好きな家族が馬車に乗り込み、窓から手を振り、別れを告げる。
家族に会えて、とってもとっても嬉しかったのに。
去りゆく馬車を見送りながら、手を振りながら、ヘレナは思う。
送り出す側である事に満足しているのは。
なんとなく、もう自分の家はここである様な気分になるのは、きっと。
「ヘレナ・・・」
そう、きっと、番だから。
「・・・」
ユスターシュを誰よりも優先したくなるのは、一緒にいて心地よいと感じるのは、きっと彼が自分の番だからだ。
傍で自分の名を呟くユスターシュを見上げながら、ヘレナはそんな事を考えていた。
その時、なぜ彼が少し悲しそうな瞳でこちらを見下ろしているのか、ヘレナには見当もつかないまま。
そんな夜を過ごした翌日の昼食。
今日も家で過ごしているユスターシュのリクエストにより、なんとヘレナは料理をしたりしている。
リクエストされた料理は、もちろん。
「おお、これがあの・・・。なるほど、確かにソースからはたっぷりニンニクの香りがするね」
そう、例の偽ハンバーグである。
さすがは王族、さすがは裁定者。
いきなりのリクエストで「魔獣肉で作るのでそれがないと」と答えれば、30分もしないうちにヘレナの手元に魔獣肉が届けられた。
今は本物の味を知ってしまったが故に、作っていてそっち寄りになりかけるのを己の自制心で必死に堪え。
魔獣肉を包丁でひたすらチョップチョップ。
隠し味に唐辛子を加え、卵を加えてひたすらこねる。
それから、ニンニクをこれでもかとスライス。
フライパンでぐつぐつと煮込んでいたソースにたっぷりのニンニクを投入すれば、あら不思議、キッチンはニンニクの香りでいっぱいになった。
丸めて、焼いて、ソースをかけて。
皿に乗せた偽ハンバーグをユスターシュの前に差し出せば。
先ほどの感嘆のコメントである。
「ううん、美味しい・・・けど、確かに噛み応えがすごいね。肉質がしっかりしてると言うか」
「噛んでいるうちに満腹中枢が刺激されて、すぐにお腹いっぱいの錯覚に陥るという、レウエル家には有り難い特徴のある食べ物なのです」
「美味しい、けど辛いね。よくあの子たちがこんな辛いの食べられたね?」
「辛すぎましたか?」
ユスターシュは額にうっすらと汗をかいている。実は辛いのが苦手だったりするのだろうか。
大人仕様に唐辛子マシマシにしたのだが、これは好意が仇となったケースだろうか。
「唐辛子マシマシって、どのくらいマシマシしたの?」
おおっと、聞かれてしまった。実はですね、唐辛子を種ごと刻んで3本分ほど。
「3本・・・道理で」
ユスターシュはさっきからグラスに何度も口をつけている。水のお代わりは既に5度目だ。
「・・・入れすぎ、だったでしょうか」
「う~ん、ちなみに、弟くんたちに作った時には、唐辛子何本入れたの?」
「・・・」
「ヘレナ?」
「よく・・・覚えてません」
「へ?」
「写真を見て想像を膨らませて適当に味付けしたので、実は何を入れたのかもうろ覚えで・・・たぶんこんな感じかなぁって」
ユスターシュは、暫くぽかんと口を開けていたが、やがて楽しそうにくつくつと笑った。
「そっか、覚えてないか。全くヘレナらしいね」
「はい、なんかすみません」
「いや、謝る必要はないよ。ああでも、きっと唐辛子は3本までは入ってなかっただろうね」
「そうでしょうね。ユスターシュさまにはサービスでマシマシにしたので」
「・・・」
ユスターシュはそっとグラスを手に取り、7度目の水のお代わりをした。