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豆つぶロクタン


「ああっ、やっぱりヘレナだったんだな? おい、待て!」


「言われて待つ馬鹿はいませんよ~っ!」


「ななっ? 待てと言われたら、待つのが普通だろうっ?」



脱兎のごとく走ったヘレナは、待機していた馬車に1番に飛び込んだ。


護衛は遅れて走る侍女を抱き抱え、ヘレナより数秒後に馬車に着く。



絶妙なタイミングで御者が馬を走らせたので、ロクタンが追いつく前に馬車は走り出した。



「ふう、なんとか間に合って良かったわ」



やり切った感が満載でヘレナは呟く。



「・・・ヘレナさまは足がお速いのですね」



なんとも微妙な表情で護衛が呟いた。


護衛の腕の中から下ろされた侍女もまた、別な意味で微妙な表情だ。少し頬が赤いのは護衛にお姫さま抱っこをされたせいだろう。


本来ならば護衛も侍女も、主人の婚約者であるヘレナを守る為、自ら盾とならねばならなかった。いや、実際2人はそうするつもりで前に出たのだ。


だが身バレした瞬間、真っ先に動いたのはヘレナだった。ダッシュで逃げたその判断力たるや、まさしく一級品と言っても過言ではない。


文字通り、あっという間にヘレナの姿は消えてしまった。2人が気づいた時には、既にちゃっかり馬車の中に収まっていたのだ。



やや遅れて状況を把握した護衛は、走り慣れない侍女を抱えて馬車を目指す羽目になった。



この時、侍女も護衛も、思った事はきっと同じ。



ーーー 自分たちが居ない方が、よっぽど早く逃げられるのでは?



だった。



もちろん、ユスターシュから厳命を受けている彼らが、たとえその方が効率的だとしても、ヘレナから離れる事などあり得ないのだけれど。



護衛の誉め言葉に、ヘレナは嬉しそうに胸を張る。



「ふふふ。日々の農作業で足腰を鍛えてましたからね。それにご飯時には、腕白な弟たちを追いかけ回して捕獲するのが私の役目でしたからね、走るのは大得意なのですよ」


「・・・それはそれは、お見それしました」



護衛よりも速く走れる貴族令嬢など、後にも先にも聞いたことがないのだが。



そんな会話をしているうちに、馬車の後ろから聞こえていた声はどんどん遠ざかっていく。



護衛は、のぞき窓から馬車の後ろを確認すると、ボソリと呟いた。



「脱落した様です。早いですね、もう道端でへたり込んでますよ」


「まあ、ちょっと見せて」



ヘレナの言葉に、護衛は体をずらし、見えやすい様に場所を空けた。



小さく一つだけ開けられたのぞき窓に顔を近づけると、遥か遠く、豆粒の様に小さくなったロクタンが見えた。



護衛の言う通り、ロクタンはヘレナの乗った馬車を追いかけようとしたが、わずか1ブロックでバテたらしい。



「あちらの方は、随分と体力がない様ですね」



落ち着きを取り戻した侍女が、やはりのぞき窓から後ろを見ながら、不思議そうに言う。



「ロクタンは、いつも昼過ぎまで寝てる人だもの。走ったのも久しぶりだと思うわ」



それから、「きっと明日は筋肉痛になって大騒ぎする筈よ」と続いた言葉に、護衛と侍女の2人は苦笑したのだった。






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