妖精王だったら良かった
一生懸命な顔も可愛いな。
楽しそうに苗木を眺めるヘレナの横顔を、ユスターシュはそっと盗み見る。
けれど、ずっと苗ばかり見ている様子にちょっとだけ寂しくなって、ユスターシュは繋いでいた手に力を込めてみた。
それに気がついたヘレナは、ユスターシュの方を振り返り、にこっと笑う。
それだけで嬉しくて堪らなくなるのだから、単純な男だとユスターシュは自分で自分を笑った。
自分みたいな人間にとって、ヘレナに会えたのは奇跡の様なものだとユスターシュは思う。
現に、これまでの裁定者に伴侶を見つけた者はいない。中には屋敷に自分以外の人間を置かず独り篭っていたという例まであるくらいだ。
他人の全てを暴く代償に、孤独な人生を送る、それが裁定者の定めだと『裁定者の書』には記されていた。
きっとそれは、あの書を記した人物の、同じく裁定者であったその人の、自分自身に言い聞かせる言葉でもあったのかもしれない。
だから、もしかしたら自分はヘレナを手に入れてはいけなかったのでは、なんて思う時もあるけれど。そして実際、ついこの間までは、手に入れることを諦めていたのだけれど。
それでも手を伸ばしてしまったのは、ヘレナがロクタンからどうにかして逃げたいと思っていたから。
図々しくも、厚かましくも、あの男よりはマシだと思ってもらえるかも、なんて。
ーーー 思ってしまった。
ヘレナは恋愛経験がない。
小さい頃からロクタンに追いかけ回されていたせいだろう。
『番』だなんて嘘を吐いて。
ロクタンから守るためと自分を正当化して。
そして、ヘレナの大らかさに甘えた。
そうやって今、ヘレナはユスターシュの隣にいる。
だから、ヘレナがユスターシュを異性として好きになった訳ではないのだ。
なんと言うか、友だちや知り合いに対する気持ちよりは親密だけれど、まだ恋と言えるほど明確ではなくて。
・・・当たり前か。
一瞬で恋に落ちたのはユスターシュ。
ヘレナは、愛そうと努力しているだけなのだ。
ユスターシュが自分の番だから。
番だと信じているから。
ユスターシュが、そんな嘘をでっち上げたから。
法と秩序の番人でもある筈の裁定者が、まだ公になっていないとは言え、既に縁談が進み始めている2人を個人的感情で引き離すなんて許されない。
けれど、だからって嫌がっているヘレナをそのままにしておけなかった。いや、そうしたくなかったのだ。
ーーー 番だから ーーー
ヘレナはよく、そんな言葉を口にする。
それを聞くたびに、ユスターシュは少し切なくなる。
もう十分に幸せな筈なのに馬鹿な期待をしているな、とユスターシュは我ながら思うのだ。
ヘレナはあの日、国王から呼び出しを受けるまでユスターシュの顔すら知らなかったのだ。せいぜいが今代の裁定者としてユスターシュの名前を聞いていたくらいで。
こうして一緒に居てくれるだけで喜ばなきゃいけない。
欲張っては駄目だ、そんなの分かってる。
なのに、ふとした時に思ってしまう。
番ではないと分かったとしても。
ヘレナ、あなたは私と居ることを心地良いと言ってくれるだろうか、なんて。
ああ。
裁定者なんかではなく、本当に妖精王だったら良かったのに。




