ユスターシュが思ってたよりも純情だった件
「前に渡したお守り代わりの魔道具は、宝石の部分に魔力を込めればまた使えるんだから、勿体ないとか思わないで良いんだよ」
ロクタンとの遭遇について話した後で、ユスターシュはそんな説明を付け加えた。
ヘレナは口を尖らせた。
そんなお気軽に使っていいものなら、もっと早く教えてくれたら良かったのに。
実は、ちょっと使ってみたいと思っていたのだ。
けれど、最後の切り札的な気持ちでいたから、我慢した。
大事に、ギリギリまで取っておいて、もう絶体絶命とでもなった時にドキドキしながら発動させるものかと思っていたから。
「・・・ちゃんと前にも話しておいたんだけどね」
なんですと?
ヘレナの心の中での恨み節が聞こえたのだろう、ユスターシュはちょっと不服そうな顔をした。
「魔道具を見せて一つずつ説明した時にね。
あの時ヘレナはなんだか途中から面白いこと考え始めていたから、聞いてないかもとは思ってたけど」
やっぱりか、とユスターシュは遠い目をした。
途中から面白いことを考え始めて・・・?
はて、心当たりがあるような、ないような。
「確か、地面にくた~っと伸びたロクタンの前で、ヘレナが高笑いしていたよ。ほーっほっほって、どこぞの悪役みたいに」
「・・・あ・・・」
言われてヘレナは思い出す。
そうだ。
すごい魔道具を貰って、なんだかもうロクタンに勝った気になって、それで。
ではつまり、自分がそんな想像を楽しんでいたあまり、その後のユスターシュの説明はほとんど上の空だった、と・・・
「そういう事だね」
ユスターシュは良い笑顔で頷いた。
うん、間違いなくステキな笑顔なのに、何故だろうか、背後に黒いモヤモヤが見える気がする。
黒煙を吐く龍が、今にも現れそうな勢いだ。
「ヘレナ? 大切な話はちゃんと聞いてくれないと、お仕置きが必要になっちゃうよ?」
「・・・はっ、今なんと?」
ユスターシュの黒い笑顔に戸惑っていた筈なのに、何故かヘレナは突然にぱあっと表情を明るくした。
希少な言葉を頂いたからである。
だってお仕置きとは、よく若者向けの恋愛小説に出て来る、あのワードではないか。
「え、なに? なんでそんな嬉しそうな顔?」
訝しむユスターシュをよそに、ヘレナの胸はドキドキと高鳴った。
確か小説では、「お仕置きだよ」とかヒーローが言って、ヒロインを壁際に追い詰めたりするのだ。
「え? ヘレナ、ちょ、何それ?」
あるいは、「反省するまでお預けだ」とか言って、ヒロインの両手を拘束して・・・
「わ~っ! ちょっとダメ! それ以上は想像しちゃダメ!」
「・・・へ?」
過去に読んだ恋愛小説の記憶を総動員しようとした、まさにその時、ユスターシュの大声がヘレナの妄想を遮った。
見れば、ユスターシュの顔は真っ赤である。
「もう、ヘレナったら、どうしてお仕置きがそういう意味になるんだよ。私がお仕置きって言ったのは、そ、そんな意味じゃなかったのに」
・・・そんな意味じゃ、ない?
「そうだよ。コックに言って、ひと月は夕食にハンバーグを出さないようにしちゃうよって脅かすつもりだったんだ」
「・・・」
「それがどうしてあんな、は、はしたない想像になるんだ・・・っ?!」
「・・・」
・・・ええと。
なんかごめんなさい。
どうやらユスターシュはヘレナほど恋愛小説を読んでいない。
そんな事実が明らかになった一件だった。




